第62話 明かされつつある秘密

「門田さあぁぁぁぁんっ!」


      ◇           ◇           ◇    

 

 がばぁっ!


「はぁ、はぁ、はぁっ・・・・・・え?」

 跳ね起きた僕、天野 未来あまの みらいの視界に入ったのは、夜の闇の中でパチパチと音を立てながら煌々とした光を上げる焚火と、その傍らでキャンプ椅子に腰かけて穏やかに佇んでいる門田さん。あれ? たった今崖から転落してたんじゃ・・・・・・?

「な、なんだ?」

「あれ、夢、見てた?」

「ミセス・カドタ。ご無事か!」

 みんなが地面に横たわった状態かっら身を起こす。え、これどういう状況?


「やれやれ、やーっと起きた」

 両手を腰に当てて呆れ顔でそう言い放ったのは川奈かわなさんだ。つい先程まで水の龍神と一緒にいたはずの彼女は、やれやれとため息をついてこう続ける。

「みんな門田さんの口寄せが始まったとたんバタバタ倒れちゃうんだもん。で、みんな同時に起きるって、息が合ってるわよねー」

 彼女曰く、門田さんに『おおかみさま』が宿ったと思われた瞬間にみんなはその場に倒れて眠り始め、すぐさま門田さんは正気に戻ったそうで、今回の口寄せは失敗に終わったらしかった。

 五月とはいえ東北、青森の山の上である。南国徳島出身の僕たちが風邪を引いてはいけないと、唯一失神しなかった川奈さんが焚火を起こし、その周囲に僕たちを集めて暖を取らせてくれていたそうだ。

「ほら、みんなのテントも設営しといたのよ、感謝しなさい」

 見れば火から少し離れた所に三つのテントが設置済みだ、どうやら彼女一人に労力をかけてしまったらしく、それを理解した僕らはとりあえずお礼を述べておく。


「それで、みんなして何の夢見でだの?」

 門田さんの質問が本題への入り口となる。まず僕が見た夢を皆に告げると、誰もが俺も私もミーも同じ夢だった! と口々に告げる。

「つーごどは、口寄せはまんざら失敗したわげでもなさすべねぇ」

 門田さんの言葉通り、僕たちはほんの一時彼女を支配した”おおかみさま”によって同じ夢に引き込まれ、かつての生け贄の子供の儀式を見せられた、というのが正解なのだろう。


「門田さんがおおかみさまで私が龍神のスポークスマンって? どーゆーキャスティングよそれー」

「まーまー、せっちゃんは十二支の”辰”担当やったんやし、門田さんはおおかみさまが乗り移っとったけんそんなに見えたんやろ」

「自分で『私ドラゴンよ!』とか威張ってたじゃん」

 抗議する川奈さんに、登紀さんと本田君が解説とツッコミを入れると、うぐぅと一歩引いて反論できない彼女に全員が笑いをこぼす。


「でもこれで、呪いの全容が見えてきた気がしない?」

 宮本さんがメモを書き終わってからそう言う。たった今自分たちが見て来た夢がもし真実なら、これまで分からなかった生け贄やおおかみさまの真実がかなり明るみになって来ていた。

「ま、もしあの夢が”おおかみさま”とやらが見せた夢なら、全部信じるのはどうかと思うけどね。おおかみさまのほうが悪の可能性もあるんだし」

 渡辺君がそう釘をさす。確かにあの夢の内容はどこかおおかみさまのほうが正義で、龍神様の方が村を沈める災害側の立場に立っていた、最悪のケースを考えるなら、おおかみさまが僕たちを騙すべく偽りの意識を植え付けようとしていた可能性もある。


「それは多分ないわね」

 そう返したのは三木さんだった。彼女は僕と登紀さんのほうをちらと見やって何かを示唆しようとする。僕たちだけにアイコンタクトをしたって事は、この三人だけが知っている事?

「「あ!」」

 僕と登紀さんが同時に叫ぶ。そう、あの徳島の博物館で調べた銅鐸、その内側に描かれていた記録の絵。それは荒れ狂う大河の災害と、それを鎮めるために山の獣に人身御供の子供七人を捧げる様が描かれていた・・・・・・・今回見た夢とあまりにも一致する!

「そんなモンまであったんなら、やっぱあの夢は過去にあった事なんだな」

「過去を夢で知る、か。ハリウッドの映画みたいだね」

 全員がアゴをひねって考察する。どうやら現時点では、あの夢を信じるしかなさそうだ。


 だけど・・・・・・


「ほな、なんで登紀や未来君を身代わりにしょうとしたんやろか」

 そう、それだ。子供たちを犠牲にしたとはいえ、確かにあのおおかみさまは水害を食い止めた。一応は一件落着の目を見たはずだ、それなのに長い時を経て彼らは生け贄の身代わりを求めて来たのは、どうして?

 仮に登紀さんや僕が身代わりになったとして、あれよりいい結果が見込めるのだろうか。少なくとも『代わって』とお願いしてきたのは生け贄の子供達だった、僕らが身代わりになればあの子供達は助かったのだろうか・・・・・・?


「ねぇ、覚えてる? あのおおかみさまと龍神様の会話、特に最後の方」

 宮本さんがメモをぱらぱらとめくりながらそうこぼす。あの対峙する二つの神様が言い合っていたのは、どこか齟齬がある、特に力のバランスが噛み合っていない部分があった、と彼女は続ける。

「龍神の方は『生け贄の力を得てもこの洪水は止められない』って言ってた。でもおおかみさまは完全に水害を止めた、なのに最後に『今はこれが精一杯』な風な事を言ってたわ」

 言われてみれば確かにおかしい。まるであの時の水害は完全には食い止められていない、一時しのぎでしか無いというニュアンスにも取れてしまう。


「門田さんはどう思い・・・・・・って、寝てるし!」

 焚火の前で、こっくりこっくりと舟をこいでいる彼女。まぁ確かにスマホに目をやるともう夜の11時で。高齢の彼女が起きているには辛い時間だ。明日は青森を発って宮城に帰る予定なのであまり夜更かしすべきではないだろう。

「とりあえず休むか、考察は頭が冴えてからでもよかろう」

 鐘巻さんのその提案に全員が賛成する。本田君と鐘巻さんが左右から門田さんを抱き抱えてテントに連れ込み、他の皆もそれぞれのテントに入って持ち込んだ毛布やシュラフに包まる。


 不思議な事に、あれだけ鮮烈な夢を見た直後にもかかわらず、あっさりと眠りに落ちてしまった。



「おはよー」

「うぃーっす」

 朝、各々がテントから這い出して来て、歯を磨いたり朝食の支度を始めたりする。幸いすぐ近くに清水が沸いており、飲み水として使わなければ水には困らなかった。

 朝食を済ませ、テントを撤収して下山する。例によって登紀さんと門田さん以外の女性陣はふもと近くから猛ダッシュで下の施設のトイレに突撃していた、女の人って大変だなぁ。


 バス停に佇んだ僕たちが改めて恐山の周囲を見回す。わずか一泊二日の滞在だったけど、ここでは物凄く濃い経験をした、自分の呪いに対して大きなヒントを与えてくれた。そんな土地との別れに思わず感慨深くなる。やがてバスが来て、全員が名残惜しそうに乗り込んでいく。

「さらば恐山、今度は純粋に観光で来るぜ!」

「というか観光以外の目的で来るのは困るわよ、今度は誰が呪われるん?」

「忘れ物をしたり探し物があるとき、カドタとここに来たら思い出せるかもな」

 そしてバスは恐山を離れる。さぁ、いよいよ懐かしの徳島に向けて、帰りの旅の始まりだ。



 夕方、宮城県の門田さんの家に到着。今夜はここで今まで集めた情報を整理し、明日にはいよいよ徳島に帰って休暇を終え、再び検体としての生活が待っている。休暇自体もそのための費用もまだ残っているが、これだけ手がかりが得られたならその熱が冷めないうちに決着をつけてしまいたい、少なくとも何か大きな進展はきっとあるだろう。

 例によって”門田邸前”のバス停から降りた時、僕たちは何故か家の庭に一人の女性がいるのを見止めた。

「あ、洋子さーん、来てたんですねーっ!」

 渡辺君が大きく手を振って声をかける、知ってる人みたいだ。

「おらの孫で洋子だ、たまに来て面倒見でけるくれるんだよ」


「うっわ、改めて見ると・・・・・・すっごい美人ねぇ」

「ほんまやわぁ」

 部屋の中、例のちゃぶ台に座って彼女と対峙するとその美貌に思わずため息が出る。和服をぴしっ、と着こなしたスタイルは引き締まった腰と、そこから慎ましく膨らむ胸とお尻が美しい曲線を描いている、本当に和服美人の理想像な体形に、これまた似合いすぎる黒髪ロングを腰まで垂らしたその姿はまさに”東北美人”の言葉がぴったりはまっていた。


「渡辺~、なんかお前が真面目に門田さんの世話してると思ったら、彼女が目的か!」

 本田君が渡辺君にジト目で追求し、他の全員がうんうんと納得する。彼は「お前ら俺をどういう目で見てるんだよ」と呆れるが、隣に座っている洋子さんの笑顔を見てニヤケ顔になるその有り様では説得力ゼロだろう。

 ちなみに彼女は十二支の”羊”の位置に座っている、名前が”洋子”だからだが、ちゃっかり”ウマ”の渡辺君の隣にいるあたり、実は最初から彼の思惑通りだったんじゃないだろうか、この十二支の席配置は。



 そして夕飯までのひと時、僕たちは早速今まで得た情報をまとめにかかる。徳島の博物館、剣山、本社で新たに手に入れた橘ワクチン、飛騨で白雲さんに示唆された可能性、この部屋の書物で得られた様々な知識に、遠野のあの河童の部屋で経験した謎の力、恐山で見せられた過去の出来事と、その呪いの関係。


 

 -そしてあの子供たちが語った『七つのひみつ』-


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