第67話 神ノ山登紀の秘密
「やっぱり、登紀ばあちゃんか! 久しぶりやなぁ、こんなに別嬪さんになってもうて!」
「壮一、壮一なんやな! あらもうえらい立派になってぇ」
海辺の堤防で肩を掴み合ってそう喜びをあらわにする
「おーい神ノ山さん、目立ってるぞー」
鐘巻のツッコミに、あっ、と我に返る登紀。確かにこの状況では周囲の不信を買うのは明白だ。壮一老人の方もそういえば、と気を直し、慌てて釣り道具を撤収して、三人は逃げるようにその場を後にした。
「しかしまぁ、お互いよく分かったもんだ」
近くの喫茶店に入った後、私と壮一を交互に見ながら鐘巻さんが感心したようにそうこぼす。確かに九歳から七十三歳まで年齢ワープした彼を一目で孫だと見抜く登紀も登紀だが、それ以上に自分の祖母が十代半ばになった姿を見て、孫やひ孫と思わずに即本人だと見抜く壮一の眼力にも驚くばかりだ。
「いや、儂は知っとったけんな、登紀ばあちゃんが若返る体なんは」
壮一は語る。彼は父である孝道に、登紀ばあちゃんが呪われた体であるという事を知らされていた。そして父の臨終の際に、ひとつの封筒を託されていたという。いつか登紀本人か、その関係者が訪れたら渡してほしいと。
「孝道は役場勤務でな、私が偽名で生きる為に戸籍を偽装してもろたりしとったんよ」
そう、壮一の父、孝道こそ登紀が若返りの人生を送る上で欠かせない存在だった。私の体の秘密を知り、その上で時遡人生の初期を支えてくれて、これからどう生きて行けばいいかの道標を示してくれた、この上ない孝行息子だったのだ。
思えば私の呪いが最初に発覚したキッカケが、この壮一の不注意によって包丁が頬を掠め、それで何故か無傷だった事、それがすべての始まりだった。未来君と出会うまでは、彼ら父子は私の呪いに一番大きく係わって来た存在と言えるだろう。
「ほなけんど、つい最近まですっかり
”時遡プロジェクト”の被験者が、私じゃのうて未来君だったことに一度はがっかりしたけど、もしかしたら登紀ばあちゃんも同じ病を患ってるのでは、と思い当たったらしく、古いアルバムを漁ったり父から預かった封筒を開けて見たりして、もし存命なら十代半ばの歳の頃になるのを知り、いつかもし会えたなら、と意識していたらしい。
「なるほどな、それなら一目で見抜いたのも理解できるよ」
鐘巻さんが納得した顔でそう言うと同時、注文していたランチセットが来たので、一息ついて皆でお昼にすることにした。
食後、早速孝道が残した資料とやらを見るべく、壮一が今住んでいるアパートに向かう。なんでも彼の住んでいた家の家主が経営する
海辺の町を歩きながら、私は孫の過ごした人生を訪ね聞いた。幼馴染の恋人と若くして結婚したが、体が弱かった妻は子供を儲けることなく他界し、再婚を進められるも無き妻を想い続けて独り身を貫いた。会社勤めを定年退職した後、釣りを唯一の趣味に老後を過ごしてきたが、ほぼ天涯孤独なのもあっていつのまにか貧窮してしまっていて、このまま人生を終えるのではと思い始めていたそうだ。
「お婆ちゃんに任せとき、お金ならようけ持っとるけんな!」
「いや、婆ちゃんにたかるほど落ちぶれとらんよ」
「何言うとん、孫に小遣いやるんはお婆ちゃんの義務やで!」
隣で鐘巻さんがそんなやりとりを聞いて呆れ顔で頬をかく。見た目女子中学生がお爺さんに小遣いって・・・・・・しかもこの人多分億を超える財産持ってるし、小遣いっていうケタじゃないよなぁ、と。
そうこうしているうちにアパートに到着。かなり老朽化が進んでいるが、二階建ての一階の一番近い所に部屋があるのは、老人であることを気遣ってくれるその大家さんの配慮なのだろうか。
「先に見てしもうてすまんなぁ、ばあちゃん」
部屋の中、壮一が引っ越し荷物のダンボールを開けて一番上にある大きな封筒を取り出す。すでに封が切られているそれを両手で握りしめ、神妙な顔でこう話した。
「なぁ、ばあちゃん。これ、見んほうがええかもしれん・・・・・・」
その言葉に、その中身が私にとってあまりいい事でないのは理解できる。ほなけどそれは覚悟の上、それを知るためにわざわざここまで来て、ほれで懐かしい孫に再会できたんや。ほなら人間万事塞翁が馬、どんなひどい事実があっても、この再会の嬉しさが癒してくれるはずや。
「壮一、お婆ちゃんを気遣うなんて百年早いで。ほれにそれは孝道のいわば遺言や、私が見ないわけにはいかへんやろ?」
その返しに、そうですかと息をついて封筒をこちらに差し出す。それを受け取り中身を出す、一番上にあったのは折り畳まれた手紙、中央には一言『母へ』と書かれていた。
―登紀お母さん、貴方がこれを見ているという事は、未だ若返る呪いに苦しめられている事と存じます―
―お母さんの戸籍を改ざんしていく際、私はその事実を知りました―
―もしこ事実が、いつかお母さんの呪いを解くキッカケになればと思い、これを残しました―
―どうぞ同封の戸籍の写し、その赤丸の部分をまず見て下さい―
封筒には他に二冊の紐閉じ本が入っていた。そのうちの一冊には毛筆行書で『徳島県脇町戸籍一覧』と書かれている、文字も紙質もかなり年季が入っており、どうやら私の生まれた明治のものであるらしい。『写し』と言っても孝道が写し書きしたものではなく、作られた時代に紛失防止のために控えられたものらしかった。
ぱらぱらとページをめくる、やがてひとつの赤丸が描かれているページで手を止め、そこにある家系図のような表に目をやる。
それを見て、私は思わず身震いした。
『五城家』。最上段にそう書かれたその家系図、それをまるでアミダかトーナメントのように辿って行った先、そこにその赤丸に囲まれた文字があった。
―養子・登紀―
「・・・・・・え?」
これは、どういう事なん? 私が、あの五城家の、養子やって?
「ほんな、あほな。ありえへんわ、あの家が養子なんか取るわけが
震える手で握る本に力がこもる。そう、私はあの家で邪魔者扱いだった。ただでさえ多すぎる子供を抱えていたのに、わざわざ養子を取ってまで子供を増やす理由がそもそもないんや!
「ばあちゃん、手紙の続きを」
壮一の言葉でようやく我を取り戻した気がして、本を置いて手紙に戻る。自分の原点の奥の奥に手を突っ込んでいるような寒気に囚われながら、懐かしい息子の文字に目を走らせる。
―見た通りお母さんは実家、五城家に養子として入ったようです―
―私は気になりました、お母さんが本当はどこから来たのかと―
―そして行き当たったのが、かつての五城家が所属していた政党、富国先進党の施設―
―
二冊目の本は、息子の手紙と同じ名前『佐那研究所』が記されていた。私は手紙に戻り、鐘巻さんがその本を開け、ページをめくっていく。
―そこは富国強兵を謳う為、よからぬ研究が行われていたそうです―
―お母さんはおそらく、そこの関係者にかかわりがあるのでしょう―
―ですが資料の通り、詳しい事は調べられませんでした―
そこで鐘巻さんに目をやる。彼が見ている資料は表紙や綴じ
ふぅ、と息をつく私。自分があの五城家でああいう扱いを受けていた理由が分かった、ほなけどそれよりも肝心の手がかりが途切れてしまったことの方がショックやった。その研究所が何らかの”おおかみさま”との関りでもあったら手がかりになったかもしれへんのに。
「出番だな」
そう言って本を閉じた鐘巻さんがスマホを取り出し電話をかける。
「Hey三宅、ちょっと調べて貰いたいことがある。メイジジダイの文献なんだが、サナケンキューショの資料とか、そっちでゲットできないか?」
『OK、犯罪がらみか?』
「たぶんね、よからぬ研究とかこっちの資料にあったから、そっち方面で」
『わかった、調べてメールするよ』
電話を切った鐘巻さんがこっちを見てウインクし、「カホウは寝て待て」だよと親指を立てる。
「ばあちゃん、この人、何物?」
「インターポール・・・・・・国際警察の元警部さん。で、電話の先は元東京地検特捜部のデータの達人さんや」
私の返しに愕然とした表情を見せる壮一、ばーちゃんすげーとかすれた声でこぼす。
待つ事約三十分、机に置かれた鐘巻さんのタブレットに着信音が響く。
「「来た!」」
三人が食い入るように画面を睨む。そこには『富国先進党・佐那研究所』の表題の下に、活動内容の記述が続いていた。
―強靭ナ兵士ノ
そこから先を無言で読み進めていく私と鐘巻さん。壮一は理解が追い付かないようで頭をひねっているが。
「体外受精・・・・・・明治時代でもう?」
「1900年以前っ、日本はこんな早くから、こんな事をっ!」
それは今でいう試験管ベィビー、その先駆けともいえる試みだった。資料によると当時その政党はこれからの時代には世界に向けて、何より強い軍事力が求められると考えていた。
だかまだまだ日本は貧しく、働き手を徴兵するのは世論を敵に回す事になる。そこで考案されたのが健康な人間から精子と卵子を取り出し、体外で受精させて生まれた命を母体に戻すことなく培養して育て、その上で赤ん坊を『量産』する試みだった。それが成功した暁には徹底した兵士としての教育を施し、やがて成長した彼らに無敵の軍隊を作らせるという非人道的なものであった。
だが、それは成功しなかった。当時の技術でそんな事が出来るはずもなく、ほどなく計画は頓挫して研究所自体が闇に葬られた。その事実は富国先進党のアキレス健として隠匿され続けてきたが、やがて大正の時代に明らかにされ、党は完全に消滅してしまった。
だが、当時ただ一例、赤子として生を受けることに成功したケースがあった。
その子が生まれた時にはすでに研究所の閉鎖が決まっており、生まれた子はやむなく党の幹部である
「・・・・・・うそ」
私が思わずそうこぼす横で、鐘巻さんと壮一が戸籍簿の方を乱暴に広げる、そして赤丸が付いたページのある部分の名前に目を止め、声にならない声を上げる。
五城源治。
それは私の父親の名前、政治家として日本中を飛び回り、家で虐待を受ける私などに目もくれなかった人。
「そういう、こと、やったんか」
心にストンと納得の文字が落ちて来た。私が五城家で腫れ物い扱いされていたのは、自分の素性がバレると一族が崩壊してしまうほどの危険人物やったからなんや。だから私は学校にすら行かせてもらえず、年頃になると追い出されるように嫁がされた。ほなけどその後にそれがバレるなんて間の抜けた話やなぁ。
いや、あるいは私を守るために、バレる前に私を一族から追い出したのかも知れへん。もしそうならそれはあの家から私への、せめてもの愛情やったのかも、というのは考え過ぎやろか。
―お母さん、私はお母さんが何者であっても、貴方の息子であったことを誇りに思っています―
―最後に、息子の身でありながら、先立つ不孝をお許しください 孝道―
手紙はそう締められていた。ああ、ほんまに私には過ぎた息子や、これを知った私が傷付くのを察して先回りで励まされてしもたわ、ありがとなぁ、孝道。
しみじみと感慨に浸る私、そして壮一。鐘巻さんはその間何も言わずに待っていてくれた。
少し落ち着き、壮一が入れてくれたお茶をすすって気持ちを温め直す。うん、もう大丈夫や。
「しかし、結局手がかりは掴めなかったなぁ、今回の話はいわば科学寄りで、呪いとは縁遠い話だし」
鐘巻さんの言葉通り、今回判明した事実に『おおかみさま』『生け贄』『呪い』という言葉は無縁だった。自分のルーツこそ判明したが、あの七つのひみつの一つ『どうして自分が生け贄の身代わりとして選ばれたか』については判明しなかった。
湯呑を置いて一息つく。ただ何とは無しに部屋を見回す、古そうなそのアパートの壁には所々にシミがついており、陰気で貧しいイメージがわく。これは一刻も早くもっとええ生活にしてあげんと・・・・・・
その時、私の目に入った壁のシミが人の顔に見えた。三つの点が目と口をイメージさせるシュミラクラ現象、あの資料館で見た身代わりの焼き物と同じ・・・・・・
「ああっ!!!」
思わず跳ねるように身を揺らし叫ぶ。鐘巻さんと壮一が「何事?」と驚くのも構わす、私は混乱する思考を回転させ、その結論を紡ぎ出す。
「まさか、まさか・・・・・・」
届いた。ななつのひみつ、私が生け贄の身代わりになれる資格、その意味が。
スマホを取り出し、登録済の相手をコールする。ほどなく相手が電話に出る。
『もしもし、トキちゃん、どしたん?』
呑気な声で話す彼女に、私は余裕なくまくしたてる。
「ななみん! 前に資料館で、水害の身代わりの話してたよね、三国志の!!」
『ちょ、どうしたのよいきなり』
「いいから教えて! 身代わりに川に流したのって、お饅頭だったよね、どういう経歴でそうなったの!?」
そう、あの矢野資料館で見た絵で彼女が話した。古代中国で諸葛孔明が南蛮行をした時、その風習を生み出したという話を。
『え、ええっと、だからね。当時の南蛮は文字通り野蛮で、本当に人を川に流してたの。それを憂いた孔明が、身代わりに・・・・・・』
そう、そうだ。その小麦粉で練られた、人の顔を模したマンジュウも、あの資料館の焼き物も・・・・・・そして、
『
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