第69話 終わりの始まり
―次のニュースです。本日、梅雨前線の北上に伴い、九州、四国、中国地方の梅雨入りが発表されました。各地で水不足解消に期待が寄せられますが―
あれから十日、藍塚のロビーに流れるニュースが、六月に入ってすぐの四国の梅雨入りを告げる。今年は全国的に水不足で恵みの雨が望まれているが、唯一ここ四国の吉野川水系だけは真逆の心配を抱えていた。
「吉野川、大丈夫かなぁ」
十時の小休止に入った僕、天野未来はこの後の予定のために一階の会議室に移動中、そのニュースを耳にして思わず立ち止まった。毎年渇水が問題になる吉野川の早明浦ダムは、何故か今年に限って貯水率が100%を下回る事は無かった、特に大雨や冬場の大雪があったわけでもないのに、である。
もちろんそれ自体は喜ばしい事ではある、特に大きな河川のない隣の香川県ではこの水が生命線で、毎年夏になると「うどんを茹でる水が無い」という讃岐ジョークが定番になるほどで、この調子なら今年はその心配も無さそうだ。
が、地元徳島県民にしてみればそう呑気な事も言っていられない、何しろ吉野川はかつて『四国三郎』の二つ名を取ったほどの暴れ川で、歴史上何度も氾濫から洪水を起こして多くの人の命を奪ってきたほどだ。治水技術が進んで近年では大きな被害も無いが、それでもこの水量の状態で梅雨入りとなれば一抹の不安が心をよぎる。
ましてや僕たち時遡プロジェクトメンバーには、あの恐山で見た洪水とそれを阻止する為の生け贄の儀式がどうしてもちらついてしまう。あの頃とは時代が違うし治水も報道状況や警報の周知も万全、多くの人命にかかわるような事にはならないだろう、とは思うんだけど・・・・・・
「おつかれー」
「あ、未来君も、検査お疲れ様」
一階の第三会議室。ここは”時遡プロジェクト”の呪術班に割り当てられた部屋だ。返事をくれた登紀さんはじめ、多くの若者が数台並べられた高性能のパソコンの周囲に群がって画面を吟味していた。
「あー、この子、もうちょっと髪が長かったわね」
「こっちの女の子はもうすこし面長だっかな」
「OK、修正を何パターンかやってみるから選んで」
徳島に戻って来たボランティアの本田君と広報の宮本さんのカップルがCGデザイナーのアバ君に指示を出す。先日の水原さんとアバ君のコンビで作った身代わりの焼き物フィギュア、あの後の会議でどうせならひとまとめに所持できるよう、より小さなサイズで全員分作り、それを数珠のように首に巻けるアクセサリー風にしたらどうか、というアイデアが採用されたのだ。なので一人でも多くの人からデータを得ようと、彼らにも立体モンタージュの協力をしてもらっているのだ。
「で、せっちゃんとは未だ連絡つかないの?」
宮本さんが登紀さんと三木さんにそう問う。あの日東北で別れて一足早く四国に戻ったはずの川奈さんとは、あれ以来コンタクトが取れていなかった。まぁ彼女は香川県の大学に進学して寮生活だし、旅行に行ったせいで単位が危ないとの事だったので無理強いも出来ない。
「渡辺の奴、もうあっちに居付くんじゃね?」
東北で門田さんの世話役をしていた渡辺君はまだ戻っていなかった。向こうで知り合った門田さんの孫娘、金山洋子さんといいフンイキだったこともあり、このままくっついてしまう可能性は十分にある。
そんな事を話していた時、ピンポンパンポーンというチャイムの後、社内放送が流れる。
-社の皆様にお知らせします。只今、吉野川郡
「うわー、マジでか」
「夕べから降り続いてたもんねぇ」
心配事が現実になりつつあった、という面持ちで顔を見合わせる。梅雨初日でこの有様ではこれから先が思いやられる。
-これから本社は鴨烏地区の消防と協力して、土手に土嚢を積むボランティアを開始します。お手すきの方はふるって参加してください―
県内随一の企業である藍塚グループにとって、こういう時の奉仕活動は企業のイメージアップに欠かせない。ましてや自分たちの生活にも関わる問題なら行ける人が行かない選択肢は無いだろう。
「行こう!」
「ああ、俺達ってどっちかっていうと会社の利益に関わり薄いしな」
僕の言葉に本田君がそう返す。彼にとってはトレーニングにもなるし、柔道選手としての正道も考えてか、やる気満々だ。
「ちょっと、天野君行くつもり!?」
「ほうやなぁ、君は被験者なんやけん、万が一があったらあかん」
三木さんと登紀さんが嗜める。でも僕の決意は変わらない。
「万が一があったらダメなのはみんな同じだよ」
その言葉に全員がやれやれと息をつく、どうやらみんな納得してくれたみたいで、藍塚のロゴが入った雨合羽を手に玄関ロビー前、移動のバスに乗り込む。ちょうど医療班の皆も同じタイミングで乗ったようで、雨の中の時遡プロジェクト・ボランティアツアーみたいになってしまった。
「うわ、すっげ」
「ヤバいわねー、台風の直後ならこんなんもあるけど・・・・・・」
鴨烏地区の土手に到着。西城大橋のたもとの土手に立った僕たちは、川幅1キロはあるこの場所を埋め尽くす濁流に思わず圧倒される。既に水位は土手の半分まで上がっており、最悪溢れるとまではいかなくても水圧で土手そのものが決壊する危険性もある、ましてまだ梅雨は始まったばかりなのに。
「藍塚の皆さん、こっち!」
オレンジの消防服を着こんだ消防士さんに誘導され、大型のトラックに積み込まれた
誰もが雨に叩かれる中、泥だらけになって土嚢を運び、笛を吹いて誘導棒を振り、声を出す。
午後四時、ようやく土手一帯に土嚢が積み上がった。単に土手を超えた水を止めるだけではなく、降雨で緩んだ土手の土を締める効果や、興味本位で水位を見に来た人が誤って転落するのを防ぐフェンスの役目も果たす。充実した疲れの中にも一抹の不安を残しつつ、僕たちはバスに乗って藍塚に戻っていく。
「ふぃー、あったまるわぁ」
「まいったねぇほんと」
藍塚本社のロビーにて、参加者に振舞われたバスタオルとホットドリンクで濡れて冷えた体をケアする一同。僕も雨合羽を仕舞いつつ、濡れた頭をごしごしと拭く。
そのバスタオルの隙間に、見知っている顔をひとつ、見つけた。
「渡辺君! 帰ってたんだ」
さっき噂をすれば何とやら、東北にずっといたはずの渡辺君がそこに居た・・・・・・息を切らせて、切羽詰まった表情で!
「天野、大事な話がある。みんなを会議室に集めてくれ!」
◇ ◇ ◇
「なん、だって!?」
「うそ、せっちゃん・・・・・・が?」
勢揃いした呪術班の重鎮、門田さんや修行中のはずの
「俺だって信じたく無ぇよ、けど白雲さんの魔法陣がそう出たんだ、もしそれが事実なら・・・・・・」
―あの『おおかみさま』はあの時、当時の水害を、
―それを受け取るのが、龍神に見出されて『受け柱』となった、『
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