第8話「問題児たち」

”今まで色々な候補生を見てきたが、入校式まですっぽかすのは前代未聞である”


王立士官学校教官 ガストン・スフェラ大尉の手記




 ”歓迎会”終了後の教官室、早々に汚れた軍服を洗濯に出したジル・ボードレールは、早速呼びつけた候補生に声をかけた。それは彼女がこれから直面する事へのねぎらいと言うか、同情と言うか。いや、ジル自身も面白がっている。それが適当な表現かも知れない。


 彼女は教員として最若年だが、特に物怖じするつもりはない。若い奴に指導するのは慣れているし、壕に籠って敵戦車を迎え撃つことに比べたら何でもない。

 若いからと侮って来る相手も、左目の眼帯を前にすれば尊大さは霧散する。軍隊で実戦経験は階級章に次ぐほど自慢の種とされる。これはこれで便利だとジルは思う。


「エルヴィラ、貴様とんでもない連中の面倒を見る事になったな」


 呼びつけられた女生徒も太々ふてぶてしい。彼女は休めのポーズをしながら、豪胆に笑った。教官の前でありながら。


「はっはっは、想定内です」


 エルヴィラ・メレフ。4学年。彼女は現在の主席であり、今回新入生を指導する模範生徒に選ばれた。なかなかの大役だが、本人に気負う様子はない。

 熊でも投げ飛ばすと噂される彼女である。胆力も一級のようだ。


「その自信を維持し続けろよ」


 有り余る自信に苦言して、ジルは机からクリップボードを取り上げた。


「貴様は”例の6人”についてどう思う?」


 エルヴィラは快活に答える。ごく自然体だったから、回答を用意していたと言うより、考えていた事をたまたま聞かれたように思えた。


「彼らは入校したてのひな鳥です。まだ有能無能を判断する段階にありません。ですが……」

「ですが?」

「行く先が楽しみですね」


 「楽しみ」と来たか。上からは散々あいつらを監視しろと釘を刺されていたと言うのに。

 ジルもまた、楽し気に笑う。


「巷ではすっかりヒーローだな」


 机の上に放り出された新聞紙を見やる。「若き英雄たち、初訓練で優秀な成績」とある。


「『英雄』までは良いとして、いつ優秀な成績を収めたんだろうな」


 苦笑を隠さず言う。彼らの受けた”歓迎会”が散々なものであったのは、歓迎した彼女らが最もよく知っている。どうやらリップサービスが過ぎて大口を叩いた職員がいるらしい。今頃見つかって絞られている事だろう。


「さあ、私には何とも」


 エルヴィラもこの件に関してはスルーだ。せいぜい天狗にさせないように気を付けねば、程度の事しか考えていないのだろう。だがそれでいい。

 ともあれ、ラーナル市民の間で、彼らの存在は都合よくヒーローらしかった。


「それで、やっていけそうか? お偉方御用達の料亭を破壊する不穏分子だが」

「何やら皆、面白がって変な渾名を付けているようですな」


 彼女はまたも、自然体で答えた。例の6人。それ以上説明する必要もない。先日、甲蟲から女の子を救い出すために、市内を大暴走した生徒たちである。候補生たちは既に、レックレスシックスなどと名付け、話のタネにしている。困ったことに、これには教官も含む。


「疲労で寝込んで入校式に出そびれたそうですね。未曽有の事態です」

「未曽有どころではないがな」


 そもそも入校式を欠席するだけで相当な事で、大変な不名誉だ。それがなくとも、人生を飾る栄誉を避けたがる者などいるはずがない。それが今年だけで6人も現れたのである。


 候補生が人命を救ったのは名誉なことだ。それ以外の部分ではろくでもない事ばかりだが。


「奴らの経歴、聞きたくないか?」


 悪戯っぽく尋ねてみたら、向こうも即座に応じてきた。


「……是非に」


 これは教育の参考にと言うより、面白半分な気もしてきた。まあ、結果的に役立ててくれるなら何でもいい。

 ジルはクリップボードに留められた書類をぺらりとめくり、読み上げる。


「エーリカ・ダバート、国王陛下の末娘。貴族学校での成績は学科、実技共に優秀。竜騎兵としては実戦で使えるレベル。ただし、熱くなると視野狭窄になり、暴走しやすい」


 いきなり尖った者がやってきた。最初の暴走者は、よりにもよってお姫様である。そしてその気性は大変お姫様らしくない。

 報告を読むだけでも、猪突する性向が彼女を駆り立てた事が分かる。


「先日の事件では、市内を飛竜で飛び回り屋外に店舗のガラスを割る。設置された露天や自動車をめちゃめちゃにして、軍と市はその弁償に追われることになる。歓迎会においては、状況を顧みず単身突撃を選択し、ハチの巣にされ……」


 何と言うか、猛進にも程がある。ただし、突破力自体は素晴らしい武器だ。判断力が備われば良い士官になる。


「結構ですね。苛烈な突撃は時として良い長所です」


 内心を読まれたのか、エルヴィラは動揺した様子もなく、懸念点を一笑に付した。

 まあ確かに、この国の王族は代々尖った人間も多いし、猪突する候補生も珍しい事ではない。今から弱点ばかり気にしても仕方が無いだろう。


「次だ。マリア・オールディントン。こちらも貴族だが、一般中学卒。学業や魔法は極めて優秀だが体力面に難あり。特記事項:人見知りが激しく対人スキルに矯正の余地あり」


 軍人が対人関係に問題を抱えるのは決して喜ばしい事ではない。というか大変不味い。初対面同士で連携するのが軍人と言うお仕事だからだ。


「甲蟲による襲撃の際は、南部隼人と共に無断で軍のトラックを奪取。探知魔法を用いてこれを誘導。周囲の屋台やテーブルなどをなぎ倒す。歓迎会では体力不足が顕在化し、目立った活躍は無し」


 一方で魔法にしても学力にしても、スペックは申し分ない。これからの研鑽で、どうとでも変わる生徒とも言えるだろうか。問題は暴走ぶりが変わるかどうかだが。


「良いじゃありませんか。偏っていると言う事は伸びしろがあると言う事です」


 同じことを思ったのか、エルヴィラはやはり肯定的な言葉を返す。

 曖昧に返事をしておく。


「ふん、ならちゃんと躾けて見せろよ? 3人目だ、コンラート・アウデンリート。男爵家の次男、事情があり家督を継ぐ。既に軍歴があり、現在伍長相当。軍人としての技術は既に習得している。何事も卒なくこなすが、自分が面白いと感じた事に対しては、被害を顧みず周囲を焚きつける。特記事項:小火器に対して尋常ならざる関心を寄せる」


 既に現場指揮官下士官の経験があるのなら即戦力になる……と言うわけにはいかない。兵隊を動かす下士官と、より俯瞰した目で部隊全体を指揮する士官では、そもそも役割が違う。ありがちな表現で言えば、名選手が名コーチになれないのと同じ理屈だ。


 軍歴が大きなアドバンテージになるのは確かだが、彼がひよっこである事には変わらない。伍長は下士官として最下位である事も考慮に入れて。


「……甲蟲襲撃の際は、軍の備品を無断使用し、市民の憩いの場である乃木東郷公園にトラックを誘導。公園の門を破壊した。また、高級料亭の敷地侵入をそそのかしている。歓迎会の際は、経歴を生かして適切なアドバイスを行った模様」


 で、彼もまた癖が強い。好き嫌いで周囲を動かす士官など迷惑でしかない。小火器へのこだわりが悪い方に出るなら大きなマイナスだ。

 それでも彼の経験は大きな武器だと思う。兵隊上がりの経験と、士官学校の教育。2つが合わされば良い士官になれる……可能性もある。


「うん、こだわりを持つのは良い事ですな」


 エルヴィラはそれだけで流した。彼女の図太さは指揮官向けだな、と余計な事を思う。いずれにしても、彼女の評価は悪くないものらしい。


「4人目、ヴィクトル・神馬じんば。大日本帝国からの留学生。ただしダバート人の血が入っている。幼年学校の成績は優秀で、特に小銃の扱いに長ける。思考もそれなりに柔軟だが、本人の気性は思い込んだらてこでも動かず、自らの美点を殺してしまっている。良くも悪くも日本的な軍人像である」


 こう言ったタイプはむしろ慣れている。確かに癖は強いが、良くも悪くも軍人の適性がある。


「甲蟲襲撃の際は軍の小銃を無断使用。命令権が無いにもかかわらず、上等兵を幼年学校卒業生の身分を使い脅迫。市民に敬愛されている乃木東郷像の頭を踏みつける。歓迎会においては戦死者を装い4年生に肉弾戦を挑み、見事に玉砕……これ、貴様の事だな?」


 エルヴィラはすまし顔で勝ち誇っている、自分ならそもそも倒れている時点で気付いて、銃剣で刺している。などと思ったが、流石に大人げないので黙っておいた。


「銃剣ではなく、私が足元まで近づくのを待って、得意の相撲で挑めばもう少しは粘れたかもしれませんな。まだまだ判断力が甘い。ただ彼のような候補生は一皮剥けると強いでしょう」


 自慢げに寸評するエルヴィラは、なかなか嬉しそうで、彼女の中にお調子者な性格を見るジルである。だが彼女の言う事には同意だ。何度か死ぬ思いをさせて・・・やれば化ける可能性もある。


「5人目のジャン・スターリングは、突出した部分は無いが穴も無い。中学では万事卒なくこなしており、要領もいい。後援者から学費支援を貰える程には学科も優秀だ」

「ほう、まともな者が出てきましたな……どうかされました?」


 一瞬陰った表情を読み取られた。流石商人しょうにんの娘だ。彼についての情報は、自分の判断では公表できない。彼の今後にも関わるし、エルヴィラに話したところで、どうなる情報でもない。


「何でもない。続きを読むぞ? 甲蟲襲撃の際、命令権の無い上等兵を不当に使役し、交通法に抵触する速度で市街を疾走。高級料亭の敷地を突破する命令を下す。歓迎会では、中学組を統率し防御線を構築」


 ここに至っては、実直さを装う事すら面倒くさくなったのか、エルヴィラはにやにや笑いをしている。今ならそれを許してやるであろうことを見透かしているのだろう。


「つまり、そのまともな奴が先日の暴走の旗を振っていたと」


 歓迎会での指揮は、見事な采配だったようだ。とは言えあの暴走を扇動してやらせたのなら、とんでもない奴と言う事になる。こいつが一番のモンスターかもしれない。


 と言ってもそれは憶測だ。現時点では将来有望な優等生と認識しておくべきだろう。どの道、自分は経歴で態度を変える気はない。


「二面性も時として魅力になります。ミステリアスがどうだとか」


 何処から聞きかじって来たんだか。だいたい士官学校の訓練とは何のかかわりも無い。


「どうだかな。それで、最後はハヤト隼人ナンブ南部、ダバート人と日本人のハーフ。学科は理系科目を得意とする。体力面は見るべきものがある。対人スキルも高い」

「おお、少々ムラがあるようですが、彼も優秀そうですね」


 そうだと良いんだがな。


「特記事項を読んでみろ」


 読み上げるのも馬鹿らしいので、クリップボードを突きつけてやる。不思議そうに受け取ったエルヴィラは何とも言えない顔になる。


「……特記事項:奇行癖あり。入寮後の校内見学会にて、校門に露天で展示された〔91式きゅーいちしき戦闘機〕に頬ずりし、警備兵に取り押さえられる。その後飛行するワイバーンに見とれて壁に激突。頭部から流血し、医務室に担ぎ込まれる。航空部で破棄したエンジンの部品を発見。何とか持ち帰れないかと執拗に要求、早速修正を食らう。その他にも……」


 2人は、無言で顔を見合わせた。


「……やばいですな」

「……ああ、やばい」


 眉間を押さえた。

 士官学校で奇人変人は珍しくないが、入学前に露呈する輩も珍しい。こういうのが加わったのなら、暴走行為もさぞ苛烈だったことだろう。


「まあ、こう言った人間が偉業を成す事も時としてあります」


 あくまで良い所探しは止めないらしい。無理矢理美点をでっちあげ、エルヴィラはうんうん頷いている。クリップボードを受け取って、続きを読み上げる。


「甲蟲襲撃の際、マリア・オールディントンと共に軍のトラックを奪取。居合わせた上等兵を拉致。竜騎兵とトラックを連携させるアイデアを出し、被害者の救出に貢献するが、同時に多大な被害を招いた。歓迎会では唯一4年生の戦術を見破ったと、他の中学組が証言している」

「ほう?」


 弛緩していたエルヴィラの表情が引き締まる。4年生側の作戦をを立てた者として、思うところがあるのだろう。

 実はジルもこの一文を読んで彼の評価を改めたクチだ。そう言った”嗅覚”を持つ士官は、どの部隊でも歓迎される。理由は簡単で、自分たちが罠にかかって死ぬ確率が劇的に減るからだ。


「この候補生、化ければ面白いですな」


 エルヴィラが言う。ジルも同意見だ。


「もしこいつが化ける事があれば、良い士官になる。そうでなければ落ちこぼれで終わるかもしれんが」


 ジルが彼の評価を下し、この会は終了となる。改めてエルヴィラに問うた。


「奴らの暴走劇、貴様なら何点付ける?」


 エルヴィラは悪びれた様子はみじんもなく、突飛な回答をした。


「100点満点です」

「……ほう?」


 ジルの目がすっと細まる。詳しく言ってみろ。視線で説明を求めた。


「やむを得ない事とは言え、あのような投機的で馬鹿げた作戦は、成功するか失敗するかの二択しかありません。成功なら100点、失敗なら0点。成功したので100点です」


 思わず吹き出しそうになった。これほど辛辣な100点満点があっただろうか。「所詮は運任せ」と言われたのに等しいのだから。

 だが、ジル自身も「やむを得ない部分があるとはいえ、選択した作戦は幸運の要素が大きすぎる」と言う評価を下していた。

 ただ、彼らと同じ状況に置かれたら、それ以上の方策を打ち出せるかどうか。それはジルにも、恐らくエルヴィラにも確証はないだろう。


「しかし、教官も着任早々の厄介事ご苦労様です。いきなり濃い衆を引きましたな」


 白々しい労いが飛んでくる。エルヴィラは濃い衆と言うが、そんな彼女たちも人の事を言えないのは調査済みである。


「……報告は聞いているぞ。4年生貴様らも入校時はなかなかのものだったらしいが?」


 知っているぞと釘を刺しておく。彼女は悪そうに口角を吊り上げた。


「はて? 聞いた事がありませんね」


 こちらも笑いを返す。このくらい突っ込まれて狼狽えるようなら、それは主席に相応しくない。


「……まあいいだろう、試験は合格にしてやる」

「私は試されていたと?」


 ぽん、と手を叩くエルヴィラ。白々しい事この上ないが。


「お前が6人のうち、誰か見捨てる発言をしていたら、1年共を任せるかは再考したな」


 ジルとて小学校の教師ではない。だが、国が高い金を払って国中から集めたエリート・・・・を切り捨てる事は一軍人としてできない。それだけである。


「それは光栄です。ですが、見捨てると言う選択肢など、我々4年生にはありません」

「ほう?」

「干物になるまで血反吐を吐いて訓練すれば、全員が一人前の士官になれるはずですから」


 彼女の言葉は本質を突いていた。


 ”均一化”は大抵の場合、士官学校の理念でもある。近代戦では、1人の英雄よりも100人のそこそこの”秀才”が必要だ。1人の英雄は銃弾一発で死ぬが、100人の秀才は1人死んでもあと99人が戦闘を継続できる。

 よって士官としての適性に劣る候補生の弱点を、何とか補って秀才にしてやる。それがここのカリキュラムである。

 士官学校は淘汰とうたを是としない。ただひたすらに汗と研鑽を要求するだけだ。


 それは、「自分は素質が無い」と言う言い訳が許されない。一度入校してしまったら決して逃がさない事を意味していた。


「過激な上に不遜だな。だが同意見だ」


 ジルは、書類を机に放りだし、改めて命じた。


「エルヴィラ・メレフ候補生、改めて第7区隊くたいの模範生徒を命じる」

「拝命します!」


 エルヴィラの笑みには、猛禽のような獰猛さが見え隠れしていた。先程のやり取りで、彼女はフリーハンドを与えられたと解釈したのだろう。そしてそれは間違いではない。


「ところで区隊長、次の訓練のアイデアを思いつきまして。今度はフル装備で模擬銃を使ってコンベイ山の頂を目指し……」

「ふむ、面白そうだな」


 前のめりでアイデアに耳を傾ける。入学時、新米に舐められないように教育・・するのは大切な事だ。

 ジル・ボードレール、エルヴィラ・メレフ。2人の先達に巡り合えたことは、未来の英雄たちにとって、何よりも幸運であった。

 ただし、諸々のスパルタ指導を無かった事にすれば。


 彼らが自分の幸運を知るのは卒業後、実戦に出た後の事となる。

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