第68話 身代わりの身代わりの身代わり?

「ほういうこと、やったんやなぁ」

 しみじみとした心持ちで、誰に言うともなくそうこぼした。私があの時、生け贄の身代わりに選ばれた理由。それが今、心の芯から理解できた。


 私は普通の人のように、性交まぐわいによって生を受け、母親のお腹の中から生まれて来た存在やなかった。意図的に人の手で『作られた』存在やった。ほなけんくだんのおおかみさまは、私を何より生け贄の身代わりに適した『道具アイテム』として使おうとしたんや。


 ほんならやっぱり、あのおおかみさまは善なる存在なんやろうな。まっとうに生まれてきた貧しい子供達を救う為に、外法で作られた私を身代わりにしようとしたんやから。まして私は七十七歳までは真っ当に生きた、あの子たちは皆、十も生きられずに生け贄にされとったんやから。その上私はひとり、あの子たちは七人もおるんや。交換条件としたら私はこれ以上ない優良物件やないか。


「まぁ確かに、世界のどの伝承を見ても、生け贄の身代わりはそのクオリティが高い程優秀と言われているな」

 鐘巻さんがスマホを操作して世界中の生け贄の身代わりアイテムを検索する。それらはどれも腕のいい職人によって作られた像であったり、神聖な儀式を経て神が宿るとまで言われた護符やお札、またそれらを張り付けた人形だったりした。それらの出来を遥かに上回る『作られた人間』の私は、この上ない身代わりとなるやろう。

「ましてうちは徳島生まれ、しかも多分世界初の体外受精での子供や。おおかみさまもさぞ喜んだことやろなぁ」


「だがそうなると、どうして君からあのボーイに呪いが移ったのかが謎だな」

 そう、私が身代わりに選ばれた謎は理解した。ほなけどそれならまだまだ食い違う点がいくつもある、ひとつは未来君が身代わりわたしの身代わりになれた事。そしてあの恐山で見た過去、もうすでにあの時あの子たちは生け贄として犠牲になっているはずやのに、今更なんで生け贄の身代わりを欲したのか。あのときおおかみさまが言っとった「今はこれで限界」な言葉と関係があるんやろうか。


 ほなけんど、とりあえず今はそれより先に済ましときたいことがある。

「ほなら壮一、早速やけど今後どないするか決めんとなぁ」

「ええ!? それどころやないやろ、ばあちゃん!」

 驚く孫の壮一だがそんなことはない、呪いの問題なんか今日明日で片付く問題やないけど、壮一の現状は日々の生活の問題や。まずは衣食住、その他の事を考えるのは別に後でもええ。


「あーもしもし、柊さん? ちょっとすまんけど、頼みたいことがあるんやけどなぁ」

 近年、私の面倒を見て来てくれた柊由美ひいらぎ ゆみさんに連絡を取る。彼女には私の叔母を演じる報酬として、いずれは私の全財産を譲るつもりではいた。まぁそれは非公式な契約で、正式にそうするとなれば相続税やらなんやらでモメるけん、今の時点では保留にしとった。彼女がひそかに藍塚の社員になっとったんなら尚更ややこしくなるし。


「うん、うちの孫がおったんよ。ちょっと生活に困っとるんで、少しウチのお金を回してほしいんやけどなぁ・・・・・・」

「いや、だからいいってばあちゃん! そない気ぃ使いなや!」

 そんな私たちのやりとりを鐘巻さんがニヤニヤしながら見とる。まぁ会話の端々に何億円とか新しい家を建てるとかの単語が飛び交って、その度に壮一がひえぇ、という表情をしとるんが面白いんは分かるけどな。


 結局、柊さんが愛媛、吉畑町の家に壮一を引き取る事で話が付いた。柊さんにしてみれば私を世話する事で人生が上向いたのだから、今後も誰かと暮らしたほうが自分を律しやすいと思ったみたい。確かに昔は独り者で、ホスト遊びからパチンコにハマっとったくらいやからなぁ。

 壮一は最初、私の世話になる事を渋っとったけど、行き先が吉畑町と知った途端乗り気になった。あー、そういえばあの町は釣り人にとってのメッカやった、これがWin-Winという奴やな。


 そんなわけで呪いの件はひとまず引っ込めて、壮一の引っ越し準備や手続きをすませた時にはもう夕暮れだった。こっちの釣り仲間の皆さんに挨拶に行き、吉畑町に行く事を大変羨ましがられた。ちなみに鐘巻さんが釣りに挑戦して見事釣り上げた大物が今晩のおかずになったのもええ思い出になったわ、美味しかったー。



      ◇           ◇           ◇    



 壮一の件が片付くと、早速藍塚に戻って今回の件のミーティングに入った。これ幸いと医療班から解放された未来君、ななみんに加えて大荻さんと水原さんの地元コンビ、ピーター君にアバ君、そして鐘巻さんと三宅さんの不良警官コンビに旅の成果を報告する。

「そんな・・・・・・登紀さんが、作られた存在?」

 案の定、憮然とした表情でそう嘆く未来君。真面目な彼にしてみれば私の身の不幸を嘆きたいやろうけど、そのおかげで未来君とも出会えたんやないか、と言うと心も幾分和らいだみたいや。ほなけど彼、またちょっと情緒不安定になっとらん?

「あー、さすがにここ数日の医療班の大攻勢はねー・・・・・・見てるだけでもしんどかったし」

 ななみんがそう解説を入れる。橘ワクチン以降、世界中の研究者が息を吹き返したように発案、発明した医療法を片っ端から試しまくっていて、しかもそのほとんどが失敗だったんで少々サゲ気味のダウナーになっているのとの事。うまく行ってるのは今腕に巻いている『自動ワクチン注入バンド』くらいらしい。


「にしても、まだまだ謎は多そうだね」

 大荻さんんの言葉通りまだまだ見えてこない事柄は多い。どうして今更私が身代わりになったのか、それを未来君に移せたのはどうしてなんか、もしその時が来たら未来君はあの時代にタイムスリップして連れて行かれるんか、そしてあのおおかみさまは生け贄の『何』を食べるのか。

 そして残った『七つのひみつ』の最後の一つ。未だあの子供達からも示唆されていない謎。


「神ノ山さん、さっき『生け贄はリアルなほどいい』みたいに言ってましたね」

 水原さんがそう聞いて来る。そう、昨日も調べたけど生け贄の身代わりはそれに魂が籠っとるほどに効果があると世界中の伝承が語っている。

「だったら、こんなのはどうです?」

 彼は机の下から木箱を取り出し、それをテーブルの上に置いてフタを外す。中にあったのは緩衝材に包まれたひとつの焼き物なんやけど・・・・・・これって、フィギュア?


「どうです、この出来栄え。アバ君のCG技術と日本のオタク技術の結晶ですよ!」

 恥ずかし気も無しに机に立てたのは、ひとりの女の子の人形だった。でも、問題はそこじゃない、その人形の姿に私たちは確かに見覚えがあった!

「これ、あの呪いの子! 矢野の古墳で出て来た・・・・・・」

 未来君の言葉通り、それはあの矢野資料館から古墳まで私たちを案内し、自分の服を脱いで銅鐸の内の絵を示唆した少女そのものだった・・・・・・水原さんにこんな特技が?

「まさか、自分じゃ無理ですよ。3Dプリンタで型を作って、阿波セラミックに協力して貰って発注かけたんです。この出来なら身代わり人形として、おおかみさまとやらの眼鏡にも叶うんじゃないですか?

 手に取ってその人形を見てみる。確かにすごい精巧に出来ていて、ちゃんと服と肌の壁画まで再現されている。塗装も完璧で、何よりセラミック製なので陶器ながら破損の心配もない。もし私という存在がおらなんだら、現代技術の粋を集めた身代わりアイテムになるだろう。


「じゃあ、七人分用意しましょうか」

 ななみんがそう言って剣山で撮影した動画の入ったタブレットを取り出す。水原さんとアバ君は「ええー、やるの?」と困惑気味だが、何せ相手が呪いなんて言う不可解な現象だし、どんなに馬鹿馬鹿しく見えてもやれる事をやる価値はあるだろう。

「ヤブヘビだったぁー」

「あれを・・・・・・あと六体?」

 企画製作のふたりが嘆く。実はこれっきりと思っていて、かなり気合を入れて制作したそうだ。おかげで細かい体のディティールあんなところやこんなところまで再現されているので、下手をすると性犯罪者一歩手前になりかねないかも・・・・・・


「私や未来君の代わりになれるように、頑張りや~」

 笑顔でひらひら手を振って二人を焚き付ける。まぁそれで身代わりになれるとも思わんけど、一応おおかみさまとやらに交渉してみる材料にはなるやろか、もしほうならやる価値はあるやろ。


「じゃあ神ノ山のも作って貰ったらどうかね?」

 鐘巻さんの発案に全員が「んなっ!?」と反応し、未来君が「絶対に、ダメーっ!!」と叫ぶ。というか心配せんでもそんなもん作らせるかいな、ほんまにもう!


 ちなみにその時、会議室の外で通りすがりついでに聞き耳を立てていた医療班の面々の内、若手のヤボ・ケイツリ君(私に惚れているとの事)が鼻血を吹いて倒れたそうや・・・・・・なんなんな。

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