第23話 忘れて、別れて。
「あー、突然だがひとつ残念な知らせがある」
朝の
「神ノ山が転校することになった、いきなりで驚くだろうが、本人の家族にしても突然のことらしい。みんなによろしくと
「「え、えええええーーっ!?」」
一斉に驚きどよめく1年3組。どうして、いきなり? 昨日までそんな事全然言ってなかったのに、おい天野どういうことだよ! などと喧噪が沸き起こる。
「こらこら、静かにせんか! 他のクラスの迷惑だろうが!」
強い口調でそう言う先生の言葉に、皆うっ、と押し黙る。それにしたって青天の
そんな中、そうでない生徒が二名存在する。一人は彼女の親友ともいえる仲であった三木七海。彼女は今日、風邪で欠席していてこの教室にはいなかった。
もう一人はこのクラスではほぼ公認の神ノ山の彼氏、
「なぁ天野、一体何があったんだよ!」
HRが終わり、一時限目までのわずかな時間、天野の所に大勢が詰め寄る。
「昨日あすかむ行ったんだろ、なんか気まずい事でもあったのか?」
「デート上手くいかなかったの? ケンカでもしちゃった?」
「なワケねーだろ、そんなんで転校までするかよ!」
「ねぇ天野君、何か聞いてなかった? 連絡先とか」
「いきなり転校しちゃうなんてあんまりだよ、友達だと思っていたのに・・・・・・」
質問攻めにあっている当の本人は「え、え?」という感じで要領を得ないという表情をしている。
「ね、ねぇ、ちょっと待ってよ」
その言葉に全員が一世に口を紡ぐ。天野ならきっと何かを知っているはずと、次の言葉を待つ。が・・・・・・
「神ノ山さんって、誰だっけ?」
真顔で返ってきた答えは、予想の遥か斜め上を行くものだった。
しばし静寂に包まれる教室。やがて友人の本田が彼の前にゆらりと立つと、その胸倉をひっつかんで席から引きずり上げる。
「ふざけてんのかお前! 一体彼女に何したんだよ!!」
柔道黒帯の本田の引きつけに、制服の襟が破れんばかりにめりめりと音を立てる。
「何って・・・・・・本田君こそいきなり何だよ!」
真顔で本田を睨み返す天野。まるで自分がいわれなき言いがかりをつけられているかのように声を荒げる。
「てんめぇ・・・・・・ッ!」
「ダメ、本田君ッ、暴力はっ!」
本田が拳を振り上げ、殴りかかろうとしたところに宮本が抱き付いて止めると、本田に代わって言葉を続ける。
「ねぇ天野君、何があったの? 本田君が昨日のチケット用意してくれたんでしょ、だから彼は責任感じてるのよ、ちゃんと説明して!」
昨日の月食イベント、天野と神ノ山の仲を進展させようと善意で本田達が用意したのだ。それが仲たがいの原因になり、彼女を転校までさせてしまったと言うなら到底黙っている事などできなかった。
「ねぇ天野君、教えて。まさか拒まれたってわけじゃなかったんでしょ?」
神ノ山と仲の良かった
「ねぇ・・・・・・みんなの言ってることがわかんないよ! まず神ノ山さんて一体誰なんだよ!」
あくまで覚えが無いと言わんばかりに天野が強い口調で返す。その言葉に周囲のみんなの空気が、力が、はあぁぁぁ、と抜ける。
「サイッテー」
「精神的にもてあそんだの、そんな人とは思わなかった」
どうやら二人の関係が
「何か・・・・・・おかしい」
そうこぼしたのは未だに本田の腕にすがり付いている宮本だ。
代わって天野の胸倉をつかんだのは渡辺だった。本田と共にチケットを融通してお膳立てしたのに、どうしてこうなってしまったのか、せめてその理由だけでもコイツの口から聞かなければ納得などできない!
だが天野もまた渡辺の胸倉を掴み返す。さっきから何でみんなして僕を責め立てる? 聞いたこともない生徒の名を出されて、どうして僕が責められなきゃならないんだ!
◇ ◇ ◇
校舎の屋上、ひとりの女生徒がそこに立ち、すぐ下にある大きな時計を眺めている。
「あと一分。それで、みんなともお別れだね」
彼女、
「ほんまにねぇ、せめて真っ赤に泣き腫らした眼やったら・・・・・・」
手鏡で自分の顔を見て嘆く。彼女は昨日、愛しの未来君と一足早く別れを告げた。その夜は一晩中泣き続けて夜を明かしたのに、彼女の時遡の呪いは泣いた跡すら、奇麗に消し去ってしまっていた。
未練は溢れるほどあるのに、その顔は全然すっきりしているんだから、皮肉なもんや。
-キーンコーンカーンコーンー
時計の針が8:40を指し、一時限目の始業チャイムが鳴り響く。登紀は両手を噛み合わせて、心の中でこう呟いた。
『みんな、楽しい時間をありがとう。私のこと、忘れて。・・・・・・さようなら』
◇ ◇ ◇
「あ、あれ?」
「へ?」
胸倉を掴み合っていた天野と渡辺が、きょとんとした表情でお互いを見る。なんで僕らはお互い掴み合った体勢でいたんだろう?
それは本田も、宮本も、川奈も、他のクラスメイトも皆同じだった。ついさっきまで自分たちはどうしてあんなにネガティブに、あるいは激高していたのだろうか。
いきなり毒を抜かれたようなその感覚に、教室中にざわめきが起こる。それは出入り口のすぐ外で様子を伺っていた岩城先生も同様だった。
そして今日も、
◇ ◇ ◇
学校からほど近いコンビニの駐車場、そこに停車したワゴン車の中から双眼鏡を構えてイヤホンを付けた若い女性が、スマホに向けて声を発する。
「はい、
電話の向こうから『了解』という返事を聞いて電話を切る。ふぅ、とイヤホンを外し、感慨深く息をついてソファーにもたれると、隣の席にある『それ』を見て言葉をこぼす。
「ねぇトキちゃん、天野君・・・・・・」
まだ、終わってないよ。
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