第29話「反抗への一歩」

”あの時は、何もわかってなかったんですね。ただ動き出す事が怖かっただけでした。

同期たちが励ましてくれなかったら、私はずっと耳を塞ぐだけの私でした”


カナデ・ロズベルクのインタビュー




Starring:ジャン・スターリング


 自習時間の講堂。何故かエルヴィラが中学組全員の使用を許してくれた。会議はそこで行われる。


 エーリカ・ダバートの”事情”を知った時、皆自分を納得させて、感情を消化する事が出来たようだ。もともと勉強会で交流なども進んでいた事であるし。


 問題は、そこから一歩踏み出す事にある。

 その為彼女は、エーリカは頭を下げた。


「お願いします!」

「きゅー!」


 1学年を一枚岩に。それが姉の為に必要。

 それは、まだ頭に殻を乗せている彼らにとって、大難題だった。

 皆一様に戸惑っている様子だし、ジャン・スターリング自身まだ半信半疑だ。


 顔色を窺い合う嫌な空気をぶったぎったのはマシュー・ベックだ。


「ええとさぁ、お願いもぶっ飛んでると思うが、まずその肩に乗っかってるの、何?」


 このちっこい竜を持ち込んできた時、彼はかじっていた芋を取り落としそうになっていた。白い幼竜は、しゃーと威嚇して抗議した。「乗っかってるの」と言う呼び方が気に入らなかったらしい。

 どうやら、隼人とマリアは”彼”の事は知っていたようだ。楽しそうにドヤ顔で見守っている。


 疑問に答えたのはエーリカ・ダバートだった。


「パフって言うの。私の使い魔よ。従兄あにの干渉をはねつけたから、一緒に過ごせるようになったの」


 もともと使い魔は体の一部であり、武器でもあるのだから一心同体の筈。と言うのが学校の見解だ。余程大きかったり獣臭かったりしなければ、自分のベッドで一緒に寝る事も黙認される。

 変な嫌がらせで別々に暮らしていた今までが異例なのだ。


「あのっ!……パフちゃんを撫でても良いでしょうかっ!」


 カナデ・ロズベルクががたっと立ち上がる。その目は何時になく真剣そのもの。幼竜の方も満更では無いらしく、くいっと首を差し出した。


「うわー、ふわふわ」

「きゅっきゅ!」


 ”パフ”は目を細めてされるがままにしている。どうやら彼女が気に入ったらしい。

 マシューも喜色満面、手を差し出した。


「すげえ、指をぺろぺろ舐めてくれてる!」

「それは、イモのかけらが指に付いてるからだと思いますけど」


 笑いを堪えながらマリアが言った。教室からどっと笑い声があがる。

 一通り騒いだ後、南部隼人が話題を修正する。つまり、畳みかけた。


「どうだろう、皆の協力が必要なんだ」


 少々、いやかなり難しいのではないか。ジャンは素直に考えていた。それでもエーリカたちが望むなら、手を貸す事もやぶさかではない。先日のアレ・・で共犯関係になってしまった事でもあるし。

 だが実際問題難問だ。貴族・幼学組との軋轢は、更に大きなことになるだろう。

 ジャンは言う、苦笑交じりで。


「しかし、また随分と難問を抱え込んだね」


 彼らの問題を引き寄せる能力は隔絶している。忌々しい事に自分もそうなりつつあるが。

 今回も困難であるが不可能ではないし、何より目下の問題を一掃するチャンスでもある。そして、何か大きなリスクがあるわけでもない。

 コンラート・アウデンリートが宥め役に回り、とりあえず話を聞くように呼び掛ける。


「まぁさ。隼人の事だから、何か考えがあるんだろ?」


 ジャンは、ひとりひとりの表情を確認する。全員に拒否反応があるわけでは無さそうだ。

 隼人が考えを開陳する。


「一応、計画っぽいものがあって……」


 既に作戦(らしきもの)を用意してくれる隼人は、素直に流石だと思う。


 隼人の「作戦」はこうだ。幼学組に実力を示すと同時に、積極的に話しかけてコミュニケーションを取る。北風と太陽両方で攻めれば、彼らとて態度を軟化させるのではなかろうか。


「……地味じゃね?」


 マシューが言うが、実際地道にやるしかないだろうとジャンは言う。


「僕が働いてた工場の人たちもね、やっぱり軋轢は出来るんだよ。そういう時は皆で弁当を食べながら世間話をさせるんだ。駄目になる事も多いけど、それで仲良くなる場合もあるんだよ」


 悪感情とは、相手に対する無知である事も多い。ならば、相手を知れば良いのだ。

 大抵のものはそんなものかと曖昧な返事を寄こす。一方中学組は苦学生も多いのか、ぴんときた様子の者も若干いた。

 隼人がウィンクする。援護射撃サンキューと。


「まず、幼学組から落としに行こうと思ってる」

「ええっ、こわい人達が先なんですか?」


 カナデが問う。危うい本音付きで。

 隼人は苦笑気味に回答する。そのネガティブな表現を聞こえなかった事にして。


「いや、怖くても別に良いんだ。問題のキモは貴族組と幼学組でスタンスが違う事なんだ」

「……つまり?」

「貴族組の価値感って『血統』だけど、幼学組は『実力』だって事だ」

「兄さん、持って回った言い方は良いですから」


 突っ込まれた隼人は笑う。それは楽しそうに。彼の本質はこう言った所なんだろう。


「つまり『血統』はどうにもならないけど『実力』なら並び立てる。場合によっては仲間意識を持ってもらえるかも」

「実力を証明して見せるってことだ……ことね!」


 エーリカが返す。妙に嬉しそうに。

 最近の彼女は変な言い回しをするのが少々気になってはいるが。

 一方でマシューはしかめっ面をする。再びイモをかじりつつ。


「でもさあ、あいつらとは訓練の積み上げが違うぜ?」


 どうやら彼は懐疑的なポジションのようだ。もしかしたら面倒くさいのかも知れないが。


「そうかな?」


 ポケットから取り出した紙片を広げたのは、コンラートだ。


「幼学組の苦手分野を盗み見して纏めてみたんだが。こんな事もあろうかってな」

「えっ、そんなものどうやって盗み見たんですか?」


 カナデは不思議そうに尋ねる。

 引き攣った顔で、隼人が言った。


「まあ、俺たちの努力の残滓ざんしって事で許してくれ」


 全くだ。地面をひたすら掘りながら、これだけを隠し通すのは一苦労だった。おかげで翌日は睡魔と筋肉痛で死ぬ思いをした。


「オールマイティで安定してる奴はそう居ない。皆どっかに穴がある。例えばあの威張り散らしてるランディは不整地の行軍に弱い。弱いと言っても程度問題ではあるが、ここだけならジャンやマシューが上だろう」


 説明を聞いたカナデは何故か、「……そっか」とつぶやいた。何が「そう」なのか教えてはくれなかったが。


 そしてジャンは理解する。これは幼学組との勝負ではない。彼ら自身の負け犬根性を払拭する戦いだ。ここで士官の名誉を勝ち取るなら。彼の目的を果たすなら。ここが最初の試練だ。

 エーリカを救ってやりたい気持ちも、彼を後押しする。

 だから、改めて宣言した。


「分かった。僕は賛成する」

「ありがとう!」


 礼を言うエーリカに、微笑を作って見せた。彼女はどうも、他人とは思えない部分がある。

 彼女に力を貸すなら。やるとなったら全力でやるべきだ。だからこそジャンは、勢いで話をまとめようとした。


「みんな! どうだろうか?」


 完璧な意思統一が行えるなど稀だ。同調圧力を使っても組織を動かさねばならない時もある。これは経験から来る確信だった。


 だが、南部隼人はそれを遮る。


「不安点や反対意見があればくれないか?」


 それは完全な性善説で理想論。苦言しようとして――思いとどまった。

 彼の方が正しい。貴族、幼学組と和解するのに、自分達が結束しないでどうする。


(多分、意識しないでやってるんだろうね。まだ・・深くは分からないけど、隼人は面白い奴だ)


 第三者視点から評価してみる。斜に構えた寸評は何のためだったかは分からない。

 カナデがぽつりとこぼす。


「でも私、やってみるけどやっぱり不安と言うか……」


 それはジャンを含めた全員の本音だったろう。

 むしろ、普段消極的な彼女が前向きになってくれていると思う。


「大丈夫! 皆で協力し合えば!」


 どん、と胸を叩く隼人。しかし大半の者が戸惑った表情を浮かべる。今度は彼がやらかす番だった。

 彼のテンションは時として他人に隔意を抱かせる。俺もやるからお前もやれと言われても、何人が同調できるのか。

 ありていに言えば、こいつから回ったなと思った。

 仕方ない。自分が補ってやるか。自然にそんな発想が出た。彼は進み出て発言する。


「じゃあこうしよう。彼らと何かあった時は僕、隼人、コンラートで対処する。丸投げしてくれていい。皆は協力して成績を伸ばす事に注力してくれ。それ自体は問題無いだろ?」


 中学組の学生たちは「それなら……」と消極的に首肯し始める。


「お前もだマシュー」


 イモを食い切った彼の首に、腕を回すのはコンラートだ。


「そろそろ酒保に菓子が入るな? ところで資金は足りてるのか?」


 効果はてきめんだ。彼はぴょんと気を付けをしつつ、敬礼とともに宣言した。


「マシュー候補生! 幼学組と戦うであります!」

「きゅーきゅー!」


 彼の頭に乗っかったパフが自分もやるぞとばかり吠えて見せた。


 講堂は、爆笑に包まれた。

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