第64話 故郷そして決戦の地、徳島へ!
「じゃ、一足先に帰ってるわねー」
宮城県仙台空港にて、そう言って搭乗口へと向かったのは
「龍が飛行機に乗って帰るって笑えるな」
最後まで龍神のイメージを引きずった渡辺君の冗談に皆が笑う。まぁでも無理もない、あの恐山の夢の中で彼女だけはあまりにも特別なポジションだったから。
「ほんなら門田さん、洋子さん、ここまでお見送りおおきになぁ」
これから私達も新幹線で帰路につく。長かった休暇の旅もこれで終わりを告げ、また徳島に帰って”時遡プロジェクト”の一員として、呪いとの戦いの日々が待っている。
「いえいえ、おらだづも楽しかったよ」
「まだ是非東北さ遊びに来てたんせね」
ふたりが笑顔でそう返す。門田さんのお孫さんである
「ええ、是非」
未来君の返事に全員が頷く。ここ東北の地でのわずかな滞在で私たちはずいぶん身になる経験をした。単に呪いの手がかりだけではなく、この地に伝わる伝承や土地の持つ空気、そして人情深い北国の方々の気風は私たちにとって、この地に愛着を残すものだった。
「んじゃ、俺も2~3日中に戻るよ」
そう言ってちゃっかり洋子さんの隣にいるのは渡辺君だ。彼はあと一日二日滞在して、門田さんが得た呪いの手がかりをまとめて徳島に持ち帰る事になっている。元々彼女が各地に情報収集するためのサポートとしてここに来ていたが、調査が終わったのと世話係を洋子さんが引き継ぐこともあって、彼も遅れて徳島に帰郷するそうだ。
空港から宮城駅に向かうバスに乗り込み、後ろの大窓から全員が手を振って三人に別れの手を振る。いよいよ東北の地ともお別れだ。
それを見届てて、バスが見えなくなった時点で洋子さんがぼそりと呟いた。
「気持ぢの
「そうやな、徳島のひとだぢって言うのは実にさわやがな感じだねぇ」
そう続く門田さんに照れながら頭をかく渡辺。徳島県民の気風として、自分は自分、他人は他人としてマイペースに生きる所がある。言い方を変えれば他人に染まらない分、誰とでも同じ距離で接する事が出来るという長所がある。
東北人の気風として地元民の結束の強さがある。それはかつて奥州藤原氏以来の中央権力からの隔離という側面があり、そのせいで生まれた独特の方言や風習に他の地方の人が距離を詰めにくい、という難点がある。それだけに彼らの自分たちに対するナチュラルな姿勢はとても印象が良かった。
「そうね、まだ
そう話す門田さんに若い二人も同意する。だけど彼らは門田さんの言葉の本当の意味を知らない。
あの中に一人、もう二度と会えないであろう人がいる事を。
◇ ◇ ◇
「じゃ、俺達はここで」
「創作意欲湧きまくりよ~。飛騨に東北、最高だったわ」
東京駅、ここで本田君と
「オリンピック、出られると良いね」
「まだまだ強くならないとなぁ。俺の階級、上にまだ最低三人はいるし」
世界の舞台に立つにはまだまだ高い壁を越えなければいけないらしい、もっともそこまで到達するだけでも相当な努力が必要なのは言うまでもないが。
「ホンダ、もしオリンピックでゴールドメダリストになったら将来は
鐘巻さんが本田君の肩を叩いてそう笑う。もちろん警察学校に通ってない彼にそんな所に就職できるはずは無いのだが、それでも素質アリと見ての勧誘にまんざらでもなさそうな笑顔を返す。
「えー、ツキちゃんに心配かけちゃダメでしょ」
ななみんがそう窘める、国際捜査官になったなら彼と彼女の付き合いどころではないだろうにとの心配を込めて。
「ううん、そうなったら実体験をたっぷり聞かせてもらって、しっかり小説のネタにする!」
「ツキちゃんはブレへんなぁ」
思わず苦笑いが出る。あの国分寺高校一年三組の委員長と副委員長のカップルはここに来ても相変わらずだ。
◇ ◇ ◇
彼らと別れ、私と未来君、ななみんと鐘巻さんの四人が神戸への新幹線に乗り込む。そこから高速バスを使って徳島に帰るのは深夜になる予定だ。
「もう一泊くらいしたほうがいいんじゃないの、休暇まだ残ってるんでしょ?」
ななみんがそう気を使ってくれる。まぁこの娘の事だから帰る前に私と未来君で一晩しっぽりと、なんて思ってるんだろうけど。
「ううん、明日一番に出社したいし」
はっきりとそう返す未来君。彼にしてみればこの旅で得たヒントを、そして待たせている医療班の人たちの為に少しでも早く駆け付けたいみたいや。彼自身も自分の身に降りかかっている呪いとの決着を早くつけたいのもあるやろうなぁ。
「あーあ、それじゃ結局進展ナシじゃない。本田君とツキちゃん、渡辺君と洋子さんは上手くやってるんでしょうに」
そう息を吐くななみん。私と未来君をくっつけたい性分は相変わらずやなぁ。
「えーから、おまはんもさっさとええ人見つけないな」
私のツッコミにうぐ、と口ごもるななみん。彼女ホンマ可愛いのになんでこう下世話なんやろなぁ。
そんな光景を見て、鐘巻さんがやれやれ、という顔をしたのに私は気付かなかった。
◇ ◇ ◇
深夜零時半、徳島県松茂町のバスターミナルに到着する。そこには見覚えのある一台のスポーツカーが待っていた。
「未来、神ノ山さん、おかえり」
未来君の父親、
「ただいま父さん、迎えに来てくれてありがとう」
「どうだった、休暇は」
「いろいろ実りのある旅だったよ!」
そうかそうか、とご満悦で返す流さん。ちなみに鐘巻さんとななみんはすぐ近くのホテルに宿泊するそうで、明日の朝までの未来君護衛の任務を私にお願いされた。うん、任しとき!
「じゃあ、明日会社で」
「しっかり休んでおけよ、またカンヅメの日々だろうからな」
そう言ってホテルに向かう二人。今までもこれからも彼らはずっと未来君の動向に気を遣わなければならないのだ、せめて今夜ぐらいは任務を忘れてゆっくりしてほしいもんや。
「じゃあ行くか、乗りなさい」
助手席に二人分の荷物を載せ、私達二人は後部座席に乗り込む。あ、なんか懐かしい・・・・・・
「そういや、初めて出会った日もこうしてこの車に乗ったよね」
そうや、私と未来君が出会った日、トラックの前に飛び出した私たちはこうしてこの狭い車の後部座席に乗り込んで、運送会社にお詫びに行ったんやった。
帰って来たんや、この徳島に。そして、あの時に。全ての決着をつける為に。
同時刻。徳島市内の吉野川橋の欄干の上に、一人の女性の姿があった。
「
この橋の両岸には渋滞緩和の為の河川敷に降りて上がる道路がある。ただ川が増水して水に浸かると通行止めになり、そうなると朝夕ラッシュ時の渋滞が酷くなる。
そのアンダーパスを見ながら、彼女はゆらっ、と体を傾けた。
橋の、道路の、反対側に! 20mはあるであろう水面に身を躍らせた!!
落ちながら彼女、
「
ドボォーン
水面に刺さり、水柱が上がる。誰にも見られる事のない入水に合わせて、彼女が飛び込んだその川、吉野の大河の水位が上がったことに、気付く者は誰も居なかった。
-トキちゃん、天野君。頑張って-
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