第30話 運命の朝
「ん・・・・・・はぁ」
朝日が差し込む窓の際、私はまどろみの中で思わず呟いた。ごろんと寝返りを打って枕に顔を突っ伏すと、そのまま足をばたつかせて見悶える。
「あーもう、未来君に抱かれる夢とか、
140年も生きて来た自分が初めて経験した『恋』という媚薬にも似た甘い経験は、未だに私の心に染み込んだ思い出になっている。この暖かな記憶があれば、自分が無くなってしまうその時まで幸せな記憶を反芻していけると。
しかし、まさか彼とベッドインする夢を見るなんて。思えば私の体はもう15歳相当まで若返っている、心はお婆ちゃんなのに体は若いせいで見る夢まで年頃の思春期の生娘になってしもたんやろか・・・・・それにしてもリアルな夢やったなぁ、懐かしい彼の体温まで感じてしもた。
私、
未来君と別れてから3年、私は今年からここの中学校に入学していた。もう同じ過ちは犯すまいと、私は根暗な独りぼっち少女を演じるつもりでいる。そんな学校生活は毎日が灰色で、ただ心の中で未来君の事を思い出す時だけ心に色が灯っていた。
そんな毎日が今日も始まる、そう思とった。
「おはよー、
「あ、おはよう。ご飯できてるわよ」
台所でエプロンを付けて朝食の支度をしているのは、40代半ばほどの女性、”
国分寺高校を去った後、私は考え方を変えた。あそこでの失敗を教訓に保護者をやってくれる人を探したのだ。
出来れば未婚の女性、それも今後結婚の見込めないある意味身軽な女性が好都合で、加えるなら少なからず私と顔立ちが似ている人が理想的だ。雇った後は血縁者として保護者を演じて貰わなければならないんやから。
そんな人物を探すために私は四国のあちこちの職業安定所を探して回った。自分はバイトを探しているふりをして条件に合う人を探し当てたのは、あれから半年後の愛媛のこの町やった。 柊さんはかつてホスト遊びに入れあげたことがあり贅沢が染みついとって、結婚も相手の年収に厳しく注文を付けていたせいもあり、当然の如く未婚のまま適齢期を過ぎてしまっとった。挙句パチンコにハマったらしく借金までしょいこんどって、こうして職安通いで少しでも割の言いバイトやパートを探している所やった。
「お仕事を探しているなら、割のいいのがありますよ」
子供の私に声をかけられ、疑念の目を浮かべながらも、背に腹は代えられないと話を聞いてくれた。まず借金の全てを開示して貰って、それを全部肩代わりするという私の言葉に、彼女は一も二も無く飛びついてきた。
私は彼女に自分の内情を伝えた。本来私は大お婆さんで、今も1歳づつ若返っている事。それは秒単位であり、ケガをしても一秒後にはそれが無くなる事を実演してみせると、さすがに信じざるを得なかったようだ。
「貴方には私の保護者を演じてもらいます、給料は月に20万、生活費は別に用意します。普段の生活は自由にしてもらって構いません、ただし参観日や面接など保護者として顔出しが必要な時にのみ動いて頂ければいいんです」
こうして空き家を買い取って、残りの人生は彼女に保護者をしてもらって過ごすことになった。探偵をやっていた頃のお金はまだ残ってて、もし私が死ぬまで面倒を見てくれたなら、残ったお金は全額好きにしていいという条件で彼女を繋ぎ止めようともした。
不思議なもので、一緒に暮らし始めた時はともかく、半年もすると彼女はすっぱりとパチンコと縁を切り、ちゃんと家事を切り盛りしつつパート等の仕事にも出向いていたのだ。彼女に必用だったのはお金よりも、人生を変えるキッカケやったのかもしれへん。
「ん、味噌汁おいしい。柊さん料理上手くなったよねー」
「
味噌汁を味わいながらそんな会話をする。地魚の塩焼きに舌鼓を打ち、ほかほかのご飯を口に入れて咀嚼する。うん、ほんま美味しいわ。
「なんか昨日から特に美味しくなったね、何かいいレシピ本でも見つけた?」
一緒に暮らし始めてから徐々に料理の腕前を上げ続けた彼女だったが、昨日の夕食からレベルが一段階上がった気がするほど美味しくなっていたので、思わずそう聞いて見る。
「体調がええけん美味しく感じるんじゃろ?」
自慢顔でそう言ってエプロンを外し、同じテーブルに座ってリモコンを操作してTVをつける。朝のニュースを眺めながらお茶を入れてすする彼女。
(体調、ねぇ・・・・・・私の体でもそんなことあるやろか)
一秒ごとに作り替えられる私の体は体調の良い悪いはあまり感じられない。でも確かに口からお尻までのいわゆる消化吸収機関は体の外側なんで、その限りではないのかもしれない。その部分が調子いいなら、ご飯が美味しいと感じる事もあるのかも。
『それでは次に四国のニュースです』
そんなニュースを聞きながらご飯とお魚を平らげ、最後に残った味噌汁のお椀に手を伸ばす。朝食が済んだら今日も退屈な日常や、また今夜も未来君の夢が見れるとええなと思いつつ、味噌汁をずずっ、とすすって・・・・・・
『徳島県の藍塚製薬会社からビッグニュースです。何と時間と共に若返るという奇病と、それに対する
「ぶふうぅーーっ!!」
飲み込みかけた味噌汁を思わず吹き出してしまう。何て? 時間と共に若返る病気、しかも発信元が・・・・・・徳島県っ!?
味噌汁だらけになったテーブルをほったらかしてTVにかじりつく。一体どういう事なんや、徳島にいる誰も私のそんな病気、いや呪いなんて知ってるはずがない。唯一事情を話した未来君も、その記憶を呪いで消したはず、ほんなのに、なんで?
『
画面が切り替わる。画面下には”衝撃映像注意”と書かれたテロップが見える。その画面の真ん中にいたのは一人の青年、右手にナイフを掲げ、左手の甲に狙いを定めている。
その人物を、私は、知っていた。
どすぅっ!、と手の甲に突き立てられるナイフ。レポーターが思わず小さい悲鳴を上げるのがマイクに入っている。でも次の瞬間ナイフは刃を失い、突き立てたはずの手の甲も、裏返して見せる手の平も、全くの無傷だった。
『それでは彼、患者の
TVを鷲掴みにして画面を見ながら私は震えていた。そんな、なんで、なんであの未来君が、この呪いを受けとるん?
「これは手品ではありません。僕の体は一秒ごとに一秒前の体に作り替えられているんです」
懐かしいあの声が、愛しいあの顔を映すTVから聞こえてくる。ああ、間違いない、未来君だ。私の大好きな、あの真っすぐな未来君だ!
「これは病気でもありますが、呪いの類でもあるそうです。なのでこの現象を研究したい方、治療方法や応用を用いて新たな医療技術を開発したい人や企業など、どんどんご参加をお願いします」
彼らしい、カメラに真正面から正対する姿勢でそう告げる。画面にはその件に関するホームページのアドレスと読み取り用のQRコードが表示されていた。
「どうか私を、この若返る呪いと病から救っていただきたいです」
最後にそう言って深々と頭を下げる彼。画面がスタジオに切り替わると、アナウンサーとゲストの「いやぁ、なんとも奇妙な話ですねぇ」などとのどかな会話が聞こえてくる、私にとってはものすごくどうでもいい会話が!
TV本体のスイッチを叩くようにして消すと、私はずんずんとテーブルに戻って箸立てにあるフェークを手に取る。そうだ、昨日から
意を決してフォークを左手に振り下ろす。でもそれは、ばしっ! という音と共に柊さんに手首を掴まれて、刺さるまではいかなかった。
「ちょっと、邪魔せんで!」
私の体は知っとるはずよ、と焦って激高する私に、柊さんは優しく笑って「これに
フォークを彼女に渡し、受け取った安全ピンを左手の甲、親指と人差し指の間につぷり、と差し込む。
痛い。でもそれは一瞬・・・・・・じゃなかった、痛みが引かない。当たり前だけど忘れていた、継続する痛み。
ピンを抜く。ぬるっ、と出てきた針は刺す前の長さそのままに、どこも欠けてはいなかった。そして抜いた所から血が玉を作り、それがどんどん大きくなっていく。
むちゅ、と左手に吸い付きその血を舐めとる。口を離して刺した部分を見る。間もなく赤い血が浮き上がって来る、私の唾液と混じっているせいか、今度は玉にならずに流れ、広がっていく。そして痛みも引かなかった、じくじくとした痛さが差したか所から、刺した時からずっと途切れなかった。
「私の・・・・・・呪いが、消えた?」
どうして、62年も付き合ってきた自分の呪いが、いともあっさり無くなっとる。
『
「まさか、まさか、まさか・・・・・・・まさかっ!!」
まさか、を言葉にするたび、それは確信に変わっていった。私の呪いを私に代わって引き受ける人物なんて、どう考えても一人しかおらへん! たった今見たTV、そして三年前の彼のあの言葉、もう答えは明白やないの!
行かなければ、彼の所に、今すぐに!!
「柊さん! 私今日学校休む! ほなけん柊さんも今日の予定はキャンセルして!」
私がそう叫んだ時、彼女はいたって冷静に荷物のカバンを肩にかけていた。
「私は予定通りに動くわよ。これから徳島に行くんでしょ?車出すから支度して」
そう言ってウィンクを返す柊さん。そしてポケットから四角い名札を取り出すと、それを自分のスーツの胸に刺して付けた。そこに書かれている文字は・・・・・・
”藍塚薬品・時遡プロジェクト営業、柊由美”
「柊、さん・・・・・・あなた一体?」
「詮索は後よ。さぁ、愛しの彼が待ってるわよ!」
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