第51話
ある日は川原に出向いて、のんびり釣りを楽しむことにした。
釣りは計画されたものではなく、その日の朝に突然釣り竿を持って僕の前に現れた姉の突発的な提案だ。釣り竿は、管理人の小屋の裏手に転がっていたらしい。
もしかしたら有料で貸し出されていた物かもしれないけれど、変わり果てたこの世界では関係のないことだ。遠慮なく竿と餌を持って、僕達は川に向かった。
竿を振りかぶり、糸を奥にある低い崖の辺りまで飛ばす。思い通りにいかず、かなり手前で落ちてしまったけれど、別段問題はないと判断して竿を止めた。浮き具が水面に顔を出す。
獲物に勘付かれないよう、竿を固定させる両手に神経を集中する。
しかし、それが続いたのも十数分。同じ姿勢で硬直することに耐えかねた僕は、竿を砂利の上に寝かせて、川原をぶらつくことにした。釣りは、どうやら性に合わないようだ。
一方の姉は、全身から脱力して落ち着いていた。
「はぁ~……なんだか落ち着くわぁ。釣りって、結構いいものね」
「僕とは正反対だ。獲物がかからないから、すぐに飽きちゃったよ」
「入れてすぐ食いつくなんて、そんな簡単にいったらつまらないわよ」
「そういうものなのかな。釣れないと楽しくないと思うんだけど」
「こうして獲物がかかるまでじっくり待っている時間も、それはそれで楽しいものよ? 過度な期待も持てないから、いい具合に気持ちがリラックスできるといった感じね」
「うーん。よくわからないなぁ」
「たまには、こういう無駄な時間を過ごすことも大切ということよ」
その言葉の真意は不明だった。ただ、どうやら彼女は釣りの魅力に惹かれたみたいだ。
僕も彼女の言葉をヒントに答えを探ろうとしたけれど、やはり理解が及ばなかった。
無感動に川の流れを無心で眺めた後、楽しんでいる彼女の邪魔をするのも悪いので持ち場に戻ろうとした。
その時、突如として姉が声を上げた。
「きてる……? きてるっ! きてるわよっ!! 優くんっ!!」
「え、もう!?」
「もうよ! 引いてる引いてるっ! 力があるわね! これ、相当な大物なんじゃないかしら!」
「一人で大丈夫? きつかったら手伝おうか?」
「問題ないわ! これくらいなら、あたし一人でも釣り上げられるわっ!!」
興奮気味に協力を拒んだ姉は、歯を食いしばるようにして魚と格闘を始める。彼女の握る竿は、弧を描くように張っていた。
数秒後、竿の先端が水面から飛び出て天高く舞い上がり、彼女の手元に戻ってくる。
釣り上げた獲物を躊躇なく掴み、姉は僕の方を嬉しそうに見た。
「やったわ! 見て見て優くん! 大物よ! 大物!」
「大物……?」
針を飲んだまま姉の手のひらに収まっている獲物は、間違いなく魚の類ではあったけれど、彼女の小さな手に隠れるくらいなのだから到底大物とは呼べない大きさだと思う。
「姉ちゃん、それを大物は流石に無理があるんじゃないかな」
「そうかしら? 海釣りならそうでしょうけど、ここは川よ? 川に生息している魚は、それほど大きくないでしょう」
「姉ちゃんがそれでいいなら、僕も口出しするつもりはないけど」
「むっ……」
僕の適当な返しが気に入らなかったのか、姉が眉を寄せる。魚の口から釣り針を取り除くと、彼女は獲物をリリースした。
すぐに足元にあった餌箱を開けて、針に餌をつけなおす。
「あたしの目が不調だったようね。さっきのは小物だったわ。でも、まだまだこの程度ではないわよ? さっき初めて竿を手にした瞬間にわかったの。あたしには、釣りの才能があることがね」
「才能がある人って、自分で才能があるとか言うかなぁ」
「優くんが悟ってくれないから明言しただけよ。本当なら、言うつもりはなかったわ」
「そ、そう。なんだか、今日は妙にテンション高いね」
「釣りが楽しいからいけないのよ! さぁ、見てなさい優くん。〝爆釣神奈〟の、その本気を!」
わけのわからない肩書きを自称して、姉は釣り針を川の中間辺りに投げ入れた。
その後も姉は、入れ食いとまではいかずとも三十分間隔くらいで魚を釣り続けた。最初はリリースしていたサイズの獲物も途中からバケツに移すようになり、日が暮れる頃までに十匹近くの獲物を確保した。
それが〝爆釣神奈〟の称号に相応しい成績だったのかについては語られなかったけれど、帰り際に歯痒そうに唸る彼女の声が、その答えを暗に示していた。
晩ご飯は鶏肉の缶詰だけの予定だったけれど、釣り上げた魚をメニューに追加することにした。バーベキュー用の串に刺して、味付けは塩だけで丸焼きにした。
不満の残る結果となった姉も、自分で釣った魚の味には満足しているようだった。
その日の夜も純白の空間に行ってみたけれど、依然として樹木は枯れていた。
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