第42話 橘ワクチン
事態を報告する為、剣山から藍塚本社に戻って来た私たちを出迎えたプロジェクトリーダーの三木専務は、さすがにいきなり幼くなった未来君を見て驚きの息をつく。
「報告は受けてたけど・・・・・・改めて見ると驚くわねぇ」
考古学資料館と剣山で立て続けに”呪い”を受けた未来君は、わずか三日で当時の青年の姿から中高生あたりまで若返ってしまっていた。あの天王星の輪の魔法陣が発動している間は、彼の若返りの呪いは恐ろしい速度で進行してしまう。しかもその呪いの魔法陣を自分たちの手で制御できないとなれば、いつ彼の”残り時間”が失われるのかすら分からないのだから。
「とりあえず一度病室に戻るわよ、医療班のみんなが待ってる」
そう言われて私達はお馴染みの十二階の病室に向かう。未来君はたとえこのまま若返り続けても手がかりを追う方を優先したがっていたんやけど、さすがにその暴走は皆で止めざるを得ない。まぁ彼にしてみれば一か月カンヅメになっていて、ようやく出られた病棟に舞い戻るのは精神的にしんんどいっていうのもあるんやろうけど。
「おお、お疲れさん天野君、そして皆さんも」
病室には医療班のリーダー橘医師を始め、Dr.リヒターや、
「話は聞かせてもらった、後は任せて貰おう!」
自信満々でそう語る橘さんに、ななみんは「えー」という嘆きを出してジト目で固まる。確かに発足から一か月なんの成果もなかった医療班が、この三日でそんな画期的な成果を出すとは思えないし・・・・・・
「さぁ、医療班として反撃の一手を打たせてもらうよ、ついに新開発”橘ワクチン”の出番だ!」
「「橘ワクチン?」」
「リヒターさんの新薬”リヒター”に習って、私の名前を付けさせてもらったよ。
どうも信じられない話である。ほんの三日前までこの医療班は光明が全く見いだせず、どこか沈みがちの空気があった。そもそもそんなワクチンを作っていたなら、もっと早く希望が持てとったんとちゃうん?
テーブルに向かい合って座る私達と医療班。まず口火を切って王さんが話し出す。
「曰く、最強の矛で最強の盾を貫くとどうなるか!」
いきなり格言っぽい事を、大仰なポーズを取って言い出す王さん。いかにもなチャイナお団子ヘアーの彼女が言うと、なんか医療と別方向に話が進んでいる気がするわ。
「矛盾、ってヤツですよね、それが?」
「そう、Mr.アマノ。君は日本人だが、コミックは読むかね?」
そう続いたのはベルッティ君だ。フィンランド人らしいプラチナブロンドの髪をかき上げる絵になるポーズで、全然サマにならないセリフを吐くのがなんともシュールだ。
「日本のコミックやアニメはいいねぇ、素晴らしい文化・・・・・・っと、話が逸れたね。ほら、よくあるだろう。日本の格闘漫画やアニメで、達人が素手で相手の体をぶすりと貫くってのが」
「ええと・・・・・・例えば恋敵の胸に七つの傷を刻むとか、あんな感じですか?」
ちょっと古いけど日本の超有名な漫画のネタを持ち出す未来君に、彼らは皆うんうんと頷く。
「それそれ。まずはそんなイメージを思い浮かべて貰いたい」
私たちは彼らの態度に全員がハテナマークを浮かべていた。特に高齢のマルガリータさんにとってはかなりチンプンカンプンな話やろう・・・・・・まぁ私も高齢なんやけど。
「仮に天野君、君がそんな技を使えるとしてだ・・・・・それで
一瞬固まった後、その絵面を想像する。自分で自分の体を貫いたら痛いし大事やろうって。いや未来君は呪いのせいで・・・・・・あれ?
「えっと、僕の体は一秒ごとに一秒前に戻るから、貫いた胸はすぐ直って、突いた指は体内に無かったことになるから、そのまま失われて」
「その指も君の体だよ、一秒前に戻ったら体内で失われないねぇ」
「「あ!」」
なるほど確かに矛盾だ。もしそんな事態になったら時遡の呪いはどういう効果を発揮するのか分からない。ほなけどなんぼなんでも、その仮定には一つの無理があるやろ・・・・・・
「でも僕はそんな拳法使えませんよ」
そらそうや、というかどんだけの修行を重ねたらそんなん出来るようになるんや。ななみんや鐘巻さんもうんうん頷いている。
「で、だ。半月前に未来君から体の一部を採取させてもらったのを覚えているかね?」
橘さんの言葉に未来君がうへぇ、という顔を見せる。あああれや、確か半月ほど前に完成させた特殊な医療機器? で彼の左腕の皮と肉を薄くえぐり取ったあの機械、さすがにあれはえげつなかったわぁ。何しろ彼から採取できる細胞は基本、体の外側の表皮や粘膜、髪の毛や爪くらいのもので、針やメスを入れれば一秒で失われてしまうんやから体内細胞や血液を採取するのは困難だった。
それを解決するために橘さんの設計で開発した”肉削ぎピーラー機”とも言うべき機械で未来君の肉と皮を5センチ四方、深さ5mmほど削ぎ取る事に成功したのだが、その時は未来君もさすがに痛そうな顔をしていたし、取り出された肉と皮を見て顔をしかめてもいた。まぁ彼の腕はすでに呪いで直っとったんやけど。
「あの肉の細胞、調べてみたら時間を遡る症状は出ていなかった。なので仕方なく冷凍保存していたんだが、君が旅に出たので思い出して引っ張り出して色々試してみたんだよ。結果、それを特殊な溶液に一定の温度で浸していると、何と再び時間を遡って細胞が圧縮され始めたんだ」
「・・・・・・マジっすか」
ななみんが驚くのも無理はない。これで
「特殊な溶液っていうのは?」
「人間の体内に極めて近い状況を作り出す液体さ。幸い藍塚製薬はアルカリイオン飲料を取り扱う、その手の専門会社だからね」
酸素六割、炭素二割、水素一割、他カルシウム、マグネシウム、ビタミン等を混ぜ込んで温度を36℃に固定して安定させる事で、未来君の細胞はそれ自体が独立して逆再生を再開させることに成功していたのだ。
「で、先程の矛盾の話さ。もしこの細胞を天野君の体に埋め込んだら、どうなると思う?」
未来君の体に入った異物は一秒後には無かったことになる。でもその細胞も一秒前の状態、つまり無くなる前の状態に戻る。つまり・・・・・・
「もしかして・・・・・・時間を、遡らなくて、済むんですか!?」
未来君の言葉に、医療班全員がにかっ!と笑って親指を立てる。その返信に私たち全員が、がたがたっ、と椅子を跳ねて立ち上がる! まさか、まさかこんな治療法があるやなんて!!
「取り出した細胞同士でその事は立証済みさ。ただ時遡病が止まれば、君の体は普通に体内の異物を何らかの形で排出するか、または取り込むだろう。なので効果はせいぜい数時間から数日といった所だろう」
黒人医師のヤボ・ケイツリ君がそう付け足すと、一同はなーんだ、と少々の落胆を見せる。でも考えてみればたった三日でここまでの成果を出したのなら、これからさらに研究開発を続ければ、恒久的にこの病を押さえることが出来るかもしれない、確かに大きな前進には違いない。
診察台に寝転がる未来君に皆が注目する。左手を消毒ガーゼでぬぐい、小型のピストルのような医療器具を手にした橘さんが、その使い方を解説する。
「この医療
「その弾丸、とりあえず30発ほど用意してますよー」
王さんがずらり並んだ試験管の木枠を見せてそう続く。
「ほな・・・・・・あの魔法陣が出た時にこれを撃ち込んだら、遡りを止められるん?」
私のその言葉に愕然としたのは、ピーター君の通訳を通して聞いたマルガリータさんだった。彼女が絶対だと思っていた呪術を医学が凌駕するその瞬間に、彼女がそして全員が固唾を飲んで見守っている。
「では、行くよ!」
ガンの銃口を未来君の腕に押し当て、引き金をカチッ、と引く。
-パシュッ-
小さな音が響き、彼の腕が小さく跳ねる。ほどなく打ち込んだ場所に血が滲み、小さな赤い球を浮き上がらせる。一秒、二秒、三秒・・・・・・そしてそれは止まる事無く膨らみ続けている。
「痛みが・・・・・・止まりません! 成功ですっ!!」
言葉とは裏腹に、歓喜の表情と声で未来君がそう言いはなった時、医療班の全員が一斉に飛び跳ねて歓喜の雄叫びを上げる!
「うおぉぉぉーっ!やったぞぉーーーっ!!」
「ざまぁみろー、何が呪いだコンチクショーっ!」
「やったやった、やっと成果が出たよー!」
「っていうか、ワクチンっていうより血清に近いねぇコレ」
そう突っ込んだのは鐘巻さんだ。確かにワクチンは病原体そのものを撃ち込んで体に抵抗力を持たせるもので、病人の体内から直接抗体を取り出して使うこの方法は血清の方がしっくりくるかもしれない。
「まぁ、細かい事はいいじゃないか、これでアマノ君も休暇を続けられるんだし」
リヒターさんの言葉に、全員がえっ? という顔をする。
「この銃と弾を持って行けば、その魔法陣とやら出ても撃ち込めばいい。幸いにしてアマノから採取した細胞はまだまだあるし、研究に君がここにいる必要はあまりないんだ」
「ま、せいぜいデートの続きを楽しめばよろし」
そう言ってウインクする王さんの横で、ヤボ君が少々渋い顔をする。私はその時知らなかったけど、彼は命の恩人である私に憧れていたそうで、未来君に少々嫉妬しとったみたい。
「みなさん、ありがとうございます!」
医療班に深々と頭を下げる未来君。ここまで具体的な対策が一切なかった
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