第33話「列車ごっこと暗雲と……」

”士官学校ってところが妙な所ってのは分かってたけどさ。まさか列車ごっこを大真面目にやらされるとは思わなかったぜ。

確かに理由を聞きゃ納得だけどよ。これは父ちゃんたちに言えないわ”


コンラート・アウデンリート著『士官学校始末記』より マシュー・ベックの感想




Starring:南部隼人


 2枚の翼が、日の光を一瞬遮った。


(早く乗りたいもんだなぁ)


 上級生を乗せた飛竜が、練兵場れんぺいじょう上空を旋回し、去って行く。

 今の訓練に不満はない……事もないが、一刻も早く空を駆けたい。南部隼人はそう思う。


 だが、飛竜に乗れるのは2年生以降。飛行機に乗るのは更にその後だ。

 

 不満はない事はないが、今は歯を食いしばって前に進むべし。パイロット適性を認められれば操縦桿を握り放題だ。

 目の前の三派閥問題など、直ちに片付けねばならない。エーリカの為にも、飛行機の為にも。

 

 さて本日の訓練。説明なしに教室の椅子を運び出して練兵場に並べるように命じられる。いつも通り「もたもたするな!」の怒声が飛び交う中でせっせと椅子を運び出した。

 今回は5、6、8区隊も引っ張り出され、総勢160余名。中隊を編成できるほどの人数だ。

 南部隼人らが並べるように指示されたのは、何故か2人ごとに向かい合った席が間に通路を入れて2列だった。ジャン・スターリングがつぶやく。


「これ、汽車じゃないかな?」


 我が意を得たとばかりコンラート・アウデンリートがほくそ笑んだ。


「その通り。ってかこの訓練俺もやったわ」


 どういう事か聞いても教えてはくれなかった。どうせいつもの「やってみてのお楽しみ」だろう。


 結果、人数分の席が汽車の車両に見立てて並べられた。これが4セット。恐らく1セット分を車両1両に見立てているのだろう。

 また拷問染みた特訓が始まるのだろうか? それとも何かのレクリエーション? かなり気になるが、怖いものは怖い。まさか士官学校生に列車ごっこをやれとは思うまい。


 そのまさかだったわけだが。


「そこの貴様、長さを測って線を引け。特に入り口の部分は丁寧にな」


 ジル・ボードレール教官の激でチョークの粉が引かれる。並べられた机はまごうことなき客車だった。

 ここまでされると、候補生たちもお互いの顔を見合わせるしかない。


「これから乗車訓練を行う!」


 隼人を含む一部の学生たちは、笑うどころか薄ら寒いものを感じる。ひょっとして、自分たちは教官に見捨てられたりしたのだろうか?


「何でそんなに面白い顔をしてるんだい?」


 からかうように問うジャンは、愉快そうに笑った。むしろ隼人の方がおかしいと言いたげである。


「オールディントン領は鉄道が発達してるから不思議なんだろうけど、僕は汽車なんかここへ来るとき一回乗っただけだよ? 多分、ここの三分の一くらいがそうなんじゃないかな?」


 そうか! 完全に前世やオールディントン領の基準で考えていたが、ダバート王国は広大。鉄道網の整備は進んでいるが、きめ細かくと言うレベルまで至っていない。

 主要都市以外からの長距離移動はワイバーンか、あるいは乗合バスであり、その上位に飛行機が存在する。

 田舎では一生汽車を知らない者も多いだろうし、士官候補生のようなエリートであっても、汽車を経験しているとは限らない。


「そーいうこと。軍隊の移動は鉄道がセオリーだからな。そこで未経験な士官がもたもたしてたら部隊の動きに支障が出るだろ?」


 後から出てきて美味しい所を攫って行くのはコンラートである。どうやら自分達は、汽車の乗り方を知らない兵隊を統率する必要があるようだ。そして彼らと戦場に向かわねばならないらしい。


「共に戦う戦友の事情を斟酌しんしゃくしないのはまずいぞ? 猛省しろ」


 いつの間にか隣にいたヴィクトル・神馬が、いつもの仏頂面で告げる。彼の性格を考えると嫌味ではなく苦言なのだろう。最近の彼はこう言った形で絡んでくれるようになってきた。実際自分はそう言う部分でアンテナが低い。忠告は受け入れることにした。


「ああ、礼を言うよ。気を付ける」


 それにしても彼がそこまで踏み込んでくるのは珍しい。そう思っていたら、マリア・オールディントンが幼学組の集まりを指さした。皆隼人を見てにやついている。

 ヴィクトルの忠告はこれも含むのだろう。我ながら前途多難だ。


「ほら、学期末の総仕上げで、登山訓練があるでしょ? そこで汽車に乗るから、迷子が出ないようにって事じゃない?」


 エーリカ・ダバートの言葉は、無意識であろうが割と辛辣だった。迷子とはまあ士官候補生に相応しくない言葉だが、確かに汽車もまともに乗れないなら言われてもしょうがない。


 しかし、登山訓練か。行われるのは学期末、あと1ヶ月ちょっとだ。エーリカを”勝負”に勝たせるためには、このままでは間に合わない。


「貴様らの区隊は歩兵小隊である。各隊で小隊長を決定し、乗り込み手順を立案せよ」


 ジル教官が宣言する。早速各区隊は円陣をつくり、作戦を開始した。

 つまり、効率よく乗り込んで、ぶつかったりしないで椅子に座れれば合格と言う事だろう。


「じゃ、小隊長の立候補は?」


 早速ではあるが、勿論幼学組からランディ・アッケルマン、貴族組からオクタヴィア・フェルナーラが名乗り出る。中学組から対抗してジャンが立候補し、相変わらずのさや当て状態になる。

 隼人はそれを、沈痛な表情で見守った。


「おい、見て見ろよ」


 コンラートに背中を小突かれる。彼の指さす方向には、6区隊の姿があった。自分達7区隊のようにいがみ合う様子はない。彼らはさっさとリーダーを決めてしまい、緊張感の中に和やかさがあった。他の区隊を見ると、何処も同じような感じだ。


「俺たちだけが、区隊内でいがみ合ってるって事か?」


 コンラートは肯定の代わりに言い放った。


「2年の先輩に聞いたんだがな。こういうのは早いか遅いかの話らしい。で、俺たちは”遅い”」


 焦る。ただただ焦る。

 友の為に何とかしたい事があるのに、上手くやることができない。隼人にとって、それは初めて経験する焦燥感だった。


「兄さん、焦ってもどうにもなりませんよ。明日は土曜日です。また集まって知恵を出し合いましょう」


 マリアは何故か冷静で、その打たれ強さに関心もする。

 何しろ、昨日彼女は幼学組と立ち回りを演じ、ぼろぼろにされたのだ。隼人としては腹に据えかねる事態だ。


 謝罪させに行くから相手の名前を教えろと詰め寄ったら、本人だけでなくエーリカ、ジャン、コンラート、果てはヴィクトルからも一斉に止められた。せっかく謝罪させて収まった話を蒸し返すなと言われたが、分かっていても感情は別の話である。


「でも、幼学組からここまで明確に敵対されちゃ、今までの路線は難しいかもな」


 コンラートが言うのは、中学組がやって来た「交流して仲良くなろう」作戦である。どの道これだけでは目的を果たせないとは思っていたが、物理で喧嘩を売られるほど敵意を持たれたら、和解は望み薄かもしれない。そう思いだした。


「……ごめんなさい」


 エーリカが続けようとした言葉は「私のせいで」であったろう。それは発せられることはなく、マリアの声に遮られた。


「それ以上言うと、何かしらの悪戯しますよ? 性的な」

「なっ! それ止めてっていってるでしょ!」


 それでもエーリカは話題を切り上げる。「ありがとう」とつぶやきを残し。なお、「悪戯」の内容が気になった男どもが、聞き耳を立てていた事は言うまでもない。


「とにかく、タイムリミットが迫ってる。何か突破口を考えないと」


 話題を仕切りなおす。どうも自分が司会役だと締まらない。


「そう言えば、オクタヴィアとナタリアはどうなんだ? 彼女たちが好意的なら貴族組と繋ぎを取ってもらえるんじゃないか?」


 コンラートの渾身のアイデア……に思われたが、当事者であるマリアは首を振った。隼人も同意見だ。


「無理だと思う。聞いた話だと、好感を得たのは中学組にじゃなく、マリア個人って感じだし。それに、マリアは貴族だ」


 隼人の分析は正しかったようで、マリアも頷く。

 そこで、ひとつアイデアが浮かんだ。


「とりあえず、皆でオクタヴィア達に礼を言いに行こうか。そこから縁を繋げば」

「止めておきなさい」


 今度はエーリカにぴしゃりと斬り捨てられた。


「貴族って言うのは自分とコネを作ろうとする有象無象に囲まれて生きているのよ? そんな人間の真似をして、好印象を与えると思う?」


 おっしゃる通りである。それで嫌な思いをするマリアをさんざん見ていたのに、迂闊な考えであった。


「勿論私個人でさらっとお礼はするつもりですが」


 結局、その作戦はお流れとなった。

 進退窮まって、隼人は人の輪の中心を見やる。3人は、まだ揉めていた。


(これはまずいな)


 今まで遠ざけられたリーダー役をやってみたい気持ちは痛いほどわかるが、貴族組、幼学組と同じレベルで争うのは大変宜しくない。第三者から見れば、どっちもどっちに見られる。この場合他の区隊に対して良い印象を与えないだろう。


「悪いけど、ここは引こう」


 理由を耳打ちされたジャンは、神妙に頷く。悔しそうではあったが、小隊長役を辞退する事を宣言する。他区隊は、既に手順の相談に入っている。


(しかし、いよいよなんだろうなぁ。コンベイ山の登山行軍)


 それは、前期の締めに行われる一大イベントだ。

 そもそも登山とは、万全の準備と高度な経験、判断力を以てしても運次第で遭難が起こりうる、と言う非情なスポーツである。

 そのため今まで1学年はコンベイ山のふもとで訓練を行う事はあっても、汽車を使って登山口まで回り込み、本格的な山行を行うことは無かった。

 今回それをやる、と言うのは1学年がその水準に達していると言う判断だ。


 仮に達していない者がこの訓練に加われば、山道に撃ち捨てられてゆくのではないか。ありえない話だが、そんな考えがよぎる。


 とにかく、一枚岩にならなければ。


 整然と並んで「汽車」に入って行く第6区隊の面子を眺め、そう思う。候補生たちが、入口に見立てたチョークの切れ目から、規律だって乗り込んでいく。はっきり言って間抜けな図だ。だが、彼らはそれを整然とこなしてゆく。

 エーリカだけの為ではない。このままでは区隊クラスにとっても良くない。置いて行かれる一方だ。


 この日の訓練で、第7区隊は最下位となり、派閥の別なく候補生たちを大いに悔しがらせた。ジル教官はにっここりと笑うと、早速の腕立てを命じるのであった。

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