第7話「洗礼(その3)」

”エルヴィラの事を人殺しなどと言う下級生がいる。

言うのは勝手だが、生産性の無い論だ。士官学校の教育制度はシステマティックに組まれている。多少厳しくしたところで、カリキュラムを逸脱しなければ死ぬことはない”


ハインツ・ダバートのインタビューより




 ヴィクトル・神馬はほぞを噛む。既に数名が伏せたまま動けず、模擬弾が与える激痛にうめいいていた。


 丘の頂きから顔を出した4年生が射撃を始めたのは、既に十分な距離まで接近してしまった後だった。

 ランディは幼年学校で習ったことを過信していた。もしくは4年生を舐めていた。


 彼らは自分達よりも早く頂に到達していたのだ。

 少数精鋭を気取って中学組を置いてきたために、用兵家が忌み嫌う「戦力の逐次投入」、つまり少数の戦力を次々投入して各個撃破される下策をやっていた。そう気付いたがもう遅い。


 成果より面子を取る彼のやり方には言いたい事があったが、「幼学組」でも自分は外様。強くは物申せなかったのが災いした。いや、それで何とかなる問題でもないようだ。


 「幼年学校」と言っても、カリキュラムは基礎教練や一般学科が主。それ以外は精神教育に費やされる。実技よりも基礎となる部分を重視するからだ。小銃の操作など高学年で習うだけである。


 そんな1年生が、本物の軍事教練を重ねてきた4年生に敵うわけがない。

 行軍速度も段違いだから、彼らより先んじて丘を占領するなどはどだい不可能だったのだ。激痛に悶絶している幼学派の候補生達が、周囲に転がっている事実がそれを証明していた。


「ランディ、後方に伝令を出せ。このままでは連中も同じように待ち伏せを食う」


 ヴィクトルはリーダーを捕まえ、全滅回避のために進言する。

 

(大体、同じ候補生で誇りだ品格だと見栄を張るのが馬鹿なのだ)


 また1人が悲鳴を上げた。この「戦場」は映画のように弾丸は飛び交わない。

 ただ耐えられなくなって頭を上げた1年生が頭を撃ち抜かれるだけだ。


 異世界人などこの程度か、と考えかけて思いなおす。

 祖国の兄を見れば、何処の国でもこう言う手合いは珍しくないのだろうなと。

 風切りの飛翔音と、弾薬を装填するかちゃりと言う金属音が不気味に響いた。


「馬鹿な事を言うな! 貴族どもに後の事を任せると言うのか!?」

「これは持久戦だ。戦力が残れば逆転の目はある。中学組にも目端の利くやつも何人かいる」


 目端の利く奴。思い浮かべた顔は、あの4人だった。少々腹立たしいが。

 もし彼らが指揮を執っていたら……いや、この技量差では無駄な事か。


「中学組? 冗談だろ!」


 提案は採用されなかった。

 ランディが貴族組に後事を託すことを良しとしなかったからだ。 

 どうやら、中学組に至っては眼中すら無いらしい。

 結果、彼らは無理な反撃を試み壊滅することになる。


(ちっ! ならばせめて1人2人でも道連れに……!)


 同期たちが次々ち取られてゆく中、ヴィクトルは息を潜めた。

 ざっ、ざっと”戦死者”を確認する上級生の足跡が聞こえる。

 模擬銃を持つ手に力が入る。

 試してやる。ここが、自分が命をかけて学ぶ場であるかを!

 相撲で鍛えた脚力で一気に跳ね起きる。


(……一番偉い奴!)


 4年生は痛んだ制服を着ない。それ以上の学年が居ないからだ。よって、一番士官らしい身なりの奴を狙う。


 右手を狙って、そいつが抜こうとしたサーベルを払い落す。あとは、銃剣ナイフを抜いて首に付きつければ……。


 覚悟ッ!


 大将の首めがけて跳躍する。

 挑戦を受けた女子候補生――エルヴィラ・メレフの唇が、にいっ、と歪んだ。


 前衛同士の戦いは、1学年の全滅。

 最期まで抵抗した日本人留学生が体術で投げ飛ばされ、魔法治療を受けたと記録されている。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ほう? 今年の中学組には、それなりに頭の柔らかいのがいるようだな」


 エルヴィラ・メレフは双眼鏡を副官に手渡し、目の前の光景に舌なめずりした。目の前には陣形を組んでこちらに応射してくる1学年の集団がいた。


 先程投げ飛ばした幼学組の生徒も悪くなかったが、目の前の「敵」は拙いながらも集団で対抗しようと言う意思が垣間見えた。誰かが即席で指揮を執っているのだろう。

 受け取った双眼鏡で自分も戦場を俯瞰し、副官のハインツ・ダバートが無関心そうに言う。


「別に。特段感じる事はない。俺たちの方が練度で上回り、数も多い。だから勝つ」


 エルヴィラは許嫁の淡白さに肩をすくめた。

 同期生には彼を「ロボット候補生」等と呼ぶものがいる。SF小説のロボットと士官候補生とを合わせたのだろうが、怒る前に笑ってしまった。誰が考えたか知らないが、なかなか上手い事を言う。

 仮にも王族にそのような名前を付けるなどとんでもない、と言うわけでもない。この国では普通の事だ。


「はっはっは。近頃の士官学校は”合理的な教育”を旗印にしているが、それだけ・・では駄目さ。時には無茶もやらなければならない。それを教えたかった」


 そこへ行くと新任のジル教官は理解がある。ひよっこ共を心置きなくカラカラの燻製にできると言うものだ。


 一方で、ハインツは「そうか」と無感動に返事をする。別に不機嫌なわけではない。これが素だ。

 王位はまず望めないものの、彼も王族の一員である。


 彼は結婚後、軍務をこなしながら経営を学び、現場で積んだ経験を生かして父の会社の経営に参画してもらう予定だ。

 特に不満も無いが、彼は見かけと裏腹に、腹に一物ある。そう確信しているエルヴィラである。


「それで、どうするんだ?」

「適当に遊んでやろう」


 舌なめずりするリーダーに、今度はロボット候補生の方が肩をすくめ、各員に射撃位置まで接近するよう命じる。

 先の戦闘とは打って変わって、銃火の応酬が展開された。


「付け焼刃にしてはそれなりの連携だな。もう少し経験を積んでいれば、一応の戦いにはなったかもしれない?」


 繰り広げられる戦闘を前に、エルヴィラは実に愉快そうだ。


いたずらに突撃すべきではない。このまま包囲して戦力を摺り潰そう」

「分かっているとも!」


 我が婚約者が何か言ったが、適当に返事をしておく。


「ところで、1年に君の従妹がいたね」


 ハインツの動きがピタリと止まる。おや、随分とらしくない反応である。


「いるが、それがどうした? 戦闘中だぞ」


 確かに正規の訓練ならビンタものだろう。戦闘中の私語など4年生のする事ではない。

 もちろん、わざとやったが。


(どうやら、問題の根っこはやはりエーリカ・ダバートにあるようだな、まあもう少し様子を見るか)


 思うところはあったが、ここでは敢えて何も言わない。うちの婿殿は気難しいのだ。


 さて、ただ勝てばいいならこのまま包囲を待つべき。とは言えこの戦闘は先輩が後輩に与える”洗礼”である。

 勝つのは当然。その上で相手の希望を粉砕しなければいけない。


 1年生たちは時間稼ぎに徹していた。命中させるより相手の頭を下げさせるように発砲し、迂闊に顔を出すことは戒めている。


 なるほど。それならば――


「総員着剣!」


 4年生たちは素早く銃剣――勿論模造品だが――を取り付け、腰だめに構える。


「諸君。生汚く振舞う1年どもに洗礼を浴びせてやろうじゃないか! 士官学校はそんなに甘いところではないとな!」


 上級生たちは、エルヴィラの呼びかけに好戦的な笑みを浮かべる。彼らは確信していた。こちらが狩る側、と。

 ハインツだけは眉一つ動かさず、教本通りの姿勢で銃を構えている。もっとも、それはやる気が無いことを意味しない。


「突撃!」


 4年生たちは丘を駆け下りる。

 敵陣に恐怖を刻み込む雄たけびとともに。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ありえないです。まさか本当に雑草を食べさせるとは……。ここは『諸君の健闘に免じて』とか言って御馳走が振る舞われる流れじゃないですか」

「そんな流れは俺たちの脳内にしかない。あと雑草じゃなくて野草な。採り方も調理法もちゃんと指導してくれたし」


 ふくれっ面のマリア・オールディントンを宥めるのは、いつも隼人だ。

 大変面倒くさい性格を自覚しているマリアも、彼に言われると矛を収めるしかない。


「まあ軍の飯は基本旨いけど、前線や特殊部隊に配属されるとかなり酷いこともあるぜ?」


 コンラートは文句ひとつ言わず野草のスープを啜っている。

 味は意外に悪くないのもマリアには癪に障る。

 とはいえコンラート以外は初の戦闘訓練ですっかり疲れ切っている。汗を流したせいか塩を効かせたスープは心地よかった。


 模擬弾を腹に食らった者は、目の前のスープをすする事すら困難な者もいる。マリアはももに食らったが、今でも鈍い痛みが止まらない。初日にしては結構な洗礼だった。


「ヴィクトルは、大丈夫かな?」


 ふと隼人が言う。

 彼は最後の1兵として肉弾となって突撃し、敵の大将を道連れに……しようとして、返り討ちに遭ったと言う。

ジル教官曰く。


「手並は凡庸どころか失格だが、その敢闘精神や良し」


 と言う事だそうだ。


「だけど、早々に鼻っ柱を折ってくれて感謝してるよ。僕たちに知識と経験があればもっと早く隼人の作戦を採用できたし、貴族組や幼年学校組の同意を取り付けられたろうから」

「そうでしょう? 義兄あにの作戦があれば4年生なんか簡単に……」


 ジャンの評価が嬉しくて、身内をよいしょしてしまうマリアだが、調子者の隼人は乗ってこなかった。


「あれじゃ駄目だな。4年生が突撃してきたことも驚いたけど、それが無くても迂回されて詰みだった」


 お情けで支給された飯をかき込んで、彼は先ほどの対応に自ら不可を付けた。


「それに、初手から別動隊を出されていたらやっぱり詰みだわな。ランディは自分達の常識で『無い』と判断しちまったけど、本職の歩兵なら西側の森くらい短時間で踏破できるぞ」


 コンラートの指摘に、ジャンは腕を組んで唸っている。


「なまじ知識や経験があるから相手を見誤る。僕たちも注意しないとなぁ」


 ド正論である。それを言われると、マリアにも思い当たることがある。


「魔法があったらもっと状況は悪かったでしょうね。こちらはお互いの能力を知らずに連携できませんし。慢心して足を引っ張ったかも」


 反省の言葉を口にしたら隼人に頭を撫でられた。自分がめったに反省しない人間だとでも思っているのだろうか。

 子ども扱いするなと怒ってやったが。


「あなたたち、いい加減にした方が良いわ。そう言う何でもかんでも自分たちで何とかできるなんて考えでいたら、ますます貴族組に目を付けられるわよ」


 隣のテーブルで野草スープをかき回していたおっぱ……エーリカ・ダバートは迷惑そうに苦言してくる。

 せっかくの良い空気が吹き飛んで、再び沈んでしまう一同である。


「ほどほどにしておきなさい」


 そんな自分達に構わず、エーリカは立ち上がる。彼女の皿には、飯が手つかずで残されていることに気づく。


「お前、ひょっとして調子悪い?」


 聞きにくい事を義兄あにが聞いてくれた。

 心配そうに眉を顰める隼人に、エーリカはほんの僅かに、体を震わせた。


 エーリカはそのまま何も言わず、マリアたちに背中を向けた。一瞬だけ唇を噛んだように見えたのは気のせいだったか。

 まあ、何かある・・・・のだろうな。


「……何でもないわ。お風呂の後は自習時間よ。学科も始まるんだからあなた達もちゃんとしなさい」


 言うだけ言ってお盆を返しに行ってしまうが、体調が悪いと素直に申告しなければお小言のひとつも頂戴するのではないだろうか。ここでは食事を粗末にすることを良しとしないようだから。


「とりあえず、お風呂行こうか」


 疲労で弛緩した空気を感じ取ったジャンが、閉会を宣言する。一同は異議なしと腰を上げた。

 隼人は後ろ髪はひかれているようだったが、それが何故か腹立たしかった。

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