第27話

 昼食を終えた後、妹に先導される形で人混みをかき分けて歩いていくと、何度か通りがかったけれどもスルーしていたゲームセンターに案内された。

 UFOキャッチャーとメダルゲームが主力として置かれており、ゲーマーが時間を忘れて没頭するような筐体は少なく、家族で買い物にきた子供を主な客層として定めているラインナップである。


「やっぱりゲームセンターだったんだね」

「ここは最初から行こうって思ってたんだけどね、行くなら最後にしよーって思ってたんだっ!」

「荷物が増えるから?」

「荷物? 遊ぶだけなんだから、困るくらいおっきな荷物は増えないと思うよ?」

「UFOキャッチャーをやりにきたんじゃないの? こういう時って、だいたいUFOキャッチャーをするものじゃない?」

「えー、理奈あれ苦手だもん。ほしいものがあったらほしいけど、わざわざUFOキャッチャーで取らなくても、すぐにリサイクルショップに並ぶんだよ? そっちの方が確実じゃんっ!」

「そこは合理的に考えるんだね。ちょっと意外だよ」

「理奈だってうまかったらUFOキャッチャーで取ろうと思うけど、理奈あれ嫌いだからやらないよ。友達にそう言ったらね、ああいうのをたくさん取ってお店に売ってるって人がいることを聞いて、それでそっちの方がいいなって思ったの」

「……理奈、前にUFOキャッチャーでたくさんお金使って、それでも商品が取れなかったことがあったでしょ?」

「えっ。どうしておにいちゃんがそれ知ってるの?」

「理奈が教えてくれたからだよ。たった今、ここでね」

「んー? 理奈、そんなこと言ったっけ?」


 さっぱり分からないといった様子で妹が首を傾げる。よほど勘が悪くなければ簡単に気づけそうなものだけど、傍から見ている限りでは態度を偽っているようには見えない。


「思い出せないけど、おにいちゃんが言うんだからきっとそだねっ。それより、おにいちゃんは得意なゲームとかあるの?」

「特にはないよ。僕は色々なジャンルに手を出すけど、広く浅くって感じで遊ぶから、どれかが得意になったりはしないんだよね」

「あそこにある銃を使うゲームもやったことあるの?」

「あー、あれは昔からあるやつだね。あれもうまいと胸を張れるほどじゃないけど、それなりに遊んだことはあるよ。前にやったのはかなり昔だから、腕が落ちちゃってるかもしれないけど」

「じゃあじゃあっ、理奈と一緒にあれやろーよ!」

「別にいいけど、理奈、ああいうゲームできるの?」

「やったことないけど、そんなのやってみないとわからないじゃんっ! それを確認するために、これからおにいちゃんと一緒にやるんだよっ!」

「なんか、随分と気合入ってるね」


 妹が所望したのは、銃器を模したコントローラーを扱うシューティングゲームだった。ゲームセンターに置かれていたのは、シリーズの最新作の一つ前にあたるバージョンの筐体だ。

 妹の口からゲームが好きだとか、ましてや銃が好きだなんて話は聞いたことがない。とてもじゃないが、彼女の分身たる主人公が、ゲーム内でテロリストの軍団を一騎当千するイメージは浮かべられなかった。この筐体のコントローラーが小さな拳銃ではなく、両手で抱えて持つライフルを模した物であったことも起因している。

 UFOキャッチャーの一件があるので、もしかすると予想が外れるとも思ったけれど、今回は僕の想像通りに事が進んだ。


「おにいちゃん、これ、重い……」

「重いには重いけど、後ろに倒れそうになるほどかな? ていうか、そんな仰け反った体勢でゲームできるの?」

「だい、じょぶ。がんば、るよ。おにい、ちゃん、理奈の、分、お金、いれて」

「いいの? 本当にいれるよ?」

「だい、じょぶ、だよ」


 百円玉を二枚投入して、1P側と2P側のスタートボタンを両方とも押してやる。簡単な説明画面とストーリーのムービーが流れて、ゲーム画面に移行した。

 百円といえど、学生の僕にとっては大金だ。無駄にしないためにも、感覚を研ぎ澄ませて意識を集中する。

 アクション映画やらで見様見真似で覚えた構えをとりつつ、右手をトリガーにかけて、左で銃身を下部から支える。この持ち方が正しいのかは知らないけれど、こうすることで画面上に表示されている着弾点を示すマークがあまりぶれないようになる。

 協力プレイをしている相方の画面に目をやると、着弾点が落ち着かず、画面内を這いずり回っていた。


「全然、狙えない、よ!」

「持ち方がおかしいんだよ。どうしてトリガーに両手の指をかけてるのさ」

「銃を、構える、とき、って、こうするんじゃ、ないの?」

「拳銃なら似たような形になるけど、ライフルだとそうじゃなくなるんだよ。その構えじゃ、銃の先端が重くて支えるのきつくない?」

「すごい、重い……」

「ほら、僕の持ち方を真似してみて、腕だけじゃなくて、身体全体で抱え込むようにして持つんだよ」

「うーっ……んとっ、こう……かな?」

「あってるあってる。どう? かなり狙いやすくなったでしょ?」


 僕と似た構えに持ち替えた彼女は、意味があるのか謎だけれども片目を瞑り、それが奏功したのかは不明だけれども、初めて敵を倒すことができた。


「ほんとだーっ! これなら理奈無敵だよっ! やられる気がしないもんっ!」

「ははっ、まだまだ序盤だからね。このゲーム、それなりに難しいから気をつけなよ」

「理奈に任せといてよっ!」


 頼もしく豪語する彼女。しかし、伝えたようにこのゲームは難易度がかなり高い。開始直後に出てくる敵は弱いけれども、少し進めば一息に敵が強くなる。

 驚嘆や不満の声を漏らしながら、相方は隣で無駄に弾を乱射する。僕は可能な限り相方のカバーをしつつ、自分を狙ってくる敵を黙々と迎撃する。


「あっ、えっ! もーっ! なんで当んない――あっ!」

「やられたね」

「むーっ! なんかいきなり敵が強くなったじゃんっ! 卑怯だよっ!」

「そりゃあ、いつまでも同じ強さじゃおもしろくないからね」

「むー……おかげで油断しちゃったよ。もっといけたかもしれないのにっ!」

「コンテニューする?」

「ううん。いいよ。ここでおにいちゃんがやってるの見てるから」

「そう? わかった。悪いけど、終わるまでちょっと待っててね」


 会話をしつつも、視線は常に画面に向けている。もう既に、余所見しながらクリアできるような難易度ではないからだ。

 ショットとリロードを繰り返しながら、掃討と索敵を反復する。

 久々にプレイしたけれど、中々に調子がよかった。まだまだ全然余裕などと、偶然の産物であることなど考慮せずに意気揚々とトリガーを引き続ける。


「あっ」


 そして、慢心した罰であるかのように、ボス戦一歩手前で雑魚から2発の銃弾を連続でもらって、呆気なくゲームオーバーを迎えた。

 調子もよく、ライフが二つ残って余裕もあったはずなのに……と悔しい気持ちを抱えつつも、こんなもんだろうと妙に達観した感情も顔を覗かせていた。過去に似たようなやられ方を、同じゲームで体験した経験があるからだろう。

 ひとつ息をついて、ライフルを筐体に設けられた置き場に戻した。


「残念だったね、おにいちゃん」

「悔しいけど、まぁ、あんなもんだよ。もうちょっと先までは行ける自信があったんだけどね」

「だけど、ゲームしてる時のおにいちゃん、すごくかっこよかったよっ!」

「ゲームしてる姿がかっこいいって、そういう褒め方は聞いたことがないけどなぁ」

「ほんとだよっ! 映画に出てくる主人公みたいだったもんっ! おにいちゃんなら俳優さんにだってなれると思うよっ! ううん、絶対になれるよっ!」

「大袈裟すぎるよ。僕みたいなの、全国探せばどこにでもいるって」

「そんなことないよっ! 理奈にとってのおにいちゃんは、おにいちゃんだけだもんっ!」

「そりゃあ、隼人は本物ではないと思うけどさ」

「隼人おにいちゃんは隼人おにいちゃんだよっ。本物のおにいちゃんは、おにいちゃんだけだもんっ!」

「そ、そう。まぁ、その点に関しては間違ってないんじゃないかな」


 謙遜して引き下がろうとしても、妹は僕を追いかけてくる。

 何故そうも褒めるのだろうか。妹が何を思って発言しているのか、彼女の話を聞いていても、僕はいまいち掴みきれずにいた。


「なんだか話が逸れた気がするけど、それは忘れるよ。ところで、次はどうする? まだここで遊んでいくか、それとももう家に帰る?」

「おにいちゃんのやりたいゲームがないなら、理奈もいいよ」

「なら、家に帰るってことでいいかな?」

「ううん。帰るなら、その前にやりたいことがあるんだ。そのために、ゲームセンターを最後に回るようにしたんだからね」

「遊びたいゲームは特にないんじゃなかったの?」

「ゲームじゃないからねー。でもね、一番大事なことなんだよっ? 理奈が今日、一番楽しみにしてたことなんだっ。付き合ってくれるかな、おにいちゃん?」

「そんなに楽しみにしてたんなら、もちろん付き合うよ。理奈が喜んでくれなきゃ、今日こうして遊びにきた意味がないからね」

「えへへっ。ありがと、おにいちゃん」


 普段から元気で無邪気な口調で喋り、今日一日も同様だった彼女が、いまはどうも妙に落ち着いた話し方をしている。

 最も楽しみにしていたことをこれからやるのなら、いつも以上にテンションが上がった方が自然なのに、彼女は逆にテンションを下げているように思えた。

 それは、気のせいじゃない。

 冬休みが終わって妹と初めて会ったあの日から、僕は彼女のことを注意深く観察してきた。それだけが自らを取り巻く異常事態を解消する手がかりと信じて、記憶と現実の差異に頭を悩ませながらも、知らないていを装って桜庭理奈という名の存在しない実の妹の言動を近くで見ていた。

 僕が二週間の親密な交流で知った彼女の性格から考えると、その行動は〝らしくなかった〟。


「じゃあ、ついてきて」


 冷静に後ろを歩くよう指示する妹の雰囲気は、異状と断言できるだけの明瞭な謎が混ざっている。

 返事をして後をついていくと、ゲームセンターの一角にある、僕とは縁がない空間に案内された。明滅するやたらと色彩鮮やかな色と、遊戯中の筐体から発せられる甲高く黄色い声が、どことなく居心地の悪さを増大させる。


「ここ空いてるよ。入って、おにいちゃん」

「理奈がやりたかったのって、プリクラのことだったの? だけど、さすがに、これはちょっと……」

「おねがいだよ。入ってくれるだけでもいいから」

「入るだけって、それだけでいいの?」

「おねがい。詳しくは、中で教えるから」


 硬く引き締まった初めて目にする表情でそれだけ告げると、妹は遮光カーテンを翻して一人で中に入っていってしまった。

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