第43話 様々な民話の地へ

「じゃあ、医療の進展と天野の未来を祝って、乾杯!」

「「かんぱーいっ!」」

 高校時代の恩師である岩城先生の音頭の元、ボランティアチームの全員がグラスを打ち鳴らして状況の好転を祝い合う。医療班による橘ワクチン接種から三日後の夜、時間的にも精神的にも余裕のできた未来君と私は、お世話になっている”時遡プロジェクト”のボランティアの皆の為にと、ささやかな慰安会を開いていた。


「いやー、これで目途が立ったってもんだよなぁ」

「まだまだ油断は出来ないけどね、でもホント医療班の皆さんは凄いよ」

 中学時代からの友人である本田君が未来君の肩を叩いて上機嫌でそう話す。その横ではやはり元クラスメイトのせっちゃんこと川奈 潺かわな せせらぎが嬉々として向かいにいる未来君のご両親にお酌をして回る。


「しっかし、まんま同窓会よねー」

「えー、自分だけお酒飲んでるくせに、それ言うー?」

「へっへー、私もう二十一歳だもーん」

 上機嫌でビールジョッキを空にしたななみんがツッコミにそう返す。彼女だけは高校生を二回繰り返している言わば年齢詐欺なのだが、確かにこの場には岩城先生をはじめとして、かつての国分寺高校のクラスメイトの仲良しグループが集結していた。私と未来君に関わった面々との縁を、時遡の呪いが繋ぎ続けているのはなんとも奇妙なものだ。


 かつては全ての人とすれ違うだけだと思っていたこの呪いは、人を頼るだけでここまで違った形になるんやなぁ。


「渡辺の奴が居ないのが残念だよな」

 本田君が唐揚げを頬張りながらそうこぼす。未来君の同期として藍塚製薬に入社した渡辺一馬君は今、古代史研究家の門田さんの付き添いで東北に出向いている。実は明日から私と未来君、そしてななみんと鐘巻さんは飛騨にいる山伏さんの所を経由した後、彼らの所に赴く事になっているのだ。アイツにあったらよろしく頼むよ、と未来君に伝言を頼む岩城先生。

 

「で、ここからは私も同伴させてもらうわねー」

 そう言って取材パスを掲げたのは広報担当の宮本さんだ。小説家を目指して出版社に就職した彼女は、プロジェクトの発足から私や未来君のドキュメンタリーを雑誌に掲載し続けている。とはいえここまではどこか先の見えない、というか彼女の描きたいハッピーエンドが見えてこなかったのでテンションも下がり気味で、記事の打ち切りの話も出始めていたらしい。


「よーやくいい方向に向かい始めたんだから、もうこれは密着取材するしかないでしょ」

 彼女曰く私と未来君の物語をいつか小説化して、ベストセラーを目指す野望を燃やしているそうだ、人をネタにするのは正直勘弁してほしいんだけど、未来君自身が結構乗り気やからなぁ・・・・・・

「徳島県が舞台の小説や映画、漫画とかアニメってあんまり無いからねー」

「そう、まさにそれ! 何としてもこの阿波の国をこの”時遡物語”の聖地にするのよ!」

 そう拳を突き上げて力説する宮本さん、どちらかと言うとラノベ気味の物語を書く彼女が目指す方向がなんとなく透けて見えるわ。



 三日前に”橘ワクチン成功”の報がネットメディアに流れてから、時遡プロジェクトを取り巻く環境は一変した。世界中の医学者が匙を投げた時遡病の思わぬ治療方法の発見に、再び世界の野心家たちが色めき立ったのだ。

 失われたかと思っていた不老不死の野望、諦めざるを得なかった難病への応用、そして無駄になったかと諦めていた群衆資金調達クラウドファンディングの出資者たちの歓喜、藍塚製薬会社の株式の高騰など、あらゆる方面に向けてプロジェクトが大きな活性化を見せていたのだ。


 私と未来君が休暇を継続できたのも、実はマスコミや野次馬の粘着をかわす狙いもあるみたいや。情報操作のエキスパートの三宅修一郎さん(元警視庁公安部の情報処理担当)の力を借りて、未来君はあくまでも藍塚の奥深くで面会謝絶になっている事にしてもらっている。何せ今の未来君は見た目が中高生まで若返っているけん、一カ月前の記者会見の当時とは完全に別人と化しているのだから身内以外にはバレようもないんや。

 まぁそれでも未来君の呪い目当てに動向を探ろうとする組織なんかも居ないとは限らないんで、変わらず鐘巻さんが同行する事になっている。彼の周囲に対する警戒や人を見る目は抜群やし、未来君にしても頼れる年配の男性が身近にいるのは安心できるやろう。



 そんな訳で、久々に懐かしい友人たちと旧交を温めた翌朝、私たちはいよいよ四国を離れ、古代の民謡と伝説が伝わる地へと赴くことになる。まずは飛騨で修行している山伏の天仙院白雲てんぜんいんはくうんさんの所を訪れ、その後で宮城に滞在している門田さん達と落ち合う事になっている。

 時遡病の進行が橘ワクチンによって食い止められたとはいえ、まだまだ根本的な治療、解決には至っていない。そしてプロジェクトの誰もがその根本的な原因は病気ではなく”呪い”の側にあるという予感を抱いている。なればこそ山伏修行者の白雲さんと、民謡や伝承の専門家である門田さんに会えば、何か手がかりを得られるのではないかとの期待感が強かった。


「これを持って行ってくれ、マルガリータさんが記した占星術の結果が記してある」

 そう言って一冊のノートを渡してくれたのはピーター君だ。彼はマルガリータさんがあの剣山で見た現象を記録、解析して貰って、それをわざわざ日本語に訳して書き留めてくれていたのだ。


「白雲さんと門田さんに是非見て欲しい、との事だ」

 同じ高齢ベテランの霊的要素の専門家同士、通じるものがあるのだろうか。プロジェクト発足当時から彼ら三人はよく話し合い情報交換を続けていたようだ。

「ありがとうございます」

 ノートを受け取り、ピーター君に頭を下げる未来君。いくら語学に堪能なピーター君とは言え、世界最難の言語である日本語に訳するのは一苦労だっただろう。そう考えたら未来君が時遡の呪いを受けてから、世界中に向けて広く協力者を募ったのは、決して間違ってはいなかったんやなと思う。


 ちなみに例の医療ガンと細胞弾は、宮本さんを除く四人全員が所持している。いつあの魔法陣が発動するか分からない以上、迅速に対応する用意が必要なのだ。そのせいもあって飛行機には乗れない(金属探知機で引っかかる)ので、バスで新神戸まで行った後に山陽新幹線で名古屋まで行き、そこからJRを使っての長旅になる。元々休暇を利用しての旅なので急ぐ事もなく、あわよくば道中でも何か呪いを解くヒントが見つけられるかもしれない・・・・・・まぁそんなに都合のいい話もないやろうけど。


「明石海峡大橋、神戸、名古屋、高山、飛騨、そして東北っ、ああもう聖地山盛りじゃないっ!」

 なんか宮本さんはテンション上がりっぱなしなんやけど、大丈夫かいなこの娘。


「じゃあ、行ってきます」

「お土産楽しみにしといてな」

 松茂町のバス停まで見送りに来てくれた未来君のご両親と柊さんにそう告げ、高速バスに乗り込む。

「楽しんで来い」

「行ってらっしゃい」

 そう送り出してくれる面々。未来君の所在がバレるとあかんので見送りは最低限の人数なのだが、彼らを代表してきてくれた三人は他の面々の分もと、笑顔を絶やさないでいてくれた。


 さぁ、旅に出よう。私の長き”登紀時間”の総決算の、そして彼の、ふたりの”未来”の先を見る為に―

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