第55話 遠野のカッパ

 岩手県遠野市。ここは『遠野物語』に代表される日本の神話や伝承、また座敷童や河童など様々な妖怪伝説が伝わる場所でもある。

 その象徴ともいえる観光スポット”とおの物語のいおり”に私たちがやって来たのはお昼過ぎ、朝イチに宮城を出発して乗り継ぎ乗り継ぎでようやくの到着だった。


 目的はもちろん各地の伝承から、未来君の呪いを解くヒントを見出す事。門田さんはここの常連さんというか顔役みたいな存在で、開館オープン時から様々なアドバイスや資料提供を続けて来とったそうや。


「んでまず、おらは資料館さ籠っから、みんなはゆっくり楽しんでおいで」

 そう言って蔵書が山と積まれた図書館に入っていく門田さん。なんでもここには『類は友を呼ぶ』の言葉通り、ずっと眠っていた知られざる伝承や逸話が度々持ち込まれるそうで、門田さんも来訪のたびに新しい発見があるとの事や。


「俺は遠慮しておくよ、ここまでは一本道だし、外に出て警戒する方が楽だ」

 鐘巻さんはそう言って外の喫煙コーナーで煙草に火をつける。彼は元々未来君のボディガードなんだし、くっついて回るより周囲全体を警戒している方が効率的な場合も多いのだ。


 かくして元同級生の仲良し七人で館内を回る事になった。

「じゃ、どれから回ろうか」

「えーと、語り部の部屋が始まるのはまだ早いから、昔話の蔵人からね」


 絵本からミニシアターまで、様々な展示物を見て回る私ら一行。

「しっかし、東北地方ってほんっと、逸話とか神話とか妖怪とか多いよな」

「やっぱ日本の北東部、『鬼門』に位置する土地からなのかな?」

 様々な展示物を眺めながら皆がその物語の多さに感心する、どれもよく聞きかじった物語ではあるが、深く読み解いていくとその時代や土地柄の背景が浮かび上がって、その物語を生み出した様々な事情も見えてくる。

 私達もまた夕べの十二支談議からか、そう言った物語を作り話と軽視せず真剣に探求していく姿勢になっていた。まぁ私ら全員”時遡プロジェクト”のメンバーなんやし無理ないんやけど。


 造り酒屋の蔵を模した語り部の部屋『遠野蔵』で様々な昔話や伝統芸能を体験する。あえて難度高めの『東北弁語り部』に挑戦した私らは、その独特の方言にほとんど内容を理解できずに撃沈、仕方なく『標準語語り部』を聞き直した。

「門田さんもあれでずいぶん標準語寄りで喋っているんだぜ」

 渡辺君の言葉にううむ、と唸る一同。なんでも彼も最初は門田さんと全然コミュニケーションが取れなかったらしく、なんとか四国人にも分かるレベルまで落として貰っていたようや・・・・・・日本の方言って奥が深いわ。


 一通り見終わって門田さんの所に帰ろうとした時、未来君がひとつのドアの前で足を止める。まるで映画館の入り口のドアのように質感のあるその扉の前に張ってある紙の文字を朗読する彼。

「よくぞ見つけました! 隠れアトラクション『かっぱの大ちゃん』、最新AIを搭載したかっぱロボット、大ちゃん君と楽しいひと時を!」


 全員がズゴー! とオーバーリアクションでずっこける。いやいやAIって、ここの趣旨と完全に真逆やないか。なんなん、ギャップ萌え狙い?


「ま、まぁ一応見てみようか」

「そやねー」

 苦笑いしながら扉を開けて入室する。なんかせっかくの逸話や民謡に染まっとった思考がすっかり現代に戻ってしまった気がして、皆一様に「いいのかなー」という表情をしている。


「おじゃましまーす」

 未来君を先頭に全員が入室する。中はなんか薄暗くて、とても最新アトラクションスペースには見えなかった、まだオープン前なのかな・・・・・


 -パッー


「う、うわっ!?」

 突然光に包まれる部屋の中、周囲に映し出されているのは田舎の山河の風景だ。ドーム状になっている部屋の中に、まるでプラネタリウムのように田舎の景色が映し出されている。

「おおー、ようできとるねぇ」

「ホント、思った以上に凄いねぇコレ」


『ソウダネェ』


 感心する私らの隣から、いきなり機械的な声が響いて思わず全員が「うわっ!」と後ずさる。そこにいたのは一匹の小さな河童だった。

『ヨウコソ、タヌキノ国ノ皆サマ。私、案内役ヲサセテ頂キマス、カッパノ大チャンデース』

 えーと、とりあえず見た目の出来は完璧なのに、際立った機械音声がかなり台無しなんですけど、大ちゃんさん。


『ア、今機械臭クテ台無シ、トカ思ッタデショ!』

 頭の皿に血管を浮き上がらせて怒る大ちゃん、いやだれでもそう思うて。

『ジャア、コレナダドウダ!』

 ピッ、という電子音に続いて、まるで川のせせらぎのような音が流れて来て・・・・・・


「うわっ! 足元、水っ! え、あれ?」

 なんと私らはいきなり川の中に移動していた。足元のヒザまで川に浸かっていて、でも水の冷たさや流れの抵抗は全然感じない。足を上げてみると、ざばっ!というとと水しぶきはするけど、足も靴も濡れてはいない。

「立体映像か、やるな大ちゃん!」

 本田君の言葉に、にへら~と表情を変える大ちゃん。その顔芸のアクションに全員がまた「おおおっ!」と驚嘆する、意外に良くできとるわコレ!


『と、いうわけでようこそ遠野の地へ!』

 とたんに流暢になった言葉を発しながら、彼はそのままホログラフの川にざっばぁん! とダイブすると、するりと泳いで私たちの周りをぐるぐる回り始めた。

「えええっ!なにこのリアル嗜好、すごっ!」

「最初の棒読みアレはなんだったんだよ!」

 ななみんと渡辺君がアトラクションのクオリティに思わず突っ込む。ていうか今の動き本当にロボット?

『改めまして、阿波のたぬきの国の皆さん。』

 水から上半身だけを出して両手を広げ、やや大げさに挨拶するかっぱの大ちゃん。


「え、僕らが徳島から来たって、なんで分かるの?」

「入場時に書いた台帳でしょ」

 未来君の疑問に宮本さんが答える。確かに今日は平日で、この人数の団体など私らしかおらん、それを考えたらあらかじめ仕組まれとってもおかしくはないなぁ。


「で、なーにを見せてくれるのかなぁキミは」

 せっちゃんが歩み寄って顔を近づけそう問いかける。歩くたびにいちいちザブザブと波しぶきがあがるのが何とも凄いわ。

『あっはっは、僕は最新AIだよ。なんでも質問してくれたまえ!』

 胸を張って言う河童に全員がまたずっこける。田舎の風景に足元を流れる川、そしてリアルな妖怪カッパがAIとか言わんといて頼むから!


「じゃあ、『生け贄』について教えてよ」

 未来君の直球の質問に全員がええ? おいおいと苦笑いする。というか河童と生け贄なんて接点があるわけが・・・・・・


『うん、僕も生け贄だよ』

 その返しに一瞬、全員が固まった。


『僕は川の神様、龍神様の生け贄になったんだ』



 かっぱの大ちゃんは語る。かつてこの遠野の地にて、貧しさのあまりに体の弱い子供を間引きの為に、川の神にささげる生け贄として沈めたそうだ。

『川の神様の機嫌次第で作物の実りが違うからね、働けない弱い子供たちはみんな龍神様に生け贄として捧げられ、翌年は決まって大豊作になったんだ』

「じゃ、じゃあ貴方達は、元々は人間だったの?」

「ひでぇ話だなぁ、っていうか龍神様ケチじゃん」

 思わぬ形で時遡の呪いとの共通点があるもんだな、と反応する面々。

『そんなことないよ、僕たちはちゃんと河童として生まれ変わったんだから』

 大ちゃんがえっへん、と胸を張って息をつく。彼曰くかっぱとして生きるなら人間よりずっと飢えなくて済むし、川で自由に生きていけるので快適だとまで言う。


「でもそれじゃ、生け贄になってないんじゃない? 贄って言うからには食べられたんでしょ?」

『うん、龍神様は僕たちの”人間の姿”を食べたんだ』

 えええっ!? と驚愕する一同。人の姿を食べたって、どんな食性なのよ龍神様!


『神様が召し上がられるのは色々だよ、血肉なんて食べるのは邪悪で下賤な神様モドキさ』

 そう言ってざぶんと潜ると、反対側まで泳いでひょこっと顔を出し続きを語る、このせわしなさもいかにも子供の妖怪の河童らしい。

『サトリ様は”心”を召し上がる、座敷童様は”不幸”をお召しになる、バク様は”夢”を食べる。神様によって欲するものは様々』


 大ちゃんが語る『生け贄』の概念に全員が聞き入る。神様や妖怪が人に求めるものは様々で、それを捧げる事こそが『生け贄』の役目だと言う。


「じゃ、じゃあ・・・・・・山の神様『おおかみさま』は、何を?」

 未来君が核心に迫る。もしそのおおかみさまとやらが邪神でないならば、あの七人の子供や登紀、そして未来君の『何』を食べようというの?


 その質問に大ちゃんは泳ぐのを止め、未来君の目の前に立って、わずかに微笑む。そして――


 -バツン!-


 突然、風景も小川も、まるでブレーカーが落ちたように消え失せて周囲が闇に包まれる。いや、闇と言うほどには暗転はしていない、この部屋にはただ一つの光源・・・・・・・だけが、青白く灯っていたから。


 大ちゃんがいた場所に、一人の少年が立っていた。未来君の目の前、彼の足元から発せられる青い五重の輪・・・・・・の上に!


「き、君は! 生け贄の子供っ!」

「え、うそ・・・・・・いつの間に?」


 ぞくりとした悪寒が背中を走り抜ける。今まで見ていた映像、足元を流れる川に隠れて未来君の発する魔法陣に全く気付かなかった! いつから? ひょっとして最初っから、あのかっぱの大ちゃんのリアルな動きも、この男の子が化けていたから・・・・・・?


「やばっ!」

「天野っ! 若返ってる、早くワクチンを!」

 本田君たちが弾けるように叫ぶ。未来君はまた頭ひとつ幼くなっとる、なんて事や、なんで気付かなかったんや!

「天野君、腕出して、急いで!」

 ななみんが未来君の横に立ち、バッグから医療銃を取り出す。だけど未来君は少年から目を離さずに、再度同じ質問をする。


「『おおかみさま』は、僕の何を食べるの?」


 少年を真っすぐ見る彼の言葉に、男の子はふふんと口角を吊り上げ、一言こう返した。


『それが、いつつめの、ひみつ』 

 そう言ってフッ、と掻き消える男の子と魔法陣。後には入室した時と同じく薄暗い部屋に私たちは居た。



 部屋の片隅でカタカタと動く、一体のかっぱロボットが機械的な音声を発する。


 -ハジメマシテ、ボク、ダイチャンデス-

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