第29話 バトンタッチ

「な、何? なんなのこれ!?」

 思わず声に出して叫び、一歩二歩後ずさりしながら天野君の方を見る。彼の足元が丸く輝き、まるで下からスポットライトを浴びているように照らし出される。

 彼の周囲に集まったみんなも私と同じように驚き、思わず後ずさる。そして、彼らは皆一様に、その光に照らされていなかった・・・・・・・・・・。自分の手を、足元を見る。やっぱりあの青白い光を受けてはいない、まるで天野君以外が彼と違う世界にいるかのように、薄暗い闇の中に隔離されているようだった。


 全員がその超常現象に冷や汗を流す中、伏せっていた天野君がその光に気付いて、日記帳を抱いたままゆっくりと体を起こす。あ、と呟いて立ち上がった彼は、その光の輪を見ても動揺はせず、ぐっ、とアゴを引いてその輪に注視する。


 そして、そのリングの外周から、ゆっくりと手が生えてきた・・・・・・・

「ひ、ひぃっ!」

「OH! My、God!」

 そのホラー映画のような光景に会長さんが腰を抜かして尻もちをつき、社長祖父専務祖母が寄り添って顔を引きつらせる。ドクター達はありえない光景に目を丸くして驚き、リヒター博士他数人は私の方に目を向ける。

「ミス・ナナミ。これが、貴方の言っていた・・・・・・」

 そう話を振られて思い出す。私が3年前に報告した『呪い』という言葉ワード、当時は信じなかった彼ら医学者は、目の前の光景を見てその考えを反転させざるを得なかった。

 天野君が足元から魔法陣を発し、その周囲を人の手が囲んでいる。これを呪いの儀式でないと断言できる人など誰もいないだろうから。



    ◇           ◇           ◇    



 僕は、この光を知っている。

 いつかあの神ノ山登紀さんの足元に発動した、あの赤い月と同じような無数のリングが、まるでフラフープのように僕の周りを覆っている。一歩身を引くとそのリングも動く。間違いない、あの時と同じ陣が、僕にもかかっているんだ。

 ほどなく、周囲からスゥッ、と手が生えてくる。そう、あの時と同じように。


 その相変わらず痩せこけた手は、ヒジまで生えて来た所で這い出てくるのを止め、代わりに何かを懇願するようにゆらゆらと揺れる。僕は右足を軸にして大きく左足を踏み出し、そのうちの一本を手に取って、それを優しく、でも力強く引っ張り上げた。


 出て来たのはあの時と同じ、背の低い痩せ細った子供だった。あ、と呟いてその少年は僕の方を見て『おにい・・・・・・ちゃん?』と目を丸くする。彼を立たせると、他の手に向き直り、手を取って一人づつ引き上げて、7人全員を輪の上に立たせる。


「久しぶりだね」

 そう声をかけた。彼らが3年前に見た、登紀さんに生け贄の呪いをかけた少年たちであることを確認するために。

『うん、おにいちゃん、かわって、くれるの?』

『いいの、ほんとうに』

 哀れを誘う程痩せ細った子供たちは、期待と不安を織り交ぜた表情でそう発した。そして僕は確信した、間違いない。この子たちが・・・・・・


「登紀さん、彼女はどうしてる? まさか、もう・・・・・・」

 あれから二年半、最悪もう彼女は”生け贄”にされてしまった可能性すらある。でもプロジェクトの皆さんは「マークしている」と言っていた。とにかく彼女の現状が知りたかった。

『ううん、まだ』

『いまは、とおいところにいるよ』

 その返しにほっとする。よかった、まだ間に合うんだ・・・・・・・・


「ねぇ、僕が代わったら、登紀さんはもう生け贄にならなくて済むのかい?」

 ヒザをついて彼らに目線を合わせつつ問いかける。そう、僕は約束していた、宣言していた。かつてあの日に彼女を、好きな人を救う為に。

『うん』

『のろいも、とけるよ』

『おおかみさまもいってた』

『おばあちゃんより、おにいちゃんのほうがいい、って』


 よかった。その言葉で意思が決まった、覚悟が出来た。そして、約束が果たせる。


 ふと周囲を見る。魔法陣の周りにはあの時と同じように、黒いフィルターがかかったような世界が広がり、さっきまで会議をしていた皆がこちらを見て驚きの表情をしている。その中のひとり、Dr.リヒターの顔を見て、彼の言葉を思い出す。

 うん、きっと、これなら!


 僕は立ち上がり、周囲の子供たちをぐるり一周して見渡した後、あの時の約束の言葉を紡ぐ。


「僕が、身代わりになるよ」


 その言葉と同時だった。僕の足元を囲っているリングが、まるで光のシャワーのように自分を青白く照らし出すと、その光に子供達が、そしてリングそのものが溶け込むように巻き込まれて、僕の中に吸い込まれていった。


 ややあって、僕の光が消えていく。周囲にかかっていた黒いフィルターが消える。最後に僕の胸、ちょうど抱きしめた交換日記から溢れていた光が完全に消え、そこには元あった会議室とみんなの姿があった。


 でもそこには一人だけ、さっきまでは居なかった人物が加わっていた。

「な、なんなんだ天野。今のって・・・・・・天王星の輪、だよな?」

 高校時代からの親友、当時は天文学部に所属して、同じ藍塚薬品に就職した渡辺君が入り口のドアの際でこちらを見ている。

「あ・・・・・・それよりお前、神ノ山さん覚えてるよな! ほらお前と付き合ってたあの子!」

 彼の驚きの声に僕は頷いた。そう、確かに三木さんの言う通りに、僕が思い出したからみんなも彼女の事を思い出したんだ。どうしてかは知らないけどそれが確信できた。


「ちょっと渡辺君、今は会議中よ!」

 三木さんの言葉に室内を見渡して、げっ!と言葉を吐く彼。まぁ会長社長専務に有名なドクター達、国際色豊かな面々が雁首を揃えて、しかも天野の周りを囲んで呆然としているのだ。さすがに場違い感から顔を青くすると「しっ、失礼しましたあぁぁっ!」と頭を下げて部屋から後ずさり・・・・・・

「待って渡辺君!」

 僕は彼を引き止めた。そう、今の今まで話し合い、ついさっき僕が受けた”呪い”は、その神ノ山登紀さんがずっと患っていた病気だったのだから。彼女を知る人は一人でも多い方がいいのだから。



「天野君、あなた、まさか、本当に・・・・・・」

 三木さんが不安げな表情でそう聞いて来る。ここに来て只者じゃないと思っていた彼女はどの程度事情を知っているのかは知らないけど、さっきの光景を見てそう聞いて来るところを見るに、どうやら呪いの部分まで理解しているようだ。

 そして僕は、彼女が案じている通りの事になっているのを確信していた。机の上にあるペン立てからカッターナイフを取り出し、刃をスライドさせて左手の人差し指の爪の根元にあてがうと、しゅっ、と刃を走らせた。

「げ!」

 事態が理解できない渡辺君が思わず声を上げる。でも一瞬見えたピンク色の傷口は、ほんの一秒の後には綺麗に消え去っていた。うん、思った通りだとカッターを逆手に持ち変えると、交換日記を抱えたままの左手の甲を前に出し、それを目掛けてナイフを勢いよく振り下ろした。


 ズン!


 衝撃と痛みと、渡辺君の「ひぃっ!」という悲鳴が響き渡る。骨の間をすり抜けた刃先は手のひらまで貫通し・・・・・

 そのまま、貫いた刃先がキィン、という金属音を響かせて床に落ちた。右手に持ったカッターはその刃を根こそぎ失い、僕の手には刺し痕も、血も全く無かった。


 口をパクパクさせて固まる渡辺君とは対照的に、周囲の皆さんは「おおおおお!」と僕の手に注視して声を上げる。自分たちが長年研究していた奇病、そのサンプルが目の前にある事に驚きを隠せない。そしてその病が呪いである事を今、目の前で見せられて考えを改めざるを得ないでいた。


「なんて、事を。そこまで、して」

 三木さんが頬を押さえて憐れみの目を向ける。あ、やっぱ彼女はかなり踏み込んだところまで知ってるみたいだ。だからこそ登紀さんに代わって呪いを肩代わりした僕にそんな目をするんだろう。

「分かってるの? あなたはこれから若返っていく、貴方はあと18年しか生きられないのよ、さっきあなたが言ったばかりじゃない・・・・・・ご両親には一体どう説明するつもり!?」

 ああ確かに。父さん母さんがこの事を知ったらさぞ驚くだろうな。でも、もう僕の方針は決まっている、やるべき事をやって結果を出す、いや、出してもらう・・・・・・んだ。



「Dr.リヒター。僕も貴方に習って、この病気と闘います」

 ドクターのほうを見てそう発した後、会長や社長に向き直ってアゴを引き、交換日記を胸に抱いて僕は宣言する。さぁ、始めよう、呪いに打ち勝つ為の日々を!



「僕のこの体を検体として提供します、思う存分調べて下さい!」

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