第17話「実弾訓練」
”射撃訓練を経験した候補生は、概ね2つの事実に驚く。
ひとつは、銃と言う道具が意外にも簡単に操作できること。
もうひとつは、その簡単な操作で人が殺せてしまうことである”
ジル・ボードレールの講義より
南部隼人が手渡されたのは、銀色の小型拳銃。
何度も手入れや扱いを練習しているから、グリップの握り具合はすっかり馴染んでいる。
にも拘らず、今日の隼人には重く感じられた。それはこれから経験する訓練を前にしての事。つまりは実弾訓練だ。
初の実弾仕様だからか、ジル教官の指導も細かい。
早速手順を守らなかった数名が鉄拳を食らっていた。こと命が関わる事柄においては、彼女は女子学生も容赦なく殴る。
「アウデンリート、おさらいにこの銃について説明して見ろ」
ジル教官に指名されたコンラートは、目を輝かせた。ここで彼を指名するのは絶対にミスキャストだと思うが、案の定だった。
「はい。〔マウザーM1910〕。ドイツ製の小型拳銃です。弾丸は25口径で、威力は拳銃弾としても低く、その分反動も少なく撃ちやすいです。機構はストレートブローバックで、閉鎖機構は持ちません。特徴的なのは大きく切り開かれたスライドで、これは後発の〔ベレッタM1934〕に似ていますが……」
「……もういい」
煩わしそうな教官に
教官の顔に苦笑が浮かんだのは、「まったくしょうがない奴だ」と言う意味ではなかろう。
『良い度胸だ。それだけ言うなら結果を見せてみろ』
と言う意味だ。ついでに言えば、「出来なきゃ処刑」と言うのも付いてくる。彼も余計な発言をしたものだ。ちなみに「処刑」とは、日々の
「これは欧州大戦の賠償でまとまった数が手に入れたものが、小型で威力不足だから学生の訓練用に使用されている。それでも当たり所によっては即死もあるぞ。教わった手順は絶対守れよ」
肩を落としたコンラートを放っておいて、教官は射撃位置についた。
おもむろに的を狙って拳銃を向ける。距離は20メートル強。教本で読んだ拳銃の交戦距離としては最大限のものだ。
実戦向けの訓練だからか、的は人型をしている。
銃声は
思っていたより甲高い。
1発、2発……。
薬莢が跳ね上がり、射撃場に着地した。
映画で見たように、銃口からは白煙が漂う事は無かった。
的が置かれたコンクリート塀の向こうから、全弾命中の旗印が送られてくる。
「うん、こんなものだろう」
ただ淡々と、何事も無かったように、拳銃は置かれる。
流石に歓声を上げる雰囲気でもなかったが、皆が息を呑んでいた。幼学組を始めとした射撃経験者ならずとも、この距離で全弾命中は偉業だとは何となく分かる。
教官は言う。
「拳銃と言うものはな。実は当たるように出来ていない」
命中させておいてこともなげに言い放った言葉には驚いたが、これについては幼学組や貴族組も驚いた様子がない。
「拳銃の技能はちゃんとした指導の下で何千発も何万発もぶっ放してようやく
頭を割られると言うのは穏やかではない。が、教官の話は比喩でなく本当の事らしい。人間は近距離まで接近されると本能的に「狙って撃つ」と言う行動がとれなくなる。それでどうするかと言うと、塹壕掘り用の小型ショベルで殴打するのだ。
特に士官は狙われるから、拳銃を持つ者は急場でも慌てず操作出来なければならない、と言うのが教官の弁だ。
尻を叩かれた学生たちは、いそいそと弾薬を装填し始める。案の定先に準備を終えた幼学組が位置につく。的は既に5メートルの位置に移動されている。
教官の無駄のないフォームに比べればやはりぎこちなさはあるものの、銃をしっかりと両手で保持し、トリガーを絞る。全弾命中を決めたのはランディ・アッケルマン。幼学組のリーダー格だ。
彼はジャンと隼人の顔を順番に見やり、勝ち誇った笑みを浮かべた。
ジャンはポーカーフェイスを装っているが、一瞬顔が引き攣ったのを見てしまった。案外外気の短いところがあるのだなと、少し親近感が湧いた。
続くヴィクトルも全弾命中。ジャンも8割を命中させた。
コンラートと言えば、1発外しで残りは命中。首の皮一枚で「処刑」を免れた。
「次だ」
そして隼人の番となる。教官の声に勢いよく返事をすると、射撃位置に向けて歩き出す。
装弾して重くなった拳銃を持ち上げて的に向ける。
(
拳銃の命中率が悪い理由は構造的な問題を始め色々とあるが、大きな要素として固定し辛い事がある。
小銃は頬、右手、左手の三点で固定するため反動を抑え込みやすい。一方で拳銃は両手で同じ場所――グリップを握るだけなので、支点は一つだけ。技術が無いと反動で照準がぶれてしまう。
隼人は初の射撃でそれを嫌と言う程実感した。原因はフォームが悪いせいなのだが、弾が上方にずれるのだ。
反動を恐れて過剰に力んだのも良くなかった。反動は抑え込むだけでなく、逃がすことも考えないといけない。
「貴様は9発中命中1発だ。パイロットを目指すなら、このスコアはありえんぞ?」
何人かがくすくすと笑い声をあげる。
成績を笑っているのか、パイロットが分不相応だと笑っているのか。
隼人の志望をすっぱ抜いたジル教官は我関せずだ。彼女の事だから、火種を放り込んで奮起させる腹積もりかも知れない。自分でもあけっぴろげに志望を語っていたので、どうせ皆知っている。
「まだ一回目の射撃を行っていない者は……エーリカ・ダバートはまだだったな?」
皆の目がエーリカに集中し、ぎょっとした。ふらふらと射撃位置に向かう彼女の顔が、幽鬼のように真っ青だったからだ。
「おい、体調が悪いなら止めておけ」
「……大丈夫です。やれます」
教官の制止を振り切って、射撃位置につく。
射撃姿勢は幼年学校組よりも洗練されている。どうやら彼女も射撃をやり込んでいるらしい。
彼女の指がトリガーを絞るように押し込んでゆき――無煙火薬が爆ぜた瞬間、彼女の整然とした姿勢が崩れた。
「おい! どうした!?」
駆け寄った教官が素早く状態を確認する。いくつか質問して症状を確かめると、担架を持ってくるように命じた。候補生たちは彼女を見送る。
ある者は気遣わしげに、ある者は怪訝そうに、ごく少数の者は侮蔑の視線で。
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