第44話 任務と事件

「あ・・・・・・切れた、みたい」

 新幹線の車内、未来君が左腕にある小さなかさぶたをつまみ上げてそう言った。

「切れたって、ワクチンが?」

「うん。分かるよ、また時遡病が始まったのが」

「うーん残念。このままずっと直ってたら良かったんやけどねぇ」


 ワクチン接種から四日、あの時打ち込んだ細胞弾がついに彼の体に完全に取り込まれてその効果を失い、再び肉体が逆再生を始めてしまったようだ。

 それならまた細胞を打ち込めばいいかと思うだろうが、それはしないようにと医療班に止められていた。人間の体は投与する薬物に慣れるので、何度も打っているとそのうち効かなくなる可能性まである。なので今後はあの魔法陣が発動した時のみ使う事にしていた。


「11時32分、時遡病再発しました・・・・・・はい、はい、異常ありません」

 七海ななみんがスマホで本社に報告を済ませる。その隣の席では宮本さんがふむふむと頷きつつ、メモにシャーペンを走らせている。相変わらずの取材熱心さやなぁ。

 ふぅ、とななみんが電話を切る。これでまた時間を遡る病か呪いか、いずれにしても戦いのリスタートが成されたわけだ、と全員が緊張を新たに・・・・・・


「あ、あーっ! そういえば天野君!」

 いきなり叫び出すななみんに全員が注目する。なになに、なんか大事な事が?

「今までAD不能直ってたんじゃないの!? トキちゃんとエッチするチャンスだったんじゃ・・・・・・」

「新幹線の車内で大声でなに言っとんの、おまはんわーーっ!!」

 すっぱあぁぁん! とお馬鹿の頭をはたいておく。当の未来君は窓から遠くを眺めて他人の振りをしとるけど、両手を股間に埋めて顔真っ赤にしとるし。見てみぃ、いらん事言うから思いっきり意識しとるやないで。

「え、えええーっ!天野君って不能だったのー!?」

 今度は宮本さんが興味津々で食いついて来る。あーもう若い娘はこの手の話題になると・・・・・・もう止めたりや。

「時を遡る呪いの最中は不能、と。じゃあ昨日までで処理はしてたの?」

「ほんな事は本田君カレシに聞きないな!」

 今度は宮本さんの頭をハタく私。あかん、このままじゃ未来君がますます気まずくなってしまう・・・・・・


「はっはっは、女三人寄ればかしましいとはよく言ったもんだ」

 助け舟を出したのは逆側の席にいた鐘巻さんだ。というかなんで私も頭数に入っとるんやと抗議したかったが、まぁ昔から空気を読んで行動する人やったんで、ここは任せることにした。

「どうだ天野君、女に囲まれていると男にプライバシーはなくなるよ、一緒に連れションでもどうだ?」

「行きます!」

 即答して席を立つ未来君。ああまぁそらそうやろうな、この空気じゃ。


「男同士、トイレでエッチな話でもするんー?」

「しないって!」

「あ、それも面白いかもな」

 ななみんの逆セクハラレベルなからかいに過剰反応する未来君をよそに、あっさり受け流す鐘巻さん。ううむ年季の違いを感じるわ。

 ま、とりあえず二人が戻ってくるまで私はこの娘らをお説教やな。



      ◇           ◇           ◇    



「ふー、助かりましたよ鐘巻さん、ありがとうございますー」

 用を足した後、手を洗いながらお礼を言っておく。もしあのまま詰問され続けていたら何を言わされてたか分かったもんじゃない。

「なに、私としては丁度良かったんだっよ。ちょっと君に話が合ってね、二人きりで」

 タオルペーパーで手を拭いた後にかしこまってこちらを向く鐘巻さん、その表情は今までとは打って変わって真剣さが前面に出ていて、ぴりっ、と空気が引き締まる気がした。

「何、ですか?」


「実はね、私は今、ある任務ミッションを抱えているんだ」

「え・・・・・・任務? 僕の警護以外に、ですか?」

 今回鐘巻さんの同伴は、僕の監視と他組織からの接触や誘拐を阻止する意味合いがある。それは規定事実だけど、それ以外に何か藍塚から? もしくは元国際警察インターポールからの絡みの何か?


「そう、しかも極めて困難な任務なんだ。は強大でスキがない、だがどうしても果たさねばならない任務なんだよ。そこでだ、私一人じゃどうも無理そうなんで君に是非協力をお願いしたい」

「え、そりゃ協力はしますけど・・・・・・僕なんかで役に立つんですか?」

 彼はかつて登紀さんと犯罪者相手に立ち回った手腕の持ち主、だったら僕より登紀さんの方が荒事には慣れているだろうし、三木さんは彼の諜報活動の弟子のはずだ、その手の話なら素人の僕より彼女たちの方が遥かに役立つだろう。

「君じゃなきゃダメなんだよ、天野君」

 そう言って僕の両肩をがっしと掴む鐘巻さん。そうか、話を切り出すタイミングからして、僕のこの不死身の体が必要になる件なのか、だとしたら・・・・・・。



      ◇           ◇           ◇    



「ただいまー」

「おかえり、遅かったねー、大きい方?」

 ごんっ、と無言でななみんにゲンコツを落とす登紀。ほんまになんも反省してないなこの娘は。


 と、車内放送が軽快なBGMと共にアナウンスを流し始める。

『間もなく名古屋、名古屋に到着します。お降りの方は-』


「あ、もう着いたんや、やっぱ早いね新幹線」

 今日の目的地は名古屋だ。飛騨にいる天仙院白雲てんぜんいんはくうんさんは先日から修行”百日行”に入っているそうで、会いに行くには準備と気合が必要になる。なにしろ修行場所は分かっているが、現場にはスマホ等、俗世のモノは一切持ち込み禁止らしく連絡もロクに取る事が出来へん。今日慌てて行っても現場到着は夕方になってまうのでそれから探すのは無理がある。なので今日はとりあえず大都市、名古屋観光を楽しむことにしていた。


「味噌煮込みうどん、手羽先、ひつまぶしーにーあんこトーストー♪」

「吹奏楽の聖地の国際会議場に囲碁の名所中部総本部、ポケ〇ン名古屋センターにト〇ロの家ー♪」

「いや普通に名古屋城とか熱田神宮とか回らんで?」

 うーん、観光のベクトルが女三人で見事にバラバラやなぁ。男性陣はどうなんやろ、と思って二人を見ると、ベンチに座り込んでなんかしんどそうにしている。


「どうしたん、電車酔い?」

「あ、いや・・・・・・人ごみに酔ったみたいで」

「都会は空気悪いね、ずっと田舎にいたから体が順応しないよ」

 うーん、未来君はまだしも鐘巻さんまでこの有様とは。まぁでも彼ももう55歳やし、しばらく徳島におったんで都会の喧騒に当てられたんかも、かつて世界中を飛び回った敏腕警部も今は昔なんかなぁ。


「私たちは先にホテルにチェックインするから、みんなは観光楽しんできなさい」

 鐘巻さんの言葉にそうそうと頷く未来君。でもさすがに今の私たちの立場を考えたらそういう訳にもいかない。

「じゃあ私も未来君に付き添うから、ななみんと宮本さんツキちゃんは自由行動で」

「え、悪いよ登紀さん、せっかく名古屋まで来てるのに」

かんまんかんまんいいよいいよ、未来君と一緒におる方がええし」

「おーおー熱いねぇ、んじゃ私も任務優先しますか」

 そう言ってななみんがこっちに並ぶと、宮本さんも「じゃ、カップルのウォッチにしましょう」とあっさり聖地巡礼を諦める。まぁ時遡プロジェクトの一員として皆、最優先すべきが何かはよく心得ているやろうし当然やな。


 予約していたホテルにチェックインし、未来君と鐘巻さん、私たち三人と部屋に分かれて荷物を下ろす。ひと息ついたらロビーで落ち合う約束をして、めいめいがくつろぎタイムへと移行する。とりあえず私はシャワーを浴びて浴衣に着替えると、ロビー横のカフェで日本茶を楽しんで時間を潰す。


「天野君は来てないんですね」

 横の席にひょっこり座ったのは宮本さんだ。うん、まだバテてるのかな、と返すと、彼女はふふっと笑って含みを見せた顔で聞いて来る。

「百年以上生きてて恋をするって、どんな感じですか?」

「興味あるん?」

 その返しに「ものすごく!」と迫る彼女。まぁ確かに私は普通の人生からは逸脱しまくった人間や。生まれの年号は明治やし、一度結婚して出産、育児、挙句に孫はおろかひ孫の顔まで見とる。そんな私が年齢を遡って、かつて経験しえなかった恋をするなんて変な感じではあるわ。


「そうやねぇ、私は夫を愛していたけれど、恋していたわけでは無かったんよ」

「神ノ山さんの中では、恋と愛はどう違うんですか?」

 小説書きの宮本さんにもその違いに定義はあるやろうけど、それはまた私の解釈とはちがうんやろなぁ、と思って、私はとりあえずこう返す。

「愛は一緒に育んでいくもんやと思う。でも恋はほんのちょっとしたきっかけで切れてしまう、綱渡りみたいなもんやと思っとるよ」

 そう言った私自身、ああ私と未来君、そして私と亡き夫の晴樹さんとはまさにそういう関係やったなぁと感じる。見合い結婚した晴樹さんとはずっと一緒に生きて行く事がその時点から確定していて、それからお互いに対する理解を深めたもんや。対して未来君とは、いつ破局が来るかもしれないあやうさが、より二人の引力を強めていたような気がする。現に一度切れた縁を、あの記者会見の日に未来君が強引に手繰り寄せてくれた、そんな”一緒になりたい”と強く思う心こそが”恋”なんやなぁ。


 私の話にふんふん、と頷きメモを取る宮本さん。考えてみれば彼女も本田君と言う恋人がいるわけで、せめて彼女らの参考になったらええなと思う。

「やっぱ私はお邪魔でしょうか」

 メモを仕舞った後、少し申し訳なさそうにそう言う彼女に「今更やなぁ」と笑って返す。今現在もななみんと鐘巻さんが始終張り付いとるし、そもそも未来君はAD状態、ましてや二人は見た目中学生レベルまで若返っていて、コトに及ぼうものなら完全に不純異性行為や。トドメに私たちの位置は常にスマホの位置情報で把握されとる、これでどうやってそんな雰囲気になれ言うねん。


 そう言うと彼女はくすくす笑い出した。神ノ山さんも結構、性方面の話するんですねぇとニヤケ顔で告げる。あらら、二人に感化されて思考がそっちに行ってしもたみたいや、ほんま若い子には当てられるなぁ。


 と、向かいのエレベーターの到着音が鳴る。空きかけたドアをすり抜けるように飛び出してきたのはななみんだ。周囲をきょろきょろと見渡し、私たちの姿を見つけると一目散に駆けてくる。なんや、えらい慌てとるみたいやけど・・・・・・


「大変よ! 天野君と鐘巻さんが居なくなってる!!」

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