第63話 残りの一つは?


 宮城、門田邸の和室でちゃぶ台を囲んで、今まで判明した”時遡の呪い”に対する事柄と、生け贄の子供たちが語った”七つのひみつ”について、私たちは検証を重ねていた。


・七つのひみつ


・ひとつめ

 徳島の矢野古墳での魔法陣の少女が示した事。遺跡から出土した銅鐸の内面に描かれた龍神とおおかみさまの絵。そしておおかみさまにささげられる生け贄の子供達と、川に流される身代わりアイテムの焼き物。


「銅鐸の裏面に描かれていた、っていうのがミソかな?」

「壁画なんかと違って、出来るだけ未来まで残したいって意図が感じられるわね」

 みんながめいめいに、そのひみつに関しての推測を語る。確かに銅鐸の内側ならその絵を長く残すことが出来るだろう。


 けど、登紀にはもうひとつ意識したいものがある。

「ほれよりも、やっぱりこの身代わりの焼き物が気になるわ」

 そう、あの矢野資料館で初めて見た時から気になっていた埴輪の顔と思われる部分。しかし銅鐸の絵ではその顔だけがまるで身代わりのように川に流されていた。そして、そのアイテムはここ東北でも、白雲さんの居た飛騨でも、そしてマルガリータさんの占い発祥の地アステカでも出てこなかった、徳島固有の出土品なのだ。それがわざわざ描かれていたという事は、やはり最初のひみつはこの焼き物にこそある気がする。


・ふたつめ

 剣山山頂で見た、あの満天の星の輝き。まるで占星術を得意としているマルガリータさんに見せつけるように未来君の行く末、”オオカミ座の中にある冥王星”つまりおおかみさまに食べられてしまうという予言をあからさまに見せた。


「私、あれはフェイクだと思うの。本当は天野君が魔法陣を発動している時には若返りが加速する、って事を隠したんじゃないかしら」

「逆に我々にフェイクだという事を示唆した可能性もあるな、あの生け贄の子供が、自分をニエにしたおおかみさまにささやかな反抗を見せたかもしれんぞ」

 現場に居たななみんと鐘巻さんがそう話す。確かにあの時私たちは魔法陣の発動が未来君をどんどん幼くしていくことに気付いたのだ。その事実に比べると、おおかみさまに食われるというのは最初のひみつでも何となく示唆されていたし、それにあの真昼の太陽のような星々の輝きはどこか演出過剰な気がしていたから。


「マルガリータさんが言ってた『重なる時の生け贄の子供』も気になるね」

 未来君がそう続ける。なんでもマルガリータさんにはその時の未来君が、古代アステカでの最も価値のある生け贄の儀式、ふたつの暦が重なる時の神聖な生け贄にぴたりと重なったらしい。

「ふたつの時が重なる、か。なんか意味ありげよねぇ」

 宮本さんツキちゃんがそう続くも、いかんせんあの時現地に居なかった彼女たちにはいまひとつピンとこないようだ。


・みっつめ

 白雲さんの所で現れた魔法陣の子供の言葉。そもそもどうして私、神ノ山登紀が生け贄の身代わりになり得たのか、それを知る事が”おおかみさま”が正邪いずれの存在なのかを知る手掛かりになると。


「これについては、私が徳島に帰ったらすぐに調べるわ。何しろ私自身のことやけんなぁ」

 私にとっての最優先課題はこれや。思えば世の中には何十億人、徳島県に限定しても80万人もの人が暮らしとんのに、私が一点で選ばれたんには何かわけがあるんやろか。

「未来君は戻ったらまた医療室にカンヅメだろうし、一人行動になるん? さびしーわねぇ」

 いらん事に興味津々のななみんの頭を叩いておいて、次のひみつに行く。


・よっつめ

 未来君の夢の中に現れた少女が告げた事実、生け贄になる者が子供へと若返って行くのは、その時の苦しみを何らかの方法で和らげるため、というものだ。


「渡辺も言ってたよな、生け贄は子供に限るって」

「大昔の白雲さんもそうだったみたい、あっちはお姉さんだったみたいで白雲さんが身代わりを買って出たけど、女の子じゃないのがバレて余計に怒りを買ったみたいだったよ」

 本田君に続いて未来君がその考え方について語る。それに口をはさんだのは門田さんの孫、洋子さんだった。

「童話で女子供妖怪さ襲われだりするのは、それ助げるふとより頼もしく見せる意図があるんだべ」

「なるほど、今でいう弱きを助けるヒーローを描きたいのねぇ」

 その意見にツキちゃんが感心する。確かに童話や御伽話なら、か弱い女子供を颯爽と救う英雄の姿は憧れの的だ。物語がそういうウケを狙って作られているのをよく知っているのは、さすがあの門田さんのお孫さんだ。


「うーん、天野はテンパりやすい所があるからなぁ、生け贄になるなら赤ちゃんまで戻った方がいいかも」

 しみじみそう語る本田君に未来君は「えー」と嘆くが、周囲の皆はうんうんと頷く。馬鹿が付くくらいに真面目な彼は、世の理不尽や自分の不甲斐なさに取り乱すことが時々ある。普通の人みたいに「まぁいいか」とか「あとで考えよう」というごまかしの思考が出来ないのだ。


「そうだ、せっかく医療班にあの人いるんだし、このさい精神安定剤リヒターも常備したら?」

 せっちゃんがそう提案する。いやあれは末期の麻薬中毒患者に投与するレベルの薬、ちょっとナーバスになった程度でアレ飲んでたら体にどんな悪影響があるかわからへん!

「天野がリヒターさんみたいにツルツルになったら困るやろ、主に神ノ山さんが」

 渡辺君の笑えない冗談に私ら以外の皆が爆笑する・・・・・・頼むからハゲ未来君はこらえてーな。


・いつつめ

 遠野の河童、大ちゃんに身をやつして告げた事柄。神に相当する存在が生け贄のを食べて、いかなる奇跡を成すのかという謎。

「あのかっぱは”人間の姿を食べられた”って言ってたね」

「伝承でよぐあるのはお猿さんの神様、将来生まれでくる娘どご嫁にぐれ、ってパターンね。で、実際さ娘さんが生まれで、そのふとは手尽ぐしてその娘どご隠すべどするんだんだども、結局連れでいがれるっていうお話」

 洋子さんの話にツキちゃんがふむふむと頷いてペンを走らせる。なるほど神話の神や妖怪と不用意な約束をすると、必ず後で後悔する羽目になるという事やな。

 ああ、今の私そのものやないでじゃない。かつてあの魔法陣の子供に「ええでよ、代わったるわ」と言ったばかりに私の時遡の人生はスタートした。そして時を経て、その呪いを未来君に受け継がせてしまったのだ。私のお人好しさ加減が今、彼をこんな状況に追い込んでしまっているんだ。

 ほなけど、伝承のようにバッドエンドにはさせへん、絶対にや!


・むっつめ

 過去に一度は収まった生け贄の儀。その子供たちの犠牲の元、おおかみさまは見事に水害を打ち払い、人身御供を捧げた村を救ったのだ。なのに何故あの時おおかみさま、そして龍神様は「まだ全てが解決してはいない」みたいな会話をしていたのだろうか。

 当然それが改めて現在いま、この時代の生贄として私と未来君を選んだ理由になるんだろう。ならあの時代に勝るとも劣らない水害や災厄が現代に起こり得るのだろうか・・・・・・

「結局あの子供達は犠牲になったわけだし、天野が代わればあの子たちも助かるって事かな?」

「それではこの時代のヘイトを買うだけだよ、そもそもそうやって死んだ人間が生き返るなら、もっとそうした事件は起きているハズだ」

 過去を救う為に未来の人間を犠牲にする、その発想は確かに人の道義に反するものだ。だからこそ現在は環境問題が声高に叫ばれ、未来の子供達に豊かな地球を残そうとしている。例えそれが金儲けの建前で、甚だしい偽善であったとしても、そのスローガンを掲げるだけでも人として価値はあるだろう。



「で、最後の一つはまだ来ないのか」

 本田君の言葉に、私と未来君が顔を見合わせた後、こくりと頷く。もしそれが分かれば、物事がちょっとはええ方向に進むんやろか。

「全てを知ったら呪いが解けるとか!」

「いえ、逆に呪いの結末が訪れる可能性もあります」

 せっちゃんの楽観論に、洋子さんが深刻な顔で答える。全てのひみつを知る事は、逆に爆弾のスイッチを押す行為になるかもしれないって言うん?

「でも、だからって知ろうとしないわけにはいかないんでしょ?」

「その通りだな。なに心配ないさ、BOYには大勢の人たちが力を貸してくれている、呪いが来たらぶち破クラッシュってやればいい」


「・・・・・・はいっ!」

 ツキちゃんに続いての鐘巻さんの言葉に、未来君が力強く頷く。そう、私たちは無力な個人では無い、”時遡プロジェクト”の名のもとに日本はおろか世界中から力を貸してくれる人たちが集ってくれているんだ。呪いだろうが災害だろうがおおかみさまだろうが、みんなで力を合わせればきっと!


「ほんでは、まずは腹ごしらえせんとね。晩御飯出来だがら運んでねー」


 ふすまを開けてそう告げた門田さんを見て、全員がしまったという顔でがたがたと立ち上がる。議論に熱中しすぎて夕食の支度を全部門田さんに押し付けてしもた、これは不覚の極みや! 慌てて調理場に殺到して料理や飲み物を部屋に運び込む。


 -いただきまーす-


 東北の地、最後の晩御飯はやっぱり絶品やった。うん、この美味しいごはんもまた、呪いを克服する大きなエネルギーになる、それは皆の美味しそうな食べっぷりが雄弁に物語っていた。



 さぁ、明日には徳島へ向けて出発や。私たちの故郷、そして呪いに対する”決戦の地”へ。

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