第36話 七つのひみつ
朝、私と未来君は荷物を旅行カバンにまとめて出発の準備をする。夕べ
「にしても本当に真面目ねぇ、休暇中くらい全部忘れてイチャイチャすればいいのに」
呆れるななみんだが、当事者としては流石に忘れるわけにもいかないだろう。今この時も未来君の体は若返り続けているのだから。そんな彼の不安をケアするのも私の役目の一つだ。
加えて今の未来君は若返り続ける体のせいでEDになってしまっている。もしそういう雰囲気になっても、最後の一線は超えられないので逆に気まずくなりかねない、なので単に恋愛旅情ではなく何か目的があった方がいいのだ。まぁだからこそ会社も同伴を許可したんやろし、もし何か解決の糸口が掴めたなら万々歳だ、ええ雰囲気に浸るんはその後に取っておいてもええやろう。
「じゃあ、まずは資料館やね」
「行ってきます、父さん、母さん」
「夕べは本当にご馳走様でした」
両親に出発を告げる、これから荷物をななみんの車に乗せて、矢野町考古学資料館まで送ってもらう事になっている。ちなみに鐘巻さんは後部座席で高イビキをかいているので起こさないでおいた。多分徹夜で私たちの警護をやっとってくれたんやろうから。
「気をつけてな」
「土産話、楽しみにしてるわよ」
名残を惜しんで出発する私達。次にこの家に来る時は、もう何も悩み事のない状態で来たいもんやなぁ。
「お! 来たな」
矢野町資料館に到着すると早速水原さんが出迎えてくれた。入口の大きな立て看板に”時遡プロジェクトチーム研究中・ご協力をお願いします”と書かれている。駐車場には何台か大型トラックが止まっていて、荷台の横ウィングを開けた状態で技師らしき人たちが中に積まれた機械を操作していた。この資料館では歴史研究科、
「今、大萩さんが展示品をひとつひとつ調べ直してるんだよ。何か見落としが無いか、X線の機械まで持ち込んでな」
こういう調査の時に実力を発揮するのが遺跡発掘員の仰荻さんだ。普通の人が出土品を不用意に扱うと、最悪破損のケースまである。特に陶器や書物なんかは動かすこと自体がリスクなのだが、そこで専門家の彼の出番だ、今も展示品を次々とレントゲンで調べているらしい。
「・・・・・・ほういえば」
ここの展示品といえば思い出すものがひとつある。手のひらくらいの大きさの焼き物に、三角形に三つの穴が開いた、まるで人の顔を模したような陶器。あれは確か埴輪の顔部分か、あるいは身代わり地蔵として川に流されて災厄を鎮めるためのものだったか。
「あー、あったねぇ。アレに天野君の呪いを移せたら万事オッケーなんじゃない?」
「なんか、風邪を人に移すと治る的な発想だね」
ななみんの言葉に未来君が呆れる。でも生け贄の身代わり品なら確かに何か手掛かりになるかもしれないと、研究しているトラックの傍らにまで来て仰萩さんの手が空くのを待つ。
「おー、来たね」
ようやく一息ついたと大萩さんがトラックから降りてくる。ベンチに並んで腰かけ、缶コーヒーを飲みながら話す一同。
「ああ、あの三つ穴の陶器ね。確かにハニワの顔部分じゃないかと言われているよ」
元々埴輪というのは、貴人の墓に道連れとして埋葬されていた従者や奴隷の身代わりに作られていた人形という説が有力だ。だったら今、未来君が患っている呪いが「生け贄」のための物なら、それを代わりに使う事が出来るかもしれない。
「よかったらそれ、見せて貰えへんかな?」
私の申し出に大萩さんは快く了解する。手の脂が付着しないようゴム手袋を付けて、X線撮影機の際においてあるトレーの上に置かれた数点の展示物の中から、例の陶器を静かに手に取る。
「なんか、この顔見とったら可哀想になってくるわ」
「あ、分かる分かる。なーんかこう、しょんぼりしてるようなのよね、埴輪の顔って」
三つの穴で両目と口を表現する、いわゆるシミュラクラ現象といわれるその顔は、どこか呆然としているような、哀れを誘うイメージがある。だからこそ理不尽に道連れにされる人の身代わりになれるのだろうか。
「僕にも、よく見せて」
手袋を履き終わった未来君がそう言ってくる。私は細心の注意を払ってゆっくりと、それを彼の手の平に乗せる。もしこのアイテムが彼の身代わりになれるなら、たとえどれだけ大金をはたいてでも、この発掘物を買い取って――
ヴンッ!
その瞬間、私達はいきなり闇に投げ込まれた。いや正確には周囲が一瞬にして薄暗いフィルターのような闇を纏い、私達五人だけが下からの光に照らし出されているのだ。
そして私は、私たちはこの光を知っている。未来君の足元から魔法陣のように浮かび上がる五重の青白いリングを!
「きた!」
「うっそ、本当に?」
未来君とななみんがビクッ! と反応する。
やっぱり、と私は心の奥で頷いた、かつてこの三人でここに来た時、当時呪いを受けとった私はこの陶器が妙に気になっとった、その予感はやっぱり間違ってなかった!
「お、おい天野、なんだよこりゃあ」
「これは、あの時の・・・・・・しかも陶器まで光っている?」
水原さんと大萩さんもしっかり”こっち側”に存在していた。足元からの光の輪に照らされながら、いきなりの非日常に驚きを隠せないでいる。
そして、魔法陣の端から、ゆっくりと手が生えてくる。
でもそれは、たった一人分のものだった。未来君は陶器を左手に持ち、右手でその手を引っ張り上げて、中にいた子供を魔法陣の上に立たせる。
「今日は、君ひとり?」
ヒザを付いて、目線を合わせて優しくそう語る未来君に、その幼い少女はこく、と頷くと、きびすを返して近くの山をすっ、と指差す。
「あっちに行け、って事?」
ななみんの言葉にやはり頷いて、そちらを眺め続ける子供。どうやらこの子達は魔法陣に縛られている存在みたいで、未来君が動かない限り移動する事が出来ないようだ。
「分かった、行こう!」
そう言う未来君の言葉に、ん、と頷いて、五人で少女の指さす方に歩き始める。周囲にいる人達には魔法陣や少女は見えないらしく、歩みを進める私達とすれ違っても特に反応はない。かつての会議室の時は外側の者も認識は出来とったんやが、今回は私達だけに姿を見せたんか、この呪いほんま器用やわ。
小道を抜け、登山道に入り、そこから獣道に逸れて進む。足場はおぼつかないが、その道には古くなったロープが張ってあるので、それを手繰って進めば思ったより順調に進むことが出来た。でも、どしてこんな所にロープが?
「大萩さん、こっちって・・・・・・」
水原さんが不安げな顔でそう問いかける。どうやら彼は先に何があるかを確信しているようだ。この張られたロープや、要所にある”立ち入り禁止”の立て札も、この先に何かがあったことを示しているんや。
「ああ、間違いない。この先は”矢野の古墳”だ。」
かつて銅鐸をはじめとする数々の出土品が出た地域の中心地、それがこの先にある矢野横穴式古墳だと言うのだ。板状の大岩を直方体に組み合わせ、その上に土をかぶせた簡素な古代の古墳、その洞窟に到着したのはさらに十分ほど歩いた後だった。
「はぁ、はぁ、一体何なんだよ、このオカルトは!」
水原さんが息をつきながらそう嘆く。まぁ謎の魔法陣の少女に導かれて封印された古墳に案内されるなんて、ファンタジーかオカルトの世界でしかあり得ない話だろう。
「ここに、何かあるの?」
未来君が少女にそう問う。その彼の左手に未だに持たれた陶器は、ぼんやりとした赤い光を放っていた。
少女は問いには答えずに、身につけていた毛皮か何かのワンピース状の衣服の袖の中に手を引っ込めて、そのまま服を真上に持ち上げて頭を抜き、その裸体を皆に晒した。
「うわ、ちょっと・・・・・・」
そこには不浄な欲望など入り込む余地のない程に痩せ細った躰があった。辛うじて言葉を発したななみん以外、全員がその過酷な光景に思わず絶句する。
少女は自分の服の肩掛けの部分を手の平に持ち、それを大きく上に掲げたポーズで固まっていた。それは服を脱いだというよりは、まるで自分の殻を外して、服と体の間の隙間をアピールしているように見えた。
その少女の体には、まるで壁画のような絵が、紋様のような筆跡で描かれていた。
「まさか、これは・・・・・・」
大萩さんがそう嘆く。その絵は何を描いているのかはこの場の誰も理解できなかった。だが彼だけは別の視点から、それが何を示しているのかを察していた。
「これが、ひとつめの、ひみつ」
そう言って毛皮のワンピースを下ろす、ふわりと末広がりに広がったスカートがたなびいて、にこりと笑顔を見せる。
と、足元の魔法陣が、少しづつ輝きを失っていく。それに伴ってその少女の体も、まるで薄まっていくように消えていく。
「え、ちょ、ちょっと!」
慌てて声をかける未来君に、少女は笑顔のまま、消える寸前にこう返した。
「ひみつは、あと、むっつ」
光の輪が消え、少女が霧散し、後には薄暗い洞窟の中に佇む五人の姿だけがあった。
「何だったんだ、一体」
はー、と息を吐いてごちる水原さんに、大萩さんが「気付かなかったのか?」と非難の言葉を投げかける。
「え・・・・・・何かわかったんですか?」
私はそう言って、未来君やななみん、そして水原さんと顔を見合わせる。今の一連の流れで何かピンとくるものがあったんやろうか?
「彼女のあの
水原さんの方を見てそう問う。あの服を脱いで上に掲げた姿勢に何か、秘密があるというのだろうか。
「え、っと・・・・・・なんとなくあの子、銅鐸っぽかったかなー、なんて」
なんか酷い事を言い出す水原さん。まぁ確かに見た目4~5歳の彼女は、ちょうど以前展示されていた銅鐸と同じくらいの背の高さだった。またワンピースっぽい毛皮の服だっただけに、裾が広がっているスカートはどこか銅鐸の足元を思わせる形をしていたんやけど、なんぼなんでもそれは・・・・・・
「正解だよ!」
「「えええええっ!?」」
大萩さんの言葉に全員が素っ頓狂な声で驚く。まさか、彼女が・・・・・・銅鐸?
「正確には彼女の服が銅鐸の”外型”、彼女の体が”内型”を示しているんだ、そう見えただろう」
「あっ、あああああっ! 確かにっ!」
水原さんが大声で驚いている。私達三人は話が飲み込めずに頭にハテナマークを浮かべるだけだった。
資料館に全力疾走で戻った私たち全員はそのまま鐘巻さんの車に飛び込む。なんだなんだと慌てる彼をよそに、ななみんがエンジンを始動し、車を回して駐車場から道路に飛び出す!
「文化の森の県立博物館でいいんですね!」
「ああ、あそこにあの銅鐸があるハズだ!」
ここまで戻りながら話してくれたのは『銅鐸の作り方』だった。外の型を土で作り、それを逆さまにした状態で溶けた銅を流し込んで固まるまで待つのだが、それだけでは巨大な文鎮が出来るだけで鐘にはならない。なので中抜き部分を作るための”内型”が必要になるのだ。あの少女は服を脱いで上にかざすことで、服を”外型”、自分の体を”内型”に見せていたのだ。
「じゃ、じゃあ、あの子の体に何か描かれてたのは・・・・・・」
銅を固める際に型取りするための土壁。もしそこに何らかの模様が彫られていたら、それに張り付いた銅にもその紋様が浮かび上がるはず、だったら!
「うむ!あそこから出土した銅鐸の
◇ ◇ ◇
赤い月が照らし出す深い森の中、一人の幼い少女が、すっ、と姿を現した。その場には他に六人の少年少女が居て、彼女をおかえり、と迎え入れる。
少女はその先にある黒い影に向かってこう発した。
「ただいま、
その声に応えるかのように、その黒い影はにやりとした貌を浮かび上がらせて、引きつるような笑みをこぼす。
―あと六つ、その時にこそ、
登紀も、七海も、鐘巻も、そして未来さえも気付いていない。
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