第28話「幼竜、そして旧友との再会」
”再会って言うのは良いもので、なにか子供に戻ったような気がしましたよ”
マリア・オールディントンのインタビュー
Starring:マリア・オールディントン
竜舎の扉を開いた時、既視感と懐かしさがマリア・オールディントンを襲った。突進してきた白い球体が、素晴らしい速さで
「ぶわっ!」
変な獣のような声を上げて頭から転倒した。息も絶え絶えになった義兄が引きはがしたのは白い幼竜。”あの日”冒険に旅立った、4人目の仲間である。
「久しぶりですね。”パフ”」
「きゅーきゅー」
頭を持ち上げた幼竜は、嬉しそうに鳴いた。パタパタとしっぽを振りながら。
幼竜だからなのか、パフの体は体毛で覆われている。それがぬいぐるみのような印象を与えるのだが、サッカーボール大の球体が顔面目掛けて突っ込んできたら、それは怖い。たとえふわふわもこもこだろうと。
「きゅうっ!」
南部隼人に顔を擦り付けていたパフは、今度はマリアにダイブ。視界が暗転した。
ああ、やっぱりこうなるんですね。
失われてゆく酸素を感じつつ、再会を五感で味わったのだった。
隼人が言う。パフを頭に載せて。
「やれやれ、ようやく四銃士揃ったな」
一連の騒動を思い返すと、本当にやれやれだ。ここから先はもう少し穏やかな学校生活を送りたい。
ふと、気になっていた事を思い出す。騒ぎの渦中にあった隼人に、疑問をぶつけてみる。
「兄さんは何で気が付いたんです? エーリカがリッキーだって」
「そうそう、ぼくもそれが気になった」
気になると言いつつ、エーリカの表情はそこまで意外そうに見えない。1歳から続く信頼がそうさせるのかもしれない。だが実のところ……。
「実は、全く気付いていなかった」
「えっ、本当ですかそれ?」
「きゅ?」
あんまりな言いぐさに、2人と1匹は唖然とした。
普段のエーリカから何か読み取ったとか、そう言うのを期待していたのだが。だがやっぱり義兄は義兄で。
「何かさあ、トラウマで動けなくなっても立ち上がって銃を撃とうとするエーリカを見てたら、すっと腑に落ちた」
こう言う台詞をナチュラルに語ってしまえるのが南部隼人と言う青年である。マリアにもそれが心地よく感じるものの、人騒がせなところは否めないのである。
言葉を受け取った彼、じゃなかった彼女は柄にもなく照れだした。
「えっと……なんかありがとう」
エーリカがどれだけ隠そうと気づいてしまう運命だったのかも知れない。あの日の冒険はとても濃密だったから。
「きゅーきゅー」
パフが頷いていた。何故か自慢げに。
「腐れ縁って、意外に切れないものだね」
しみじみと語るエーリカに、3人は声をそろえた。
「もちろんだ!」
「もちろんです!」
「きゅう!」
四銃士の腐れ縁は不滅なのだ。
「それにしてもですけど……」
マリアはパフにおいでおいでする。全力で飛び込んでくる幼竜を、後ずさりながら受け止めた。何か球技でもやっている気分である。
「また4人そろったのに、何も起きませんね。竜舎なら見つからないと思ったんですが」
パフを抱きつつ、疑問をぶつける。
竜舎は寮から離れているから、今竜神が異世界から膨大な魔力を纏って現れても察知はされまい。
マリアはパフの体を持ち上げて、その顔をのぞき込む。きゅうと声を洩らし、マリアの目を見上げてきた。
パフは、竜神のアバターだ。異界に弾き出された彼は、幼竜を通じてこちらの世界に存在を投影する事になっている。ライズを滅亡から救う何らかの情報、それを自分達に伝えるためにだ。
4人が再び集った今、竜神から何らかのアプローチがあると踏んでいたのだが。
ぼそりと、隼人が言った。
「……
「ちょっと待って下さい、あれですか!?」
「きゅーきゅー!」
マリアは頭痛を抑えるように眉間をつまんだ。あれは子供時代の痛々しい思い出だと言うのに。隼人はそう言うのを気にしないのだろうな、と思う。残念ながら。
だけど、それは4人の原点。約束の象徴だった。
「まあ、諦めてます。兄さんはずっと兄さんです」
「それは、ぼくも諦めてるかな?」
「きゅー!」
やり取りの間にも、彼は手の甲を眼前に差し出さしている。はやくはやくと子犬のように一同の顔を見つめている。やれやれとエーリカが微笑み、その手を上に重ねた。マリアとパフが続く。
「みんなは1人の為に!」
隼人の呼びかけに頷いて、4人は叫んだ。かつての盟約を。
「1人はみんなの為に!」
「きゅーきゅー!」
4人の銃士が誓い、
不意に、パフが飛び上がった。竜舎の天井、梁のあたりに停止した時、巨大な魔力が照明弾のように放射された。魔法を使う3人には分かる。そこに膨大な魔力がある事に。
仮に、彼が火の魔法を使えば、この辺り一角くらい吹き飛ばしてしまえるのではないか。常人なら、戦慄を感じ得ないだろう。
だが、この時の3人は再会を喜ぶ気持ちで、そのような思いには至らなかった。
そして、パフの身体に”何か”が宿る。
『……シュン、いや隼人。久しいな。皆とも再会できて嬉しい』
パフが纏う魔力のオーラが、巨大な竜の頭を形作った。かつてライズ世界を魔法の力で救った、竜の神。そして、
言い出しっぺの隼人ですら半分驚いた様子だ。
思わず言ってしまう。
「まさか、こんなやり方でこちらへ来られるとは思いませんでしたよ」
子供同士の掛け声がキーになっていたとは。と言うか、今後竜神を呼び出す度にこれをやるのだろうか?
竜神は片目をつむって苦言に答える。まるで友人にそうするように。その気安さが、自分達には嬉しい。
『君たちがそれを思いつかなければ、また違う方法で接触したさ。さあ、時間が無い。分かった事を伝えよう』
本来、竜神の力を以てすれば、この世界を救う事は造作もないかもしれない。だが彼は、
自分達でやるしかないのだ。
そして、指令は発せられる。
『ひとつは、技術革新が必要である事だ。隼人、君の持つ知識を信頼できる者に伝え、人々に広めてほしい』
竜神の指令は、意外にも隼人の記憶を誰かに明かす事であった。義兄が狂人扱いされるリスクを考えれば、あまり賛同したいとは思えないのだろう。
義兄の方も、色々と危惧を抱いたようだ。いつものように安請け合いはできない。控えめに反論する。
「でも、俺の知識には危険な技術もあります。核兵器のようなものが世界に広まれば、かえって滅びに近づくのでは?」
竜神は、静かに首を振る。葛藤を振り払うように。
『それでも必要な事なのだ。
それを聞いた瞬間、隼人が前のめりになる。それはもう嬉しそうに。
「つまり、俺の前世知識を自慢しまくっても良いんですね!」
「いや、駄目に決まってるだろ!」
エーリカがぴしゃりと叱りつける。隼人は残念そうに肩を落とした。暴走もするが、叱ればちゃんと言う事は聞くのがうちの義兄だ。だからブレーキ役がいるのだが。
竜神は話を続ける。
『そうだ、無定見に知識をばらまいては、私の時と同じ過ちを犯す事になる。誰か、知識を託すに相応しい協力者を探さねばならない』
信頼のおける人物、となると既に数が限られる。強いて言うなら父だが、彼は隼人に徹底した不信感を持っている。と言うかありていに言って嫌っている。信じてはくれまい。
もし信じてくれたとしても、航空産業に繋がりの無い父に頼るのは時間がかかり過ぎる。王室にコネはないかエーリカに聞いてみたが、答えはお察しだった。コネなどあれば10年間も忍耐を強いられない。
誰かいない者かと、思い当たる顔を片端から浮かべていると、エーリカがぼそりと言った。
「エルヴィラ先輩……とかは?」
反射的に嫌そうな顔が出てしまったが、確かに悪くない。
彼女はメレフ造船の令嬢。あそこは航空部門進出に積極的だ。王族であるハインツ・ダバートと婚約しているのも大きい。
ただし……。
「信頼できるか見極めないとな」
隼人が言う。それが一番の問題である。
彼らの中での、エルヴィラ・メレフ。それはとにかくスゴイしごきをしてくる人、と言うだけだ。まだ仲良くなっていないし、仲良くなりたいのかも微妙である。
「先輩の卒業までに近づいて、人となりを探る必要がありそうですね」
「あの人、かなり勘が鋭そうだから気を付けないとね」
話がまとまり、竜神は次の問題に主題を移す。
『あとひとつ。どうやらこの世界には、世界の破滅を食い止める存在がいるらしい』
彼はおとぎ話のような事を言い出す。いきなり言われても戸惑うばかりだった。
「それは、”鍵の民”でしょうか?」
『いや、それは分からない。だがその者は既にこの世界に生まれ、生きている』
この広いライズ世界からそんな人間を探し出せと言うのか。流石にこれは、難解極まるパズルである。
「残念でしたね兄さん、どうやら伝説の勇者は兄さんじゃないみたいです」
義兄をからかってみるが、彼はその手のプライドは無縁であった。
「飛べない勇者より飛ぶ凡人だ!」
意味不明な事を言って、サムズアップする。放っておこう。
「ごほん、それもメレフ重工の情報網で探せないかな? そう言う調査部門みたいなのが無くても、懇意の秘密探偵や少女探偵みたいなのが何人もいるかも?」
秘密探偵ってなんだろう?
こちらも意味が分からんが、彼女が言いたい事は、まあ分かる。
「良いんじゃないかな? どうせ夏までに1学年を一枚岩にまとめないといけないんだ。そこでエルヴィラ先輩と仲良くなっておこうぜ?」
隼人が話を纏める。エーリカは居住まいを正して一礼……などせず、その場の全員ににっこりと笑いかけた。
「ありがとう。協力頼むよ」
よし、良くいった。内心でほくそ笑む。
昨日までのエーリカなら、もっと気負っていた。ひたすら頭を下げて助力を乞うか、そもそも抱え込んで頼らないか。
彼女返したぞんざいな言葉の意味は、代わりに隼人や自分に何かあった時絶対に助けると言う決意の表れ。つまり、自分達とこれからも関わると決心した証拠。
『すまない。そりそろ
竜神が告げたのは、再会の終わりだった。次の再会を待ちわびるように。
彼らは、ひとりひとり再会の約束を渡してゆく。
「わかりました。また会う日を楽しみにしています」
「全力でやります。見ててください」
「そうだね!」
『………』
「……?」
手を振ったまま固まる。接続が切れる様子はない。前回はもっとあっさり終わったのに。3人は、怪訝そうに竜神を見上げた。
「あの、何か?」
言いにくそうな言葉をため込んでいる。そんな竜神を訝し気に見守った。
彼は意を決したのか、咳払いの後で告げた。
『やはり、最後はあの掛け声で終えた方がいいのではないだろうか。できれば、私も一緒に』
……竜神様は天然なのだろうか?
ともあれ、”あの日の冒険”が動き出し、4人の物語がまた始まった。
※彼ら四銃士の冒険は『竜の卵と3人の
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