第56話 川奈 潺(かわな せせらぎ)
「ったく、揃いも揃って何をやっているんだ!」
入場口横の長椅子に並んで座っている私とななみんに、鐘巻さんが厳しい口調で苦言を吐く。私らがついとりながら、こん中で未来君の若返りをさらに進行させてしもたんやから当然の事や。
この施設にあった河童のAIの部屋、そこで映し出された映像の川の水が未来君の足元を隠したせいで魔法陣の発動に気付かず、彼はとうとう小中学生くらいの年齢に達してしまっていた。外で見張りをしていた鐘巻さんはそれに関わる事が出来ずに、みすみすワクチンを使って防ぐチャンスを逃してしまったのだ。
「ま、まぁまぁ鐘巻さん、僕も油断してたし、何も二人だけのせいじゃ・・・・・・」
「当たり前だ! お前の呪いを解くためにどれだけの人が関わっていると思っている、それを無駄にする気か!!」
私らを庇おうとした未来君に、鐘巻さんがさらに剣幕を上げて叱りつける。確かに彼の言う通り、藍塚グループを挙げて行われている時遡プロジェクトはもう大勢の人たちが関わっており、個人の問題では済まされない状態になっているのだ。
「すみません、私の責任です」
ななみんが神妙な顔でそう頭を下げる。鐘巻さんの弟子であり、
「良く分かってるじゃないか。いっそ交代するか、
その言葉にななみんが、きっ! と顔を上げて言葉を返す。
「いいえ、私はもう失敗しません! 必ずやり遂げて見せます!!」
半分涙目になりながらも、凛とした態度でそう宣言する彼女に、さすがの鐘巻さんもがりがりと頭をかき、ひとつ息を吐いてこう告げる。
「次は無いぞ」
「はい!」
そのやりとりの直後、本田君と渡辺君が焦り顔でドタドタとこちらに駆けてくる。
「おい! やっぱりあのアトラクション、まだオープン前でやってないってよ!」
「しかも映写機なんか使う予定もないって言ってる、俺達が見たのは全部あの『呪い』の仕業みたいだ!」
息を荒げてそう語る二人に私たちは「やっぱりか」という感想を返す。あの後かっぱロボの大ちゃんは大した言葉も発しないまま停止してしまった。ならば私らが見たアレは全部、おおかみさまの呪いとやらが見せた幻覚なんやろう。
「あからさまに隠してきたって事ね、どうやっても天野君を子供にしたいらしいけど・・・・・・」
「ワクチンに対する向こうの対策ってわけか、もう少しでも怪しかったら打った方がいいな」
宮本さんがメモを取りながら頭を捻り、本田君が今後の方針を示唆する。何しろ今の未来君は見た目の推定が12~13歳。そして魔法陣の子供達は言っていた、僕たちと同じ歳(推定で6~7歳)になったら『いけにえ』に成れると。
もう二度と失敗する訳にはいかない、今度時遡の呪いをワクチン無しで受けたらそれだけでリミットが来てしまう可能性だってあるのだ。
「にしても門田さんを呼びに行った川奈さん遅いな」
渡辺君がそうこぼす。とりあえずこの状況を門田さんにも知ってもらって、何かアドバイスがあればご教授頂きたい心境なのだが。
あの部屋から出てすぐ、それぞれが今後の為に行動を起こした。本田君と渡辺君、宮本さんは施設の事務所にあのAIの事を聞きに走り、私と未来君は鐘巻さんと合流、ななみんは本社への報告をした後にお叱りを受けた。
そしてせっちゃんは図書室で調べ物をしている門田さんを呼びに行った、それが今からもう二十分も前の事だ。いくらなんでもそろそろ来るはずなんやけど・・・・・・
◇ ◇ ◇
「門田さん、大変です、天野君がまた!」
部屋に飛び込んだ
「それは、あんだの仕業でねぁーの?」
その言葉に周囲の空気が凍り付いた気がした。なんで、どうして・・・・・・この人がそれに気付くの!?
「な、なんの事、ですか?」
なるべく平静を装って返したかったけど、さすがに言葉が上ずってしまう。まるで全部見透かされているような目でじっとこちらを見る、その眼力に嘘は何一つ通用しないような気にさせられる。
「ほら、これ。」
差し出されたのは一枚の
『川の龍脈の名を持つ物、呪いを拙速せしめん』
「白雲さんがくれだ資料さ挟まってだの。ほんの今さっきまで文字緑さ光ってだわ、多分あの山伏さんの神通力ね」
冗談じゃないわ・・・・・・私は白雲氏とはこの旅では会ってない、彼が只者では無い事は分かっていたので、わざわざ時間の都合を合わせる為に本田君まで誘って、飛騨に行った後にみんなと合流したのに。
「お見通しかぁ・・・・・・凄いわね、あの人」
へたりこむようにイスに座ってそう吐き出す。そう、さっきのあの部屋は私の仕掛けだ。私の龍神の力を使って幻覚を見せ、天野君の足元の魔法陣を隠すように私の『せせらぎの結界』を重ねて見えなくさせていた。
彼に『いつつめのひみつ』を知らせるために。
「いづがら?」
「時遡プロジェクトが始まってすぐ、かな。多分私がトキちゃんや天野君と近かったし、名前が名前だから龍神様に見込まれたのかもね」
そう、私はあの日に『神託』を受けた。トキちゃんにかかわる呪いに対する『受け皿』として、せせらぎの結界と幻覚を見せる能力、水を操る力を授けられた。
いつかくる『その日』の為に、私にはやるべき事が出来たんだ。
「どごまで話せるの?」
「できれば何も・・・・・・って尋問とかしないの?」
その言葉を聞いた彼女は老婆らしく、おほほほほと笑って言葉を続けた。
「龍神様の使いであるあんだがその気になったら、おらだづなんかじゃどうにもならねぁーわ。白雲さんが居だらどうが分がらねぁーげど・・・・・・それに」
「それに?」
一息置いて門田さんは、優しい目をしてこう続けた。
「仲のいいあんだらの友情引ぎ裂ぎだぐねぁーもの」
はへー、と抜けた息を吐き出す、この人見た目以上にお人好しみたいだ。
「なんだ、私たちで干支談義をさせたのも、そのせいだったのねぇ」
みんなの名前を干支に当てるあのイベントは、今にして思えばあからさまに私を狙い撃ちにしたものだったんだろう。あの時こそボロを出さなかったが、まさか呪いの発動をサーチする
「そうねぇ、じゃ、一つだけ教えるって言うか、
◇ ◇ ◇
「おまたせー」
「あ、やっと来た」
ようやくせっちゃんが門田さんを連れてやって来た、まぁ彼女ももうお歳やし、調べ物の最中ならなかなか席は立てないだろうけど。
「おやまぁ、酉がヒヨコになってすまったねぇ」
未来君を見て目を丸くしてそう話す。未来君は十二支の”酉”の担当だったが、その表現はちょっと穏やか過ぎるような気が・・・・・・
「いいでねぁー、神ノ山さんにどっては、いわゆるオネショみだいなもんやろ?」
「おねショタ、ね」
「そんな話かよ!」
さらっとボケる門田さんに、宮本さんと本田君がダブルでツッコむ。
「ぷっ、あはははははは!」
未来君がツボに入ったらしく笑い始める。それにつられて私も他の皆も思わず笑いを吐き出した。深刻に考えない門田さんの大らかさが、今は特にありがたかった。
「さぁ、明日はいよいよ青森の恐山よ! けっぱっていぐべ!」
「「おー!」」
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