第51話 七人のおのぼりさん

「よー天野、待ってたぜ」

「はーいツキちゃん、彼氏おまちー」


「「え、えええ!? なんでここに?」」


 東京駅に到着した私達が迷いに迷ってようやく駅の出口に辿り着いた時、待ってましたと声をかけて来たのはかつての同級生であり、時遡プロジェクトのボランティアチームのメンバー、本田 秀樹ほんだ ひでき君と、せっちゃんこと川奈 潺かわな せせらぎさんだった。ふたりとも大学生のはずやし、今日は平日なんやけど・・・・・・?


「いやー、せっかくだから私らも東京観光したくてねぇ」

「俺は渡辺んとこに同行しようと思ってね。ほら、こないだの宴会でもあいつだけ参加できなかったし」

 二人の言葉にああ、と頷く一同。確かにこの同級生グループの内、渡辺一馬わたなべかずま君だけは東北出張の門田さんの付き添いで、この前の宴会に参加できていないんだった。その陣中見舞いも兼ねてわざわざここまで追いかけてきてくれたみたいや。

 ま、まぁいの一番に「自分に会いに来た」って言ってもらえなかった宮本さんが彼氏本田君をぽかぽか叩いているのはスルーしとこ。


「でもよく分かったね、僕らも駅を脱出するのに散々迷ったのに」

「何言ってんだよ、お前と神ノ山さんはGPSで位置分かるだろ」

 あ、そうか。プロジェクトの最需要人物である未来君と私は常に位置情報を把握されとるんやった。


 一度全員で近くのカフェに入って今後の行動の打ち合わせに入った。まぁ私と鐘巻さん以外はメニューの値段を見て真っ青になっていたんやけどな、これが都会の相場というヤツや。

「ななみんもこのカップル天野×トキちゃんにずっと張り付いて大変でしょ? 東京にいる間くらい代わったげるわ」

「そーなんよ、まだ5月なのにもー、暑くて暑くて」

 せっちゃんの気遣いにななみんが「助かるわー」という顔をする。いくら冷やかし大好きな彼女ななみんとはいえ、もうずっと私らにぴったりやからそろそろ気分転換したいやろ。というかななみんもせっちゃんも十分美人やのに、なんで未だに彼氏の1人もおらんのやろねぇ。


 話し合いの結果ななみんはフリーで観光、本田君と宮本さんは東京デート、私と未来君とせっちゃん、それと鐘巻さんはまず私の以前の事務所があったビルに行ってみることにした。

「まぁ、今はもうないやろけどな」

 ふっと息をついてそう発した。この東京で20年も昔のビルの事務所が残っているはずもない、とっくに別の会社か何かが居を構えている事だろう。あのへんを縄張りにしていたヤクザは私や警察の活躍で壊滅したはずやし、特に危険な事もないやろ。


「あーここやここ。んー、六階やったんやけど、行ってみよか」

 新宿の外れにある雑居ビルは健在だった。ほんでも中のテナントはほぼ総入れ替えになっていて、かつての懐かしさは沸いてこなんだけんど。

 とりあえずかつての古巣を見に、階段を上がっていく一行。


「うっわ、六階って、これ・・・・・・」

 せっちゃんが六階の階段の際にある看板を見て固まっていた。”レインボー・トマホーク”と書かれた文字の下には、女の下着を纏ったむさ苦しいオッサンが色気のあるポーズを振りまいている絵が描かれていたのだから。

「HAHAHA、いわゆる”ゲイバー”だね」

 鐘巻さんが大笑いする。彼もかつてはここの事務所に何度か依頼を持ってきていたものだが、変わり果てたその様に大笑いするしかなかったようだ。


「あらぁ、開店は夕方五時からよぉ、ステキなお兄さん」

 いきなり背後から背筋の凍るようなオカマ声をかけられ、全員が身の毛のよだつ悪寒を感じながら、恐々と背後を振り向いたら・・・・・・一縷の望みを裏切り、予想を裏切らない強面巨体のオッサンが紫のワンピースをくねらせながらウインクしていた。

 ずざざざざっ!、と全員がスライドするように後退する。その強面に化粧を塗りたくって、紫のアイシャドーに真っ赤な口紅が強烈なインパクトを醸し出している、思わず全員が「関わりたくない」という顔をしてじりじり後ずさる。


「あら? あなた・・・・・・どこかで見たわねぇ」

 鐘巻さんをロックオンしていたそのオカマが、私の方を見て首をひねってそう言った。冗談やあらへん、私はオカマに知り合いとかおらへんわ・・・・・・ん?


 あれ? 確かに、どこか、で?


「マサカリ姉さーん、突っ立ってないで掃除手伝ってくださいよー」

 店の中からやっぱり野太い声がして、それに応えたオカマがはいはいと引っ込んでいく。そのスキに鐘巻さんはじめ全員が、すすす、とドアから距離を取る。

「ちょ、ちょっと登紀さん、早く出ましょう」

「そそ、ここはもう君の事務所じゃない、引っ張り込まれるのは御免だよ」

 未来君と鐘巻さんが私の背中から怯えた声を出す。まぁ気持ちはわかるけどちょっと待ってな。大男のゲイ、そしてマサカリって名前・・・・・・


「ぶふぅーーーっ!」

 思い出した!! この東京に事務所を構えてすぐに麻薬密売の摘発があったけど、その時におった強面の大男のヤクザ、私を手籠めにしようとして玉を握りつぶしてやった男。代わりに殴られまくったけど、あの時の私は時遡の呪いのお陰で効かんかった。ほういえばその後乱闘になって、もうかたっぽの玉も踏み潰した記憶があったなぁ。


 未来君たちにビルの外まで引っ張り出されてようやく安堵する一行をよそに、私はなんか感慨深いもんが胸に満ちるのを感じとった。

「トキちゃん、元気出して。過去は過去よ、めげないめげない」

「うむ! 過去パストを振り返らず未来トゥモローを生きよう、君の彼氏の名のように!」

 なんかめっちゃ心配されとるようやけど、別に私はショックでもなんでもないし。ほれに私がここにいた足跡は思わぬ形で、しっかりと残っとったんやから。


(ほうか、あのヤクザも今はオカマとして、たくましく生きとるんやなぁ)



 その後はみんなで東京のお約束の観光ツアーとなった。浅草寺、スカイツリーに皇居周辺を巡ってからお台場公園でお弁当した後、”RED TOKYO TOWER”で数々のアトラクションを楽しんだ。その後渋谷に移動して、ハチ公の像の前で別行動の面々と待ち合わせる事になっている。


 と、向かいのビルの大モニターにニュース画面が大写しになっていた。トップニュースは関東一円の水瓶である利根川水域の渇水情報で、都内の人々にも節水が呼びかけられていた。

「そういや今年はよく聞くね、水不足」

「琵琶湖も水位が下がってるって言ってたねぇ、まぁ我らが吉野川は問題ないけど」

「えーと・・・・・・ほんまや。早明浦ダムの貯水率100パーやって」

 私もスマホで検索をかけて各地の水情報のサイトを開く。なんでも今年の冬は各地で雪不足だったらしく、どの地域も軒並み水不足が懸念されていた。そんな中、四国の水瓶ともいえる吉野川だけは未だに取水制限もなく、豊かな流れを保ってるとの事らしい。


 そんな風にだべっていると、宮本さんと本田君が紙袋を大量に下げて合流して来た。

「秋葉原やね」

「秋葉原だよねぇ」

 まぁ宮本さんが東京で突撃するといえばそこしかない、大量の戦利品にご満悦の彼女の横で、本田君がげんなりした表情でたたずんでいる、ご愁傷様やなぁ。


「お!みんな無事だったね。よしよし」

 ななみんもほどなく合流、本来未来君のお目付け役である彼女はやはりこちらの事を気にかけていたようで、珍しく安堵の表情を見せていた。あとはホテルで一泊した後、いよいよ最終目的地の東北へと向かう事になる。


「あ、私ちょっと寄る所あるから、先にホテルに行ってくれる?」

 そう言ったのはせっちゃんだ、ななみんが「なにー、デートか?」などとお伺いを立てていたが、今日ずっと一緒だった彼女が逆ナンなんかする暇があるはずもない。彼女も「そんなワケないでしょ」と一蹴して、そのまま人混みの中に消えて行った。


「あ、また水不足のニュースか」

 本田君がビルのモニタを見てそう呟く。宮本さんもななみんも「そうね」「このニュース多いわねぇ」と、事態の深刻さをしみじみと語る。

「吉野川の水でも分けてあげられればええんやけどなぁ」

「それ言うたら香川県民に怒られるわ」

 私の冗談に本田君がツッコむ。同じ東四国でも徳島と香川の水事情は真逆で、香川側にすれば吉野川から提供される水は夏場の生命線と言っていい程の重要資源なのだ。


「にしても、吉野川だけ渇水にならんなんて、妙な話ではあるわなぁ・・・・・・」



      ◇           ◇           ◇    



「思い出した!!」

 新宿の雑居ビル6階、”レインボー・トマホーク”でそう吐き出したのは、マサカリと呼ばれる大男のオカマだ。彼はおおよそ二十年ぶりに”男の眼”になり、かつての屈辱に怒りを滾らせていた!

「そうだ、確か四国の方であの女と同じ、不死身の体を持ったガキが話題になっていたハズだ・・・・・・あの女の関係者か!」

 確か”若返る病”とか言っていたはずだ。ならばあの小娘があのときのオバハンである可能性はある。

 自分の人生を狂わせたあのアマにいつか思い知らせてやるという、ずっと心の奥で燻らせ続けていた怒りが今、マグマのように全身から噴き出てきていた。

「ちょ、ちょっとマサカリちゃん、どうしたの?」

「やかましい! それより防犯カメラの映像はどこで見れる!」



 数時間後、バーは”本日貸し切り”の看板が掲げられていた。その中では数人の男たちがモニターを見ながら、その一行のひとりひとりの顔を頭に刻んでいた。怒りに覇を軋ませながら!

「いいか、絶対に見つけろ! 俺らの人生を狂わせたあの女に落とし前をつけてやるんだ!」

「「おおおおおっ!!」」

 マサカリの雄叫びに周囲の男たちが応える。かつて自分たちの組を壊滅に追い込み、下を向いて生きざるを得なくなったヤクザ達が、復讐の炎を撒き散らして立ち上がる。


 バン!と扉を開いて各地に散ろうとした彼らの前に、ひとりの若い女性が立っていた。長身のスレンダーな体にボブカットの髪型が印象的な、どこかスポーツウーマン的な凛とした雰囲気を感じさせる。

「こ、こいつ、確かあのビデオに映っていた・・・・・・」

 男たちの仲でも一番優男の中年が女を指差してそう叫ぶ。元々探偵をしていたこの男はいつしかヤクザにすり寄るようになり人を騙して甘い汁をすすっていたが、ある日組織の壊滅と共に自らも破滅した。

「瀬川! この女も仲間で間違いないな、お前ら逃がすな!」

 マサカリの怒号と共に女を取り囲む面々。これからこいつをいたぶってあの女の居場所を吐かせ、かつての屈辱を万倍にして返してくれる!


 薄暗いそのビルの中が、ふっ、と明るさを得た。

 彼女の足元・・から。


「甘いわね、トキちゃん」

 まるで足元に、流れる川のような青い光を纏ったその女性は、口角を少しだけ持ちあげて、静かに笑った。


      ◇           ◇           ◇    



 ホテルのロビーにて、夕食後のひと時を過ごしていた私達に、ようやくせっちゃんが合流して来た。

「あー来た来た。ったくドコ言ってたのよせっちゃん、私達もうゴハン食べちゃったわよ?」

「へっへー、実は東京で有名なラーメン店に行ってたの」

 ななみんの抗議にせっちゃんが舌をぺろっ、と出して笑う。あーなるほど、彼女なりに東京を満喫していたという訳か。

 しばし雑談した後、明日は早いのでそろそろ寝ようという事になり、各々が部屋へと移動していく。


 ロビーに残されたTVが、誰も居なくなったその場に最新のニュースを届ける。


 -本日午後7時頃、新宿の飲食店”レインボー・トマホーク”にて、従業員と客数名が何らかの中毒で病院に搬送され、後に死亡が確認されました。死因は器官に大量の水が入り込んだ事による”溺死”との見方があり-


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