第45話 極秘任務の攻防

「ほんまやぁ、二人とも一体どこに行っとん」

 七海ななみんの報告を受けて未来君たちの部屋に駆け付けた私たち。そこには誰も居ないばかりか、二人の荷物すら見当たらなかった。

「大変よ、もしかして何か事件に巻き込まれたんじゃ!」

 セリフとは裏腹にうきうきした表情でメモを取る宮本さん。いやドラマチックな展開はこのさいないほうがええんやけど。


「ま、まぁ鐘巻さんが一緒だから心配はないと思うけど・・・・・・」

 ななみんの言葉通り、元ICPOの鐘巻さんがついていればそうそう大事にはならんとは思う。少なくともここまで痕跡を残さず二人まとめて誘拐する組織なんてありえへん、部屋には争った形跡も不法侵入者の痕跡も全くないし・・・・・・あ、今は私たちがそうやな。

 でも何か引っかかる、元探偵のカンもそうやけど、あの未来君が私らに何も告げずに姿をくらますなんてことあるやろか。そもそもこの部屋なんで鍵のひとつもかかってへんのやろ・・・・・・オートロックがオフになってるのも不自然やし。


「あ、これ・・・・・・書き置きあるよー」

 宮本さんが部屋の隅で拾い上げたのは一枚のメモ帳だ。机の上に束ねられてあるメモ束の冊子から一枚を破りとっているそれには、確かに未来君の筆跡で文字が書いてある。


『鐘巻さんと温泉行ってきます』


「なによもうー、人騒がせよねぇ」

 やれやれと息を吐いてそう嘆くななみん。ほういえばさっき何か気分が悪そうだったし、男同士でリフレッシュに出かけたってコトやろか。

「あー、机の上に置いてたメモが風で飛んだんですねぇ」

 宮本さんが探偵よろしく部屋の中を吟味して言う。確かに窓が少し開いており、メモは机と窓の対角線上に落ちていた。そこから入って来た風がメモを部屋の隅に飛ばしたん・・・・・・ん?


「カギかかってなかったのも、このメモを見て欲しかったのねぇ」

「ななみんちょっと逆セクハラが過ぎたんじゃない? 避けられてるじゃない」

「えー、宮本さんツキちゃんがそれ言う?」

 呑気に結論を話す二人の声を聴きながら、私の中の悪い予感がどんどん膨らんできていた。何か、何かおかしい!


「どしたん、トキちゃん難しい顔して」

「あー、天野君が鐘巻さんとウホッな関係になるのを心配してるとか?」

 ほんなわけあらへん、と思った時にひとつの閃きがあった。そうや、未来君は素人やけど鐘巻さんはプロや、人生経験も年齢も全く違うその二人が、こうもシンクロした行動を取る事が不自然なんや、何か、何か見落として・・・・・・


 部屋を見て下さいとばかりに鍵の掛かっていないドア、重しも置かずにわざとらしく風で飛んだメモ帳と開いた窓、そして私たちに直接告げずに行方をくらまし、その回答をわざわざ手紙で見せたその不自然な流れ、完全に私たちの思考の流れを誘導されとる!

 その手口は確かに知能犯のソレだ。一度私たちを慌てさせて、奔走させた上で安心させる、これは間違いなく捜査の足を止める為の、プロの誘拐犯のやり方!


「まさか、鐘巻さんが・・・・・・未来君を、売った!?」


「えええええーーーーっ!」

「本当に? そんな事が・・・・・・」

 ありえない事ではない、この手の込んだ仕掛けが鐘巻さんの罠だとしたら全てに辻褄が合う。彼がどこの組織と繋がっているのかは分からないけど、とにかく二人を追わなんだら!

「あ、そうだ・・・・・・スマホのGPS!」

 ななみんがスマホを取り出して、位置把握のマップを起動する。万が一に備えて私と未来君のスマホには現在位置情報が分かるように提供されるアプリが入っている。


「あ・・・・・・竜泉寺温泉にいる。やっぱ考え過ぎじゃない?」

 GPSが示していたのは近くにある大きなスーパー銭湯だ。それを見て宮本さんもやれやれ残念、とため息をつく。ちょっと聞き捨てならないセリフが聞こえたんやけどなぁ。


「とにかく、私達も行くよ。」

 どうにもすっきりしない心中のまま、とりあえず彼らが居る温泉に向かう事にする。部屋に戻って浴衣を脱ぎ普段着に着替え直す、シャワー浴びたのは失敗やったかもなぁ。

 ロビーで落ち合ってタクシーを拾う、三十分も走れば目的の温泉だ。不安が杞憂である事を祈りつつスマホのGPSを確認する、うん動いてない、そのままそこに居ておってよ!



      ◇           ◇           ◇    



「タクシーっ!」

 竜泉寺温泉の玄関前から飛び出して来た僕、天野未来と鐘巻さんがタクシーを捕まえる。僕たち二人は今、重大な任務を課せられているのだ。

「沼田・・・・・・いや神ノ山さん、動き出したぞ!」

「気付かれたんですか?」

 タクシーに乗り込み、スマホのGPSで登紀さんの位置情報を見てそう言う鐘巻さんに、冷や汗を流して返す。

「気付いてもらうまでは予想通りだ、問題はこれからだな・・・・・・ここからは時間との勝負だ!」

「はいっ!」

 目を合わせて頷き合う僕ら。彼女たちに看破される前になんとしてもこの使命を果たさないと・・・・・・色々と不味い事になる。なんとしてもそれだけは避けなければ!


「第六天魔王書店へ、急いでくれたまえ!」

「帰りも乗りますから、着いたら駐車場で待機しててください」

 僕たちの注文に運転手さんは「あいよー」と返事をして運転を始める。書店までの往復時間と、登紀さんが温泉に着くまでの時間を計算して緊張が走る、果たしてうまく行くのかどうか・・・・・・



「はへ?」

 2時間ほど前、新幹線の車内トイレの手洗い場で、僕はその”任務”とやらに素っ頓狂な声しか返せなかった。

「だから、エロ本ポルノだよエロ本ポルノ!最低でも十冊は確保しなきゃならん! って何だいその光のないジト目は!」

 何を言っているのか全く分からない。この旅の最中になんでまたエッチな本を用意する必要があるんですか。そもそもそんな事に僕を巻き込まないでくれませんか。


「まぁ聞けよ。今、白雲さんが飛騨で百日の修行に入っている事は知ってるだろ? 実は彼のお弟子さんも十人ほど参加しているらしいんだ」

 白雲さんに弟子が居たとは知らなかったけど、確かに風格のありそうな山伏のあの人なら、弟子も居そうではある。

「彼らは全員十代ティーンなんだよ、そんな彼らが百日も禁欲生活を送るのは、やっぱ無理があるんだ」

「それで、エロ本な訳ですか?」

 鐘巻さんが解説を続ける。少年たちは皆真面目な弟子たちなのだが、心は禁欲を押さえられても体の方はそうもいかない、あまり溜め込み過ぎると修行の精神集中にも影響が出るし、女人禁制で隔離された空間では最悪、男色に走る者も出かねないだろう。


「だから月に一度、新月の日に性欲を発散させるそうなんだ」

「えーと、ダイエットで言う食べる日チートデーみたいなもん、ですか」

 そうそれ、と頷いて続きを放す。その為にはいわゆるネタが必要だ、でも修行場には俗物を持ち込めないのがルール、なので第三者の我々が持ち込んで置き忘れて来たという事にすれば、修行の戒律を乱さずに発散が叶う、という事らしい。

「白雲さん曰く、お弟子さん達の若い感性も呪いを解く重要な鍵だそうだ。だから彼らの為に動くのはきっと無駄にはならないよ!」

 あー、なんか結論がうさんくさくなって来たんですが。

「だったら、普通に鐘巻さんが買い込めばいいじゃないですか、みんなに事情を話して」

「ほほう・・・・・・あの三人にエロ本ポルノを持っているのを知られたら、どうなるか想像できないかね?」


 ざわっ! と背筋が凍る音を聞いた、気がした。


 男子のプライベートに興味津々な宮本さん小説家、僕と登紀さんの仲を冷やかすのがライフワークみたいになっている三木さん、そしてお互い恋焦がれる間柄ながら、僕よりはるかに長い人生経験を得ている登紀さん・・・・・・彼女たちにエッチな本なんて渡したらどうなるかはもう明らかだ、というか最悪だ!

 鐘巻さんにしても、55歳にもなってエロ本なんて買っているとバレたらさぞかし白い目で見られるであろう。国際警察として性犯罪も数多く扱ってきた彼が、女性をそんな目で見ていると知られたら名誉に傷がつくどころの騒ぎじゃない、確かに一大事だ。

「あの三人に『白雲さんに頼まれて仕方なく買ったんだよHAHAHA』と言って信じると思うかね?」

「・・・・・・絶対無理ですね」


 かくして僕と鐘巻さんは、白雲さんに届けるエロ本を確保すべく行動を起こした。鍵となるのは彼女たちに気付かれずに買い物をする『空白の時間』を確保する事。彼女たちが僕たちを見失い、かつ電話も通じない状況を作って、なおかつそれで心配や疑惑を持たれない方法は・・・・・・

「「お風呂バス・タイム!」」

 

 部屋に書き置きという状況証拠を残し、手近な温泉に出向いて着替えロッカーの中に僕のスマホを放り込む。あとは鐘巻さんが電話に出なければ、二人して温泉に浸かっている時間を演出できるだろう。そのスキに本を買い込み、鐘巻さんのスマホで登紀さんの行動をGPSで把握して、うまく事を収めにかかる。


「女の勘は侮れないぞアマノ君、ましてや神ノ山は元探偵、ナナミは私の弟子、そしてツキコはライターだ。油断は大敵だぞ!」

「は、はいぃっ!」


 あまりにも強大なを相手取ったこのミッション、果たしてその行方は、どうなってしまうのか!



 ・・・・・・なんか僕いま、すっごく間抜けじゃないですかねぇ。


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