第46話 奮闘の結末は?

「じゃあここで待っとりゃあすよ、料金メーターは継続にしよみゃあで、いなくならんにしてちょーよ」

 タクシーの運転手がサイドブレーキを引きながらそう言う。僕たちは「ありがとう」と礼を言いつつ、手付けの一万円をドライバーに渡して車を降りる。


 第六天魔王書店。全国にチェーン店を持つ、いわゆるアダルト雑誌や同人誌を取り扱う大手の書店だ。店内の八割以上が18歳未満立ち入り禁止の店であるというだけで、ここがどんな趣向の店かは分かる、言ってしまえばエロ本を買うにはうってつけの店なのだ。

 駐車場から駆け出して店内に飛び込む、事前のネット調査で中のレイアウトは確認済みだ。

「私は奥に入って10冊ほど見繕うから、君は入り口付近でグラビア系のを5~6冊頼む」

「わかりました!」

 鐘巻さんはそう言ってアダルトコーナーへの暖簾のれんをためらいなくくぐる。でも見た目中高生くらいの僕、天野 未来あまの みらいは18禁コーナーには入れないので、カウンター付近にある全年齢対象の雑誌からチョイスすることになる。

 雑誌購入の目的である天仙院白雲てんぜんいんはくうんさんのお弟子さんの中にも18歳以下の子供たちが何人かいる為、彼らの為の本を選んで買うのが僕の役目だ。


「えーっと、これは駄目。こっちもちょっと・・・・・・これならいいかな」

 数冊の本をぱらぱらとめくりながら、出来るだけ綺麗でセクシーな女の人の写真が写っている雑誌を選んでいく。とはいえ自分の趣味に合っている訳じゃない、僕の感性では神ノ山登紀かみのやま ときさん以上に魅力的な女性なんて居なかったから。

 それでも友人の本田君や渡辺君が好きそうな半裸の写真が写っている雑誌を6冊選び終えた時、鐘巻さんが暖簾をくぐって出てくる。

「こっちは終わったぞ」

「こっちもOKです、お会計を!」

 ドタバタでカウンターに本を置く僕らを見て店員さんも少々引き気味だ。でも僕たちには時間がない、出来るなら登紀さん達が温泉につく前に先に戻って、湯上りを装って出てこられるのが理想だ。鐘巻さんが万札を叩きつけて釣りとレシートをポケットにねじ込むと、店のドアを開けて駆け出す。


「毎度ありー」

 背中でその言葉を聞きながら再びタクシーに向かう。後ろの座席に飛び乗って「最初の温泉まで!」と鐘巻さんが指示を出し、同時にスマホで登紀さんの現在位置を映し出す。僕はカバンの中身を全て出し、買ってきた本を底に詰めてタオルを敷き、その上に下着などの着替えを置いていく。これなら女子三人に発掘される心配はさすがにないと思う・・・・・・多分。


「まずいな、向こうが先に温泉に着きそうだ」

 スマホのGPSを見ながら鐘巻さんが苦々しくそう告げる。今自分たちは温泉に入っている事になっているので、もし鉢合わせたらアウトである。彼女らがそのまま温泉に入ってくれれば問題は無いのだが、もし未だに自分たちの行動を疑っていればマズい事になる。

「どうします?」

「なぁに、手はあるさ。これ被っときなさい」

 渡されたのはベレー帽だ、こんな簡単な変装で見つからずに済むとも思えないけど、何もしないよりはマシなのかな?


 かくして竜泉寺温泉に舞いもどり、タクシーの運ちゃんにお金を払って下車すると、少し離れた所から慎重に温泉の玄関ロビーを伺う。

「・・・・・・やはりな、ロビーの際のソファーで三人が張っている」

 その鐘巻さんの言葉に目を凝らすと、確かにガラス張りの玄関の向こう側に登紀さん達三人が座っている。僕たちの出待ちなんだろうか、それともこちらの不審な行動がバレているのか・・・・・・。


「どうするんです? いっそもう正直に話したほうが」

「いやいや、もう引き返せない所まで来ているのだよ。なぁに手はある」

 なんか鐘巻さん今までになく楽しそうというか、妙に生き生きしてるなぁ。元刑事の血が騒いでいるんだろうか。


「よし、アレだ」

 そう言って彼が指さしたのは駐車場に入ってきた大きな観光バスだ。この温泉は大きなスパリゾートになっていて、他にも多くのバスが並んでいるほどに規模が大きい。

「あのお客に紛れてロビーを通過するぞ。いいか、決して顔を隠したり、人の影に隠れたりするなよ、あくまで自然に、だ」

 諜報活動のスペシャリストである彼曰く、集団の中での不自然な動きは何より明るく目立つらしい。あくまでも自分たちはツアー客として、楽しみにしていた温泉に来た気分にならないと、姿を隠すことは出来ないのだそうだ。


 バスの脇に辿り着き、降りる人達に紛れる。僕は集団の前の方、鐘巻さんは後方について、万が一にも僕と鐘巻さんを同時に見られないようにする。こうすれば最悪見つかっても、他人の空似でスルーされる事もある。


 ベレー帽を深くかぶってロビーに入る。心臓の音がドクンドクンとやかましい、手に持ったバッグの底の本が足に当たって、その存在を思い出させてしまう。頼む、バレないで・・・・・・っ!


 入り口から男湯までの距離は、僕の人生の中で一番遠い50メートルだったかもしれない。そこを潜り抜けた時、思わず「だはーっ」と息を吐き出した。ああ緊張したなぁもう。


「さて、すぐに上がるぞ。もうかれこれ40分は風呂に入っている事になっているからな、男の長湯と思われたくない」

「ですね、僕としてもとっとと疑いを晴らして、みんなと合流したいし」

 ロッカーにカバンと服を放り込んで、風呂場の脇にある”かかり湯”を2,3回頭から浴びてすぐ出口に向かう。湯上りを演出するためにも体が多少なりとも濡れている必要があるのだ。これなら疑われることは無いだろう。


 改めて服を着こみ、最初に放り込んでおいたスマホを見る。さすがに着信が三つほど入っていて、ふたつが登紀さん、一つは三木さんだった。やっぱ心配かけたかな? でもそれだけだって事はどうやら普通に温泉に来た事で収まりそうだ、抜け駆けしたことには嫌味の一つも言われそうだが。


「あー、いたいた。やっぱ温泉入ってたんだ」

 ロビーに出た途端に三人に見つかる僕たち、というよりは見つけてくれなきゃ困る。

「もー、心配させんといてなぁ」

 登紀さんの言葉に胸がずき、と痛む。そんな僕の心理を察してか、鐘巻さんがフォローを入れる。

「なに、天野君のこの所の生活を考えたら、あまり周囲に身内のいない状態を作ってあげたほうがいいと思ってね」

「あー、それもそうねぇ」

「研究で一カ月間本社に拘束の後動物恐怖症の再発、魔法陣による時遡病の加速にワクチン接種による緩和、まぁ確かに物語の主人公みたいな波乱万丈よね」

 ふんふんと頷いて解説を入れてくれる宮本さん。この見事な会話の誘導のお陰で場はすっかり和んだ。そのへんのソファーに座ってしばし雑談モードに入る一同。自販機で飲み物を買ってティータイムと洒落込んで・・・・・・


「おーいたいた、お客さーん、コレ落としとったげなー!」

 宮本さんの背後にいきなり現れてそう声を僕たち・・・にかけてきたのは、誰あろうさっきのタクシーの運転手さんだ、あ、あがが・・・・・・やば!

「なに、レシート?」

 がたがたっ! と立ち上がってそれを奪おうとする僕と鐘巻さん。だがそれは無情にも宮本さんの手によって確保されてしまう。


「あーっ、これだ第六天魔王書店のレシート! 天野君たち行ってたんだ、ずーるーいー!」

 人目もはばからずに大声で名古屋人にはお馴染みのエロ書店の名前を読み上げる宮本さん、というかずるいって何なんだよ、流石と言うか。

「それって、エロい雑誌の専門店だよねー。一体いつ行ったの?」

「ほほう、詳しく聞こやないの、み・ら・い・くん♪」

 三木さんがジト目で鐘巻さんに迫り、登紀さんが横から僕の肩に腕を回して迫って来る。ああこれ詰みましたねー。



 結果、ホテルに帰った後、必死の弁明の甲斐もなく獲物はすべて白日の下にさらされ、たっぷりと彼女たちに吟味される事となった。

「鐘巻さんって守備範囲広いわよねー。ロリっぽいのから熟女の写真集まで」

「HAHAHA、仕事柄ワイフが持てなかったからねぇ、女性観に基準が無かったから仕方ないのさ」

「天野君、けーっこう濃い色の下着が好きなんだねぇ、黒とか青とか。トキちゃん参考にしたら?」

「だーかーらー! 僕が読むために買ったんじゃないってば!」

「でも選んだのは君の好みでしょ?」

 ぐうの音も出ない、ハイその通りでございます。


「ま、私達も少し未来君を追い詰めすぎやし、とりあえず勘弁したげるけど、これっきりにしといてや。ホンマに誘拐されたらどないするん」

「「誠に申し訳ありませんでした」」

 居並んで土下座する僕と鐘巻さん。やっぱ最初から事情を話して普通に買った方が良かったんじゃないかなぁ。


 結局、白雲さんの弟子さん達に渡すというのは信じて貰えた。今は没収されているが現場に着いたら渡してくれるとの事で、最低限の任務はクリアできたようだ。


「なぁアマノ、これからこっそりカブキ町にでもいかないか?」

「行きません、というかこの状況で見つからずに行けると思ってるんですか!」

 鐘巻さんは全く懲りてないようだった。どうやら彼は今日の獲物で発散するつもりだったらしく、没収されたせいもあって持て余し気味らしい。結局制止する僕を振り切って出かけたみたいだけど、彼が無事に本懐を遂げたかどうかは分からない、というか知りたくもない。


 さぁ、明日はいよいよ飛騨だ。呪術班最高責任者の白雲さんとの邂逅は、きっと僕の時遡病を治すためのキッカケになってくれると信じて、僕は眠りに落ちて行った。


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