第4話「結成ならず」
”我々がチームになるまで、ひと悶着ありましてね。
あの時はもうこれっきりだと思いましたよ”
南部隼人のインタビューより
「それよりだな。せっかく濃い衆が集まったんだ。今後もこの面子でつるまないか?」
南部隼人は発言の意図を掴みかねた。コンラート・アウデンリートは先日の大暴走で味を占めでもしたのか。
「リーダーはジャンがやれば良いし、参謀役はハヤト、切り込み隊長はヴィクトルがいい。エーリカは航空参謀でマリアは軍医兼偵察兵だな」
コンラートは各人の役職を朗々と発表する。大変胡散臭い。
「コンラート……さんはどうなんだい?」
ジャンはコンラートの名前を呼びかけ、さん付けに修正した。彼が年上であると思い至ったからだ。
「コンラートで良いよ。確かにもう成人してるけど学年は皆とタイだ。俺はそうだな。従軍経験が既にあるから、情報アドバイザーってところかな? どうだ? 楽しそうだろ?」
隼人はひとりひとりの顔を眺め、「それも悪くないかも」と思い始める。
先日の救出劇は、実に息があっていた。あの乗りで4年間過ごす事が出来たのなら、それはきっと楽しい!
だが……。
「冗談じゃないわ。あなたたちと一緒にいたらまたあんな暴走劇が起こりそうだもの。だいたい、あんな幸運が何回も続くと思ってるの?」
正論を放ったのは、エーリカ・ダバートだ。
確かに、今思い出すと肝は冷える。あの救出行は、ひとつ間違えれば皆無事では済まなかっただろう。
それでも同じことになったら……。また同じ決断をするだろうな。他人事のように思う。
「でも
マリアが立ち上がって変な渾名で王女を呼ぶ。
ヴィクトルを除く男どもは反射的に
確かに、大きかった。
「しっ、失礼な呼び方をしないでちょうだい!」
エーリカが顔を真っ赤にしたのは、羞恥ではなく怒りのためだった。恐らくだが。
「あなたはそんな傍観者みたいな言い方をしていますけど、兄さんが作戦を考えなかったら確実に甲蟲に逃げられてましたよね? そしたらあの子は餌になってました」
ぐっと言葉に詰まるエーリカ。それもまた正論ではある。
「あの時ああしていれば良かった」、と言う後悔は無意味。実際は
しかしまあ、うちの義妹は我が強い。嫌いな相手は基本無視するのが彼女の行動原理なのだが、珍しいこともあったものだ。やりあう2人の姿も、何やらプロレスめいたものを感じる。
ぎゃあぎゃあと言い合う女子2人をジャンは苦笑いで、コンラートは面白そうに見ている。
すっと椅子を引く音がした。挨拶もせず席を立ったのはヴィクトルだ。
「俺も、お前らとつるむつもりはない」
一同は面食らったように彼を見つめた。先日の大暴走を見るに、彼は
そんな期待の目を容赦なく切り捨てて、彼は背を向ける。
「とりあえず、理由を聞いてもいいかな?」
静まり返った食堂で、ジャンの声だけが響く。
彼が発した問いは、どこか有無を言わせぬものがあった。
振り返ったヴィクトルは僅かに片眉を動かす。甲蟲を前にしてさえ余裕を崩さなかったというのにだ。
が、彼の表情は、すぐにいつもの仏頂面に戻った。まっすぐな視線が戻って来る。
「言葉通りの意味だ。お前達は力を振り回して悦に入る子供に過ぎん。あの時のチームワークは確かに神がかっていた。だが殿下の言った通り、調子に乗って同じように振舞えば破滅が待っている。俺は巻き添えは御免だ」
二の句が継げなかった。
結末こそハッピーエンドだが、確かにあの暴走劇は大変なリスクをはらんでいた。
一般人を跳ね飛ばしたかも知れない。散々物を壊して行ったのにも関わらず、誰も助けられなかったかもしれない。
同じように行動していては、きっと不幸を呼び寄せる。
マリアは反論しようとして口を開け、そのまま口をつぐんだ。それが的を射た指摘だと気づいたのだ。
コンラートはヴィクトルではなく、何故かジャンと隼人に視線を向けてきた。「どうする?」と目が語っている。
それが意味するのは「どうヴィクトルを引き込むか」ではなく「彼が提示した問題に、どのような答えを出すか」ではないかと思えた。
腕を組んで憮然とするのはエーリカだ。彼の言葉が自分にも当てはまると感じたからだろう。
そしてジャンはヴィクトルを見つめ、ふっと笑った。先ほどまでの棘は鳴りを潜めている。
「なるほど。納得したよ。
ジャンの笑みは、ひたすら爽やかだった。ヴィクトルは鼻を鳴らし、再び出口に向かう。
今は納得してやる。それは隼人も同じ思いだ。きっと、コンラートやマリアも。
「悪いけど。私もやらなきゃいけないことがあるから」
彼に続いて席を立ったのはエーリカだ。その後ろ姿からは、未練のようなものは感じない。
結局、4人の候補生が残された。
「ハヤトはどう思う?」
ジャンが水を向けてくる。質問の意味は勿論「ヴィクトルの言う事をどう思うか」だ。
分からないから教えろと言うより、自分の考えを答え合わせしたいのだと感じた。
「正しいと思うけど、あいつは俺たちが行動したことについて何か言ったわけじゃない。問題としていたのはそれに無批判だったことだ。だからそこを改めればいいんじゃないか?」
それが隼人の結論だった。
目の前の子供を助ける事が間違っているとは、絶対に思えない。もし自分に甘えがあったと言うなら、
「勝って兜の緒を締めろ、ですね!」
マリアがぐっと拳をにぎる。合っているような違うような。
ともあれ、今回は勝利したものの、運に頼る部分も大きかった。ならば、改善点を洗い出し、常にアップデートしてゆけばいい。「後悔」は一文の役にも立たないが、「反省と改善」は別だ。
「でも、ジャンはどうしてこのメンバーにこだわるんだ?」
ヴィクトルに圧をかけた態度が気になって尋ねてみる。
ジャンはあの時の様子は片鱗も見せず、人好きする笑顔を浮かべた。
「この6人が集まったら、何か大きなことができそうだと思ったのさ。それに、面白そうじゃないか」
そう、面白そうなのだ。コンラートの言葉を否定などできない。
前世から大勢の友人に囲まれた経験がない
「ああ、確かにな」
ジャンの言葉に全面的に賛同する。それは悪魔の手招きでもあっただろうが、面白そうならしょうがない。
「なら、やることは一つじゃないか。もう一度同じ状況に置かれた時、皆ならどう行動する?」
そうして投げかけられて来る質問に、ジャンの答え合わせはどうやら正解だったと知った。
彼はわが意を得たりと、先日の改善案を募る。
「甲蟲を仕留めたのが小銃の射撃だったのが不確定要素だったな。あそこで外してたら全部終わってた」
「飛竜で組みついて動きを拘束したら?」
「ではどうやって狙い撃ちます?」
4人は夢中で意見を出し合った。
この時生まれた作戦後に検討会を行う習慣が、南部隼人の戦術眼を養い、後にクーリル諸島の防衛を成功させることになる。
方舟戦争の悲劇は、4年半後に迫っていた。
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