第53話 その魔法陣の名は

 お邪魔しまーす、と皆が頭を下げて門田邸へと入る。入ってすぐの廊下の左側には床が無く、土の地面がそのまま覗いている。そこにあるのはかまどに七輪、まな板や包丁が置かれた机の際には水桶、そして中央付近には井戸まである、なるほどここが炊事場なんやな。

 反対側は二つの大きな部屋になっており、その奥の方に案内される。襖を開けると部屋の中央にはやや大きめの丸ちゃぶ台がどん! と鎮座していて、その周囲にはぐるりと座布団が並んでいた。


「んでまず、おらの言うどころに順番さ座ってね」

 門田さんの指示で、私らは順番に指定の座布団に誘導される。まず本田君が奥に座り、ひとつ開けて宮本さんツキちゃん川奈さんせっちゃん三木さんななみんがくっついて座らされる。

「で、俺がここね」

 渡辺君がななみんの隣に腰を下ろすと、何故か未来君がそこから座布団二つ開けて座らされ、その横に登紀わたしが座るよう指示される・・・・明らかに何かを示唆しとるみたいやけど、なんなんな?


 ちなみに鐘巻さんは別の机で門田さんと向かい合って座っとる。門田さんは早速マルガリータさんや白雲さん、大荻さんのレポートに目を通してふんふんと頷いている。

「やっぱり日本ど外国では違うね、生げ贄の在り方が」

「あ、狼(大神)もそうだって、大荻さんが言ってました」

 レポートを見終えた門田さんがしみじみ言うと、未来君が手を上げて発言する。いや、学校ちゃうから。

「そうねぇ、他にもそう言った存在はいるわ、おもしぇわね文化の違いって」

 そう返した門田さんは笑顔でこちらを見ている、その視線の先にいたのは何故かせっちゃんだった。


「そろそろ気付いだ?その座る位置の意味さ」

 へ? と全員が頭をひねる。まぁこの席順には何か意図があるんだろうけど・・・・・・どうにも要領を得んなぁ。

「あ、ヒントは俺な」

 渡辺君がにやっと笑ってそう答える。彼だけはこの謎懸けの回答を知っているみたいやな。


「えーっと、座布団が全部で十二枚あるから・・・・・・時計とか?」

「ブッブー!」

 ななみんの見解に渡辺君が胸の前でバッテンを組む。ちゃぶ台が丸いし一瞬当たりやと思ったんやけど、ちゃうんか。


 いや、待って。これってもしかして・・・・・・門田さんのキャラを考えたらあるかも。

「もしかして、十二支なん?」

「え、ねーうしとらうーたつみーうま、ってアレ?」

 宮本さんが反応するも、門田さんも渡辺君もスマイルで待っているだけだ。なるほど、ただ思い付きだけやのうて、きちんと証明せぇっちゅうこっちゃな。


 私は立ち上がり、とことこ歩いて外に面する襖をすすっ、と開ける。外は夕焼けに照らされており、その太陽の位置から方角を割り出し、ちゃぶ台に座るみんなの位置を確認する。

「やっぱりそうや。西があっちやから、今渡辺君が座っているのは『ウマ』の位置や!」

 私の指摘に渡辺君が「おー」という顔をする。ふっふっふ、伊達に長生きはしとらんけん。


「なんで渡辺がウマ? あ、ひょっとして名前の『一馬』?」

 本田君が気付いた。まぁ疑問を言葉にして発すれば自然と回答まで頭が回るもんやから、どんどん意見を言えば思考も進むもんやしな。


「じゃあ私は、『子』だからうさぎ?」

 多分正解や。ツキちゃんは渡辺君から時計と逆回りに三つ戻った位置は十二支で言う『』の位置におる。月の兎なんてなかなかシャレが効いとるなぁ。


「お見事、正解よ」

 門田さんがぱちぱちと手を叩く。家に着いた時は民謡の合唱、席に着いたら十二支のクイズとは、とことんこの家の流儀は定まっとるなぁ。


「本田君は苗字さ『田』の字があっから、田んぼの働ぎ者の「」なの」

「いやそれ分かりませんって、モーッ! モーッ!」

 抗議と洒落を交えて返す本田君に皆が苦笑いする、やるなぁ彼。


「じゃあ私は、なんでここ?」

「古来より川の流れは龍さ意味するの、んだから『川』と『せせらぎ』の名を持つ川奈さんは『辰』」

 その解説にせっちゃんはフフーン、と胸を張って自慢げに発する。

「えっへん! 私ドラゴンよドラゴン! 者ども頭が高ーい!」

「あーさっき言ってだ『西洋でば邪悪な存在』の獣が竜だでば」

 即座に門田さんに突っ込まれ、「えー、私悪役?」と不満げなせっちゃん。未来君や本田君が「ゲームとかでもラスボスだしなぁ」とか囁いている。


「三木さんは『海』の名がある。んだがら川の流れる果でで川奈さんの下流の『(へび)』の位置ね」

「えーっ、いくらなんでもこじつけが過ぎませんかー?」

「いやななみん、ヘビみたいに尾行や追跡上手いじゃん」

「スネーク、応答せよ、スネーク! ってか? 確かになぁ」

 宮本さんと本田君のツッコミにぐぅの音も出ないななみん、もちろんみんな大笑いだ。


「天野君は天と野かげる存在で『とり』、神ノ山さんは山の神、日本では大神んだがら『いぬ』でその位置」

「山の神って、さるでもいいんじゃないですか?」

 未来君の言葉に門田さんが柔らかく答える。申はどちらかと言うと『里』の象徴だそうで、山の深淵となると『戌』のほうがしっくりくるとの事らしい。


「でもさぁ、名前占いみたいでなんか、あんま意味ないように思うけどなぁ」

 本田君の意見にみんなもうーん、まぁそうよね、と同意する。

「んでまず本田君、おめは生まれでがら今まで、何回その苗字言ったが覚えでる?」

「え、そんなの覚えてるワケないっすよ」

「なら逆さ『本田ぐん』って呼ばれだ回数は?」

「それこそ覚えきれませんって」

 門田さんと押し問答をする本田君、押され気味の彼の意見に全員が「そりゃそうよね」と心中同意する。


「生まれでがらずっと、それだげ自分で発して、自分の身さ叩ぎ付げられだ言葉、それが『名前』なのよ」

 真剣な表情で門田さんがそう窘める。確かに、自分の名前と言うのは誰の人生でも一番多く耳にし、そして発する言葉だ。

「んだがら皆、名前は大事にしなさいよ。これがらも一生付ぎ合っていぐんだがら」

 民謡や伝承の第一人者である門田さんの言葉にはさすが重みがある、一呼吸おいて全員が「ハイ」と頷いた。


「で、さっきの話さ戻すども、件の『おおがみさま』が、邪悪なものが正道なものが、って事だったね」

 いきなり話が切り替わったかと思うが、門田さんの中ではきちんとつながっとるんやろうと、続きに耳を傾ける。

「『生げ贄』っつーのは本来、神様何が奇跡の業成す為の材料なのよ。邪悪なものなら単さ己の欲満だすだげの物、マルガリ-タさんのアステカ帝国や白雲さんの大猿、しろみだいにね」

 確かに。古代アステカ帝国では生け贄はむしろ権力者による見せしめ的な意味合いが強かったし、疾風の吾郎に倒された大猿達は単に少女の肉の味を知っただけのケダモノだった。


「んでもし正道なる神だら、その者を贄にして成す『何が』があるはすなの」

「何か、って?」

「例えば飢饉、日照り、地震、噴火。ほいな天変地異鎮める為の業があるはずよ」

 ああそうかと納得する。確かに善なる神なら生け贄を犠牲にした分、その民を豊かにするための働きが求められるだろう。そして、未来君がかかっている呪いの原因の災厄と言えば・・・・・・


「「洪水! たぶん吉野川の!!」」

 あの壁画にも、そして銅鐸にも刻まれていた災厄。暴れ川四国三郎の水害を収める為に人身御供にされた七人の子供達と、それを代わってあげた登紀、そして引き継いだ未来君。


「だったらそれは『龍』の仕業よねぇ、ねぇ川奈さん」

 笑顔のままそう指摘する門田さんに、『辰』の位置に座るせっちゃんが「ええー」という顔で引く。まぁ別に彼女が洪水を起こすわけでもないし、そんな責められる事でもないんやけど。


 むー、と膨れ顔をしたせっちゃんは、おもむろに胸を張って、両手の平を胴体にあてがって、「鎮まりたまえー、鎮まりたまえー」とか唱えながら胸からお腹をさすっている、これで洪水を鎮めてる気なんかなぁ。


「って、私の胸、鎮まってるじゃん!」

 身長はあるのにスレンダーな彼女が胴体前面を撫でまわすと、尚更に胸の無いのが強調されてしまっていた。猛烈にお馬鹿な自爆に全員が大笑いする!

「あんたらの胸の方が波打ってるじゃん! 水害起こすからちょっとよこせーっ!」

 そう叫んでななみん、ツキちゃん、そして私に襲いかかって胸を揉みしだくせっちゃん。まぁもちろん悪ふざけでやっとるんやけど、うーんノリいいなぁこの元1年3組の面々は。


「おやおや、川奈さんにどってはその胸、触れではいげねぁー『逆鱗』なんだねぇ、さすが龍」

「ひっどーい、門田さんまでー! もう絶対水害起こして日本沈没よー!」


 そんなこんなでひとしきり即興の寸劇を楽しんだ後、門田さんが真剣に行きますかと言って押し入れの戸をスイッと開く、中にあったのはびっしりと並べられた本、本、本の壁だった。

「うわ、すっご!」

「いつの本、これ。すっごく古そうなの多いけど・・・・・・」

 どう見ても古文書にしか見えない本から、たまに真新しい絵本まで様々な書籍が居並んでいる。唯一共通しているのは、それらが全て民話や伝承にまつわる物だという事だけだ。


「さぁ、みんなこれ読んでおぐれ。今言ったみんなの干支さ当だる文献担当だっちゃ。この中のどごがに天野君の呪い解ぐヒントがあるがも知れねぁーがら、けっぱってね」


 担当、と聞いて納得する。なるほど私たちを干支に当てたのは、この大量の本の中から自分の干支の本、私なら犬や狼に関する物をチョイスして調べろっちゅうことやな。確かにこれ全部私らが読むとなったら大変やけど、それぞれの干支限定なら何とかこなせるかもや。


「牛鬼伝説、突き殺しの牛、車裂き・・・・・牛って結構エグいの多いなぁ」

「蛇神様に白蛇の恩返し、こんなのあるのねぇ」

「お前らまだいいじゃん、馬の物語なんて山ほどあるんだぜー」

「ごめんねみんな、僕も頑張って読むから」

「ええのええの、私たちは時遡プロジェクトの精鋭なんやからなー」


 それぞれが何冊かの本を持ってきて読破にかかる。難しい行書の字や古文などは門田さんや私が翻訳を入れて、お互いがそこから情報交換をし合って物語同士を付き合わせていく。ひとりひとりが別の干支の視点に立ってその存在を理解し、私の戌やせっちゃんの辰にかかわる物語の手がかりを探していく。


 元国分寺高校、一年三組の仲良しグループが今また、ひとつの課題に真剣に取り組んでいた。



「まるでちゃぶ台魔法陣だねぇ、ほら、ちょうど七人だし」

 ひとり傍観していた鐘巻さんがくつろいだ姿勢でそうこぼす。でもみんな集中していた為に、それが耳に入ったのは門田さんだけだったらしい。


「さすが国際警察の方ね、それ再現したがったのよ」

 門田さんがそう笑顔で答えたのを知ったのは後日の事、彼女から伝えられた時だった。

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