第54話 かつて訪れていた場所

「んー、おいっひぃ~」

「なにこのご飯、うますぎやろー!」

「これが本場、東北のお米か・・・・・・恐るべしうまさ!」


 門田邸。あれからしばらくお互いの担当の干支の立場で、まるで『人狼ゲーム』のように様々な伝説を検証し続けた後、門田さんの「そろそろご飯にしましょう」の言葉で全員が台所に移動し、彼女の指示の元、夕飯の支度に取りかかった。


 夕食の献立。ご飯、のっぺい汁、しそ巻き、芋煮、めかぶ豆腐、蔵王牛の焼き肉。

 どれも地域の味を生かしたご馳走ではあるのだが、中でもカルチャ-ショックなのはやはりかまどで炊いた白米だ。炊飯を担当した渡辺君が「すげぇだろ」と言わんばかりに胸を張る。

「最初はごがしたり、お粥にしてすまったりしたんだげどねぇ」

 門田さんの暴露にあはは、と頭をかく渡辺君。全員の尊敬の眼差しは一転して美味しいお米を駄目にした彼への非難の視線に代わる。

「こんなおいしいお米をダメにしたってぇ~、このバチ当たり!」

「ちゃんと全部食ったわ、それに失敗したから上手く炊けるようになったんじゃねぇか!」

「ま、薪割りからやってたもんねぇ」

 確かに、最初にこの家に来た時に彼は薪割りを担当していた。ちなみに私らが読書をしている時に、残りの薪は鐘巻さんが残らず割り終えたらしい、このへん流石アメリカンハンターの一家の出やねぇ。


「おかずもおいしぃ~、これが東北の芋煮かぁ」

「東北でも味噌味と醤油味あるらしいねぇ」

「焼き肉も味が濃くてヤバイわこれ、かめばかむほど口が幸せや~」

 全員が満面の笑みで食事を平らげにかかる、若いって事はたくさん食べられるってコトやもんねぇ。って、今は登紀も若者の体なせいか、御飯が進むわ・・・・・・おかわり!


「「ごちそうさまでした!」」

 全員が心ゆくまで東北の美味しい夕飯を堪能し、後片付けにかかる。私は食器を洗いながら、隣でそれを乾燥棚に並べていく未来君と話をする。

「美味しかったねぇ。なんか登紀さんのお弁当を思い出すよ」

「何言うとん、さすがにぜんぜん敵わへんって」

 同じお婆ちゃんの献立とはいえ、素材も料理環境もレベルが違うのに、出来立ての食事とお弁当を同じレベルで語られたらかなわんでないで。

「ううん、そういうんじゃなくって、なんていうか・・・・・・あったかかった」

「やっぱ煮物とか、ひと手間かけたのが多かったからじゃない?」

 ななみんが話に加わる。かつて私のお弁当を未来君と三人一緒につついた彼女は、同じ意見があるみたいや。


「喜んでもらえで嬉しいわ」

 門田さんがふきん片手にそう言う。いやいやこれで喜ばない人なんておらんやろ、と全員が笑顔でそう表す。

「東北のご飯ってこんなに美味しいんですね、こっちに住みたくなっちゃいますよ」

 未来君が笑ってそう言うと、門田さんに「ほんでは冬さ来て雪かぎやってもらうべがしら」と返される。任せて下さいと返す彼だが、雪国の過酷さを知らんみたいやねぇ・・・・・まぁ、私も噂で聞いただけなんやけど。


 あれ? 何かが心に引っかかる・・・・・・なんやろか。


 その後は薪で焚いた五右衛門風呂に全員が交代で入浴する。ちなみに入っている時も外で薪をくべなければ冷めてしまうので、最初に男子全員が烏の行水よろしく速攻で汗を流し、女子の入浴タイムには男連中が外に出て薪で湯加減を調整する。もちろん小窓から覗いていないかはがっつりと監視しているんやけど、それでもなんとか覗こうとしている鐘巻さん&渡辺君のコンビに「さーびすたーいむ」と小窓から裸体を晒したのはもちろん門田さん・・・・・・二人とも精神的ダメージ大きそうやったな。


「んでまず明日がら岩手、青森さえぐわよ、みんな今夜は早ぐ寝でね」

「はーい」

「うぉっす!」

 男子と女子の二部屋に分かれて消灯と相成った。なんかほんまに修学旅行のノリなんやけど・・・・・・私は国分寺高校で行けなんだけん、なんか新鮮やな。


「ねぇトキちゃん、さっきから何か考え込んでる?」

 隣の布団で寝ているツキちゃんにそう声をかけられる。ほう、さっきの洗い物をしている時以来、なんか心に引っかかっとるんやけど・・・・・・なんやろ?

「天野君が夜這いにこないかドキドキしてるとか?」

 相変わらず下世話なツッコミを入れるななみんにゲンコツを落としておく。ちなみに未来君は今、時遡の呪いAD中なので夜這いに来ることは絶対にない、まぁそうで無くても来ないんやろうけどなぁ、彼の性格なら。

「ご両親にも公認の中なのに、ほんと奥手なカップルよねぇ」

 せっちゃんがこちらに寝返りをうちながら会話に加わる。まぁ私の両親なんてもうずいぶん昔に亡くなってしまって、公認なんは未来君のご両親だけなんやけど。


 あ・・・・・・!


 思い出した、違和感の正体、なんか引っかかっていた未来君の、あの言葉。

東北のご飯・・・・・ってこんなに美味しいんですねー

 そして、かつて彼の家でお母さんから聞いた、あの話!


 他のみんなが、本田君とツキちゃんの進展具合にキャッキャ言っている中、私はそれを思い出して、背筋が寒くなる思いがした。



      ◇           ◇           ◇    



 翌朝、私が布団から這い出すと、炊事場にはすでに門田さんが起きて来ていた。

「あら神ノ山さん早えねぇ、さすが大ばんつぁんは早起ぎね」

「あ、いえ。よく眠れなんだもんで」

 目線を反らしてそう返す私に「どうしたの?」という顔を向ける門田さん。


「少し、お話しておきたいことがあるんです」

 意を決して話し始める。この人は未来君の呪いを解く鍵になる人物かもしれない、ほれやったら知っとる事は全部教えたほうがええじゃろう。


「実は・・・・・・未来君、小さい時にこの宮城に来ているんです」


 私は話す、未来君のお母さんにかつて聞いた、幼い頃に起きた「事件」のことを。

 かつて未来君は託児所の遠足日に、バスを乗り間違えたために行方不明になり、巡り巡ってこの東北の地まで迷い込んでしまった事。その時は東日本大震災の二年後の復興の最中で、他の親が行方不明になった子供たちの保護施設に入れられていた事。そしてそこでの厳しい躾が、トラウマ的に彼を真面目な性格にしてしまった事や、悪い病気を警戒して動物に触れさせなかった事で彼を動物嫌いにしてしまった事。


 そして、未来君自身にはそのことを伝えてず、嘘を教えていた事を。


「そう、ほいな事があったのね」

「彼がまだ四歳の時の事だったらしくて、ほなけんここにおったら、いつかその事を思い出してしまうかもしれへん、こっちの食べ物を口にして、記憶が引っ張り出されることやって無いとはいえんのや」

「んでも、昨日は別さ気付いでねがったよね、まぁあの時の施設じゃほいないい物は食われねぁーだべし」


「まぁ、ほうですよね」

 さすがに少しほっとした。震災復興の時期に夕べのようなご馳走がそうそう食べられるわけもない、お米なら可能性も無くはなかったが、それも懸念に過ぎなかったみたいや。

「さすがに今やったら、徘徊する動物もおらんやろしねぇ」

 その言葉を発した時だった、門田さんが目を丸くして驚いた後、少し厳しい目で返して来たのは。

「動物徘徊してだのは福島の原発のあだりのはずよ・・・・・・宮城でねぁーわ、少なぐども保護施設作られるような、流通の多い所だら」

「・・・・・・え?」


 門田さんは語る。震災から二年もたったなら街中にそうそう野良犬や野良猫がうろつくはずもない、復興のために全国から集まった人たちが行きかう街中は、平時以上に野良の動物が街中に出る可能性は低い筈だ、衛生面に気を遣うなら尚更の話だと。

 そして飼われていた家畜の牛や豚、鶏などが徘徊していたのは、福島の原発事故で帰宅困難場所となった放射能避難区域のはず、ここ宮城県にはそんな事があるとは思えないと。


 ほな、未来君はその時、どこの施設におったん?


 違和感が膨れ上がっていく、まさか未来君のお母さんが嘘をついたとも思えない。ほれやったらなんで話に齟齬が出るんやろか、未来君が入っていた施設に行けば何かわかるんやろか。

 ほなけどそれはできへん、もし余計な動きをして未来君がその事を思い出したら最悪や、せっかくご両親が気を使って嘘までついたのに、それを私が迂闊に動いてバラすわけにはいかんでないでか!


「ま、まぁおらも当時の事全部知ってだわげでねぁーがら、気にしねでもいいんでねぁー?」

 門田さんの言葉にうーん、と頭をひねる。未来君の過去のトラウマと、私から受け継いだ呪いは全く別物なんやし、あえてここで混ぜっ返す必要はないんかもしれへん。

「ほうやね・・・・・・めんどい事言うてすまなんだわぁ」

「いいわよいいわよ、それだげ彼の事気にかげでるってごどなんだし」


 阿波弁と仙台弁で笑い合う二人。それを柱の影に隠れてじっと聞き耳を立てている人物がいる事に、二人も他の誰も気付く事は、無かった。


(そう。神ノ山さん、その件は深く考えない方がいい・・・・・・)

 は回顧する。かつて彼女自身が言った、その言葉を。



 -必ず親元に届けてあげて-

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