第38話「出し抜けの狂乱」

”彼らの周囲ばかり大事件が起きる。この事実について、私とジル教官の見解は一致していた。すなわち、「構わない。訓練になっていいじゃないか」と”


エルヴィラ・メレフの回顧録より




Starring:エルヴィラ・メレフ


 行軍は滞りなく進む。

 エルヴィラ・メレフは中学組の候補生を見やった。ライフル小銃をぎこちなく揺らしている。


 おやおや、気付いていない・・・・・・・のかな?


 目の前の苦難に意識が行って、こちらからの手助け・・・に考えが至らないらしい。彼らの柔軟性と臨機応変さに期待したのだが。

 まあいい、ボールは投げた。受け止められないのは彼らの責任である。気付いていても、気付いていなくてもどっちでもいい。どっちも面白い。エルヴィラは内心で舌なめずりした。

 ところがやはり、彼女の期待通り挙手した物がいた。南部隼人だった。


「先輩! 質問宜しいでしょうか!」


 何となくだが、気付くとしたら彼だと思っていた。何気ないふりをして、質問を許可する。


「誰がどの地点で小銃を持つかは、こちらで決めて良いんですよね?」


 どうやら正解にたどり着いたらしい。

 エルヴィラは無関心を装い、答えた。内心の愉快さを隠して。


「構わないよ。その代わり、1人の持つ距離があまり短いと駄目出しをするかも知れないかな?」


 隼人は元気に頷き、ジャン・スターリングを呼んだ。その姿は紐を外された犬だ。自分のアイデアを披露したくてたまらないと言った体である。


「これ、アドリブでやる事になるけど、出来るか?」


 ジャンは歩調を緩めず隊列も崩さず、書き込みされた地図に目を落とす。一呼吸して、了解したとばかり皆に呼び掛ける。


「すまない皆、ちょっと予定変更だ。次の勾配を抜けたら、小銃持ちは交代しよう。マシューとコンラート、それからカナデだ」

「えっ? 私ですか?」


 意外、と言うか、責任の重さに戸惑う体のカナデだが、エルヴィラから見れば妥当な人選だ。彼女は姿勢が良いから小銃の保持が上手い。責任感も強いから、潰れない限り役目を果たそうとするだろう。

 何より、既に小銃を抱えた方が楽だと感じ始めているのではなかろうか。


 この嫌がらせ、実はボーナスでもあった。

 小銃は正しく保持すれば、疲労を抑え込む事が出来る。このテクニックは、大昔の荷物持ちが編み出したもの。重量物であっても、正しい姿勢で持てば移動速度はかえって速くなる。地球でも同じような技術が使われて来たと言うから、それはある意味真理なのだろう。


 ならば、勾配こうばいのきつい道ではカナデのように体力が劣っても、小銃を上手く扱える者に任せる。そうでない者は比較的安定した道で持てばよい。前者の者にとって、この嫌がらせはご褒美だ。

 あとは鎖場だけは他の体力がある者が担当する。幼学組を追い越す時にスパートをかけると、どうとでも使い道はあるはずだ。


「しかし隼人、この地図の書き込み、本当にさっきの休憩中にやったのかい?」


 ジャン・スターリングが問い返す。友人のポテンシャルに驚いたように。隼人の方と言えば、大きな仕事をやった自覚は見られない。


「ああ、多分穴だらけだから、そこら辺修正しながら頼む」


 いいコンビだ。エルヴィラほほくそ笑む。内面の愉快さを打ち消して。

 自分で振っておいて何だが、こう言う自分の得になる情報を嗅ぎ当てる嗅覚は士官として武器になるだろう。それを具申されて即座に問題ないと判断できる方も。


 それだけえに、第7区隊の面々が、些事さじにこだわって未だに団結できないのは歯がゆくもある。自覚無くそれを妨害している我が婚約者の事も。


 実のところ、この小銃の罰ゲームを思いついたのは、婚約者ハインツへの半分当てつけである。彼については、1割でいい。卒業した先輩方のずる賢さを身に着けてくれれば完璧なのだがと思う。このくらいの裁量は認められているのだから。南部後輩になぞかけをすぐ解かれたのは少々面白くないが。


 エルヴィラは、最近ずっとつまらない反応しか返さない、そんな彼への鬱憤うっぷんについて思案した。




 自分とハインツも、ちょっと前までは息のぴったり合った相棒同士だった。ちょうど、ジャンと隼人を思わせるように。

 ハインツとの婚約が決まった時、2人は10歳だった。

 その時のエルヴィラは、無駄に負けん気が強く、どんな相手でも乗りこなしてやると息巻いていた。


 新興のメレフ造船は、国の大企業と認められるため、王族の血を入れる事が悲願だった。強い血統は強い魔法使いを産み、それは権威になる。そう言う意味で王族ハインツとの婚約は、社運を賭けたプロジェクトであった。


 そんな事を知らない当時のエルヴィラは、最初が肝心と、紹介されたハインツに勝負を挑み、木剣で打ち据えた。悔し涙を浮かべて再戦を挑んでくるハインツに思った。


 よし、こいつに決めよう、と。


 以来、エルヴィラはハインツを何度も叩きのめし、彼もそれを拒まなかった。


 最初にハインツが一勝したとき、エルヴィラは言った。


『私の元に来てくれ! 共に好き勝手やろうじゃないか!』


 順番も相手もあべこべ。その上酷い言い草だが、それでもハインツは彼女の手を取った。

 それ以来自分達は歩幅を揃えてやって来たのだが。士官学校に入学してから、彼の態度の小さな違和感を感じ始める。やがて、次第にそれは大きくなる。

 今まで言いもしなかった「貴族が、王族が」などとお題目を唱え、思考から柔軟性が失われた。4年生になってから、おそらくエーリカ・ダバートを後輩に持ってから、その傾向は酷くなる。

 最初こそ、そのうち元に戻るだろうと思ううち、状態は悪化した。


 年下の従妹エーリカの何が、彼を軟弱にしたのか。

 近いうちに気心の知れた婚約者、だと思っていたハインツの心中に、土足で踏み込まねばならない。


 思案中も、エルヴィラの意識はひよっこたちに動いている。茂みに隠れた崖の方向にふらふらと向かう後輩を、大声で制止する。


「周囲の確認を怠ったね? 学校に帰ったら反省文を出してもらおう。何万字がいいかなぁ?」


 ヒエッ! と小さく悲鳴を上げるが、注意が散漫なのは本当に危ない。仲間を危険に晒した自覚が持てるのなら、数万時も悪い事では無いだろう。


 エルヴィラ・メレフの流儀は、叩き潰す事。麦は踏まれる程強くなる。それは恨まれもするだろうが、事故死されるよりマシである。


 先送りしていた問題が膨れ上がっている。そんな光景に途方に暮れるのは趣味ではない。自分の方もらしくなかったのだ。これからは遠慮なくいこう。

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