第50話 深まる謎

「おーい、帰って来たぞー!」


 早朝の山小屋、用を足しにと起き出して外に出ていた鐘巻さんが発した声が山あいに響く。

 私たちはくるまっていた毛布をがばっ、と跳ねのけて起き上がり、どたどたと扉を開けて外に出る。白いモヤと雲海が広がる景色の中、頂上に続く尾根の道にふたりの男性、山伏姿の白雲さんと、白い息を弾ませている未来君の姿が見えた。

「おーい、ただいまー」

 岩場の道をひょいひょいと降りながらこちらに手を振る未来君。私達は顔を見合わせて、とりあえず無事でよかったと安堵して手を振り返す。


「さて、小僧の旅が実りあるものであることを祈っておるぞ」

「はい! 白雲さんも。あとお弟子さん達によろしくお伝えください」

 未来君とそう挨拶を交わした白雲さんは、そのまま背を向けて再び山頂方面に消えて行ってしまった。

「ありゃま、せっかちねぇ。少しぐらい休んで行けばいいのに」

「ほーんと、こんなキレイどころ美人揃ってるのに・・・・・・やっぱあの人、色小姓ショタホモなの?」

 ななみんに続いて、宮本さんがとんでもない発言をする。薄い本やないんやから、とツッコミたくなったが、でも確かにそそくさと弟子の所に帰るあの人にはそういう性癖があっても・・・・・・

「み、未来君、あの人になんかヘンなことされなんだ?」

「・・・・・・みんなして、すっごく失礼なこと考えてない?」

 うわぁ、朝一から未来君に思いっきりジト目で見られてもた・・・・・・だいたい宮本さんのせいや、うん。



「うっそー、マジで?」

「ほんなん・・・・・・あの人も、呪いを?」

 山小屋に落ち着いた後、未来君から聞かされた話に私たちは愕然とするしか無かった。


 なんとあの白雲さんもかつて生け贄の身代わりになり、魔法陣の呪いに囚われて、もう五百年もの長きを生き抜いている事。私なんかより遥かに長い長い時の中、彼は人生に絶望した若者達、虐待や犯罪に巻き込まれた少年たちを更生させるために弟子にしている事。これは確かに私たちの想像は失礼の極みやった。


 それと、白雲さんの魔法陣はその時に彼に下される天啓を文字にしたものらしく、彼が藍塚の時遡プロジェクトへとやってきたのも、その魔法陣の文章による導きらしい。ちなみに彼はそれを信じそうなマルガリータさんと門田さんにだけ話していたそうだ。どうりで彼が呪術班のリーダーになるのに彼らが反対しなかったわけだ。


 そして、未来君にまた呪いの魔法陣が発動した事。その時はすぐに細胞弾を撃ち込んで急激な若返りを押さえ、事無きを得ていた。そしてその効果は夜が明けた今もまだ継続中なのが、痛みが引かない事から確認できていた。その話を聞いたななみんは慌ててプロジェクトチームに連絡を取ろうとするが、当然ながら携帯は圏外やった、下山待ちやなぁ。


 そして、今回の最大の懸案。

「私が、生け贄に選ばれた理由?」

 魔法陣の少年によると、それが呪いの重要な鍵の一つになっているそうや。ほなけんどもうずっと昔の話やし、せいぜい月食の日に寝とったら夢枕にあの子たちが出て来て「かわってー」とお願いされたくらいしか覚えとらん。

「何でもそれが、僕を食べようとしている『おおかみさま』が善神か悪神かの手がかりなんだって」

 うーん、と頭をひねる。思えばあの子たちは生け贄にされる立場で、それを私が、そして未来君が代わってあげたのに、なんで今もその『おおかみさま』の使者か、あるいは未だ束縛されて私らに救いを求めるような存在になっているのか、どうもようわからんなぁ。


 ふむ、と息をついて話したのは鐘巻さんだ。

「神ノ山さんがその大神様ディエティに対して、相対的に善人ジャスティス悪人ヴィランかでまた変わって来るという事かも知れんな。何しろ彼女は若返る最中、ずいぶんと悪人を懲らしめて来た立場だ。もし邪悪な宗教組織レリジンを壊滅でもしていたら、悪魔に恨まれているやもしれん」

「あんなぁ、私が呪われたんはそのずっと前やし、それまでは真面目に生きて来とったよ」

 まぁ生け贄を要求するくらいやし、ろくでもない悪魔な可能性は確かにある。未来君から聞いた白雲さんを生け贄にしようとした大猿も悪落ちした神やったようやし、マルガリータさんの星占術の出所の古代アステカでは狂信的な儀式として取り行われとった、ほれと同じようなもんなんやろか。


「逆に、そういった悪人たちを退治させるために、登紀さんに呪いをかけた可能性はないですか?」

 宮本さんが創作家ものかきの目をしてそう言う。だとしたら呪いを利用して神が捌けぬ悪を成敗させたという事になる。でもほれやったら何も私である必要性はないやろ、ほれこそ鐘巻さんみたいに、その世界に精通した人間を選ぶんやないやろか。


「まんざら無いとも言えないな。神ノ山さん、当時の沼田女史が成敗した悪党の中には、それこそ世界を動かすほどの大物が何人かいた事だし」

「その話、詳しく!」

 鐘巻さんのヨイショに宮本さんが眼鏡をキラリと光らせて食い付く。ほんなに大袈裟に言われても困るんやけど、私はあくまで潜入捜査をして物的証拠を体を張って暴いただけで、その前後の大掛かりな捜査はやはり国際警察や公安、地検特捜部の活躍であって、何から何まで私がやったわけやないんやし。


 全員がう~ん、と頭をひねって考えを巡らせる。今までもいくつか呪いに関する知識や経験を経て、少しづつこの呪いの姿が明るみに出始めてはいた。とはいえアレコレと増えすぎる要素にいささか消化しきれなくなってきているのも事実だ。


「やっぱ、門田さんにも会ってみるべきだね」

 未来君がそう提案する。日本古来の民謡や神話、おとぎ話のエキスパートである彼女なら、増えすぎたファクターから必要な物だけを拾い出して状況を整理する事が出来るかもしれない。

「ほうやね、私達だけで悩んでも結論出ぇへん」

「とにかく下山しましょ。ここトイレもないし、山ガールはもうこりごりだわ」

 ななみんの言葉に皆が苦笑いしつつ、荷物をまとめて山を下りることになった。



「ふー、やっと道の駅まで来たよー」

 登山道を下り切り、出発した道の駅まで辿り着いて、未来君はどっかりとベンチに腰を下ろした。下山中に聞いた話では、彼は夕べ白雲さんの謎現象と呪いに付き合ったこともあり、またほぼ野宿状態なこともあってあまり寝てないらしい。加えて橘ワクチンが有効なこの時間帯は彼も人並みに疲れる体だ、へたりこむのも無理ない事やなぁ。

「はー、スッキリ」

 宮本さんとななみんが女子トイレから安堵の表情で出てくる。二人ともかなりガマンしとったみたいで、最後の方はほぼダッシュで駆け下り、トイレに飛び込んでいた。やっぱ今の子は屋外で用を足すのは抵抗あるんやなぁ、私の時代やったらほんなん当たり前やったんやけど。


 そんな事を考えとったら、隣で未来君がすぅすぅ寝息を立てていた。私の肩にこてん、と頭を傾けて寄りかかり、少し開いた口からヨダレを覗かせている。こうして見ると年相応の男の子やなぁ、ホンマはもう大人やのに。

「お、いーフンイキじゃん、キスするなら今よ!」

 まーたななみんの悪い癖が始まった、あんたもう二十一歳やのにちっとは・・・・・・

「ほうやなー、してみよか」

 たまには反撃してみる。ななみんはひぇっ、本当に!? と後ずさりしておろおろする。あ、弱点みっけ。

 それと宮本さん、スマホの動画撮影を至近距離で構えへんの! ほんまにもう。



「さて、女子高生漫才も堪能したし、次の目的地に向かうか」

 音頭を取る鐘巻さんの言葉に、女子ふたりがキラッ、と目を輝かせる。

「行くの、ついに行くのね!」

「憧れの首都、東京にっ!」

 火のついたようなハイテンションになる二人。四国の田舎娘にとって大都市トーキョーはやっぱ憧れの的らしい。まぁ私は探偵時代に事務所を構えとったんやけど、さすがに今はもうないやろなぁ。


 門田さんのいる東北、宮城県には陸路なら北陸新幹線から東京を経て東北新幹線に乗り合えるのが最短距離だ。なので憧れの東京をスルーするなどありえないと、二人によっていつの間にか観光プランに組み込まれていた、ちゃっかりしとるなぁ。

 まぁでも悪くはない。元々休暇旅行なんやし、気分をリフレッシュする意味でも東京観光はアリやろう。私の事務所だったところが今どうなってるかも興味あるし、東京にも”時遡プロジェクト”に参加している企業や医療施設はある、そこに顔出しするのも事態の進展のきっかけになる可能性はあるやろう。


「ほな、いざ東京に向けて出発やーっ!」

「「おおーっ!」」

 挙手して右手を突き上げる、二人も応えて叫び返す。


 ごてっ!


 あ、未来君が寄りかかっとるの忘れとった、あとでキスするけん、こらえてゆるしてなぁ。

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