第50話
山に来て二日目の昼に、僕達はコテージの前にあるバーベキュー場で必要な道具や食材の準備を進めていた。今日バーベキューをすることは、一週間の献立を考える際にふたりで決めたことだ。
「真冬にバーベキューってあんまり聞かないよね。実際、夏は会社とか家族のグループで盛り上がってるここのバーベキュー場も、冬は閑古鳥が鳴いてるし」
「単に寒いからでしょうね。別に、冬だから止めておいた方がいいなんて道理はないわよ」
「そうなんだ。てっきり、気温が低いと都合が悪いのかと思ってた」
「むしろ、空気が乾燥しているから火力が強くなって都合が良いかもしれないわ。あたしは初めてだから、これが強いのか弱いのか、判断できないけれどね」
網を敷いたコンロの内側で燃える熾火に視線を落とし、その加減を観察する。炎が炭を下部から熱する様子は、火口の溶岩を彷彿とさせた。
「そろそろ焼いてもいい頃合かしらね?」
「充分に温まってるだろうし、問題ないんじゃないかな」
「それじゃ、焼いていきましょうか」
丸太を加工して作られた机から、野菜と肉を交互に刺し貫いた串が盛られた皿を姉が運んでくる。
彼女が串を網の上に置くと、食欲を刺激する音が僕の耳にも届いた。
「さて、ここまでは順調だけれど、バーベキューはここからが最も重要なのよね。味付けも調べた通りにやったし、串もうまく刺せた。でも、一番難しいのは焼き加減らしいわ」
「しっかり調べてたんだ。随分と気合が入ってるね」
「当然よ。料理が下手っていうのも悪くない個性かもしれないけれど、優くんにはおいしい料理を食べてもらいたいからね」
「変な個性に価値を見出さなくてホッとしたよ」
「ただね、焼き加減は好みがあったりするから、あたしの感覚で優くんの満足できる味になる保証はないのよ。優くんは確か、家族でバーベキューをよくやっていたのよね?」
「前も言ったけど、かなり昔のことだよ。久しぶりすぎて自分の好みの焼き加減なんて覚えてないなぁ。適当にひっくり返して大丈夫そうだったら勝手に取るから、姉ちゃんは姉ちゃんの分だけ面倒を見ればいいよ」
「そう? なら、左の二本が優くんの分で、右の二本があたしの分ね」
「わかった」
熱された金網で肉の焼ける音が響き、煙に混ざって匂いが香ってくる。
脂が溢れ始め、炭火の中に滴っていく。
そろそろ折り返しだと思い串に手を伸ばすと、姉もまったく同じタイミングで二本を裏返した。反転して表になった食材には、良い具合に焼き目がついている。
「奇遇ね」
「そうだね」
顔を見合わせて短く言葉を交わし、更に数分が経過した。
串が焼かれる音に耳を澄ませ、色が変わっていく様子を一心不乱に凝視していた僕達は、またもや同時に両端の串を持ち上げた。
「ぴったりのタイミングね。これなら、各々の判断に任せる必要もなかったかしら?」
「かもね。とりあえず、二人で一致したなら焼き加減は問題なさそうだ」
「そうね。早速頂きましょうか」
完璧な味に仕上がっていることを確信して、微笑みをこぼしつつ姉と同時に先端の肉にかぶりつく。
……そして、行儀が悪いと思いつつも、これまた同時に手にしている串を金網に戻した。
姉は渋面になっており、僕もまた同じ表情をしている。
「……実戦は中々難しいわね。優くんに満足してもらうために、最低一回でも予行演習しておくべきだったわ」
「そこまでしなくてもいいって。それに、焦げてないなら何度だってやり直せるんだからさ」
「マナーとしては最悪かもしれないわね」
「誰に見られてるわけでもないし、気にしなくてもいいよ、そんなの」
「それもそうね。そうと決まれば、この一回で感覚を掴むわよ!」
激しく意気込む姉に感化されたのか、僕の闘争心にも火が灯る。
次こそ完璧な物に仕上げようと、僕達は一様に口を真一文字に結び、再び串に注目する。
更に数分が経ち、示し合わせたわけでもないのに僕達は一緒に串を拾い上げた。
言葉もなく、食べかけの肉を口元へと運ぶ。
舌に広がった味は、文句のつけようがないほど美味だった。
姉の方はどうなのかと様子を窺ってみれば、彼女はじっくり味わうように、咀嚼を繰り返している。
その表情を見ただけで、どんな感想を抱いているのかは一目瞭然だった。
その日の夜に純白の空間に行ってみたけれど、樹木に花が咲く様子はなかった。
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