第48話 白雲と弟子たち
「こっちだ、小僧」
歩き始めてから1kmも進んだ時、白雲さんは尾根の道から笹の藪の中へと分け入って行く。え、こんな所を? と驚きながらも、見失わないように後を追って草むらの中に進んでいく。
肩まで茂る笹藪を抜けると、深い木々に囲まれた獣道に抜け出した。登山道からどれほども離れていない場所にこんな抜け道があるだなんて、誰も気づかないよこんなの。
そこからはまるで山の周囲をぐるり回るように道が続いていた。登り坂でないのは助かるけど、どんどん山深い中に入っていくのと、陽が落ちつつある時間帯に不安が募る。
「あの、どこまで?」
「ふふ、怖いかね? 不死身の体を持っておるくせに」
結構結構とカラカラ笑って続きを語る。夜の海を、昼なお暗い森を、足のつかぬ天空を怖がらぬ者などおらぬ、恐れるからこそ人は人として”生”を実感できるのじゃ、と。
ようやく森を抜けると、道はそのまま正面の岩盤に向かっていた。岩肌には鳥居が埋め込まれており、その下には洞窟が口を開けている。
ちりん、と錫杖の鈴を鳴らして合掌しつつ鳥居をくぐる白雲さん。僕もそれに習って手を合わせつつ洞窟の中に入る。
洞窟は五メートルも無かった。むしろ岩肌をくりぬくトンネルのようなそれを抜けると、中にはぽっかりと広がる空間が見えていた。
「うわぁ・・・・・・何、ここ」
広さは学校の運動場くらいだろうか、周囲はぐるり岩肌に囲まれ、上を見ればその岩肌がすぼまってドーム状になっており、中心だけぽっかりと穴が開いて空を覗かせている。下はボールのように半円を描いていて、そこかしこに岩が鎮座し、地面には亀裂が走っていた。見ているとまるで巨大な壺の中にいるような気分になる。
「遥か昔、ここは火山の噴火口、そのすぐ下の溶岩だまりだったのじゃよ」
あ、なるほど、すごく納得できた。確かにこの丸っこい空間は本とかでたまに見る、火山の噴火口すぐ下の球状のスペースにぴったり合致する。というか噴火の心配は無いのだろうかと少し不安になってしまう。
そして気付いた。ここには何人かの人が白雲さんと同じ山伏の格好をして、みんな何かしらの修行にいそしんでいる。ある者はガケに登り、別の人は岩肌から滴る小さな滝に身を打たせ、別の所では煌々と焚かれた火に向かって一心不乱に呪文を唱えている。彼らが白雲さんのお弟子さん達なのだろうか。
ちりん、と白雲さんが鈴を鳴らした瞬間、散っていたお弟子さんたち全員がこっちを見て、あっ! という顔をする。
「お師匠様!」
「お帰りなさいませ」
顔をほころばせながらこちらに駆けてくる若い山伏たち。それにしても今の小さな鈴の音でよく気が付くものだなぁ、これも修行の成果かなと感心する。
「うむ、皆修行に励んでおるようじゃな」
「「はいっ!」」
びしっと並んだ十人の弟子たちが気持ちのいい返事を返す。その一糸乱れぬ返事に僕はすごく憧れを感じた、みんな僕なんかよりすごく真面目な人たちなんだ。
「その方は?」
修行者の1人が僕の方を見て尋ねる。他の皆も興味ありそうに僕に視線を送る。
「前に行っておったじゃろう、阿波の国の山神の供物となる小僧じゃ」
その言葉に、僕も彼らもざわっ、と言う悪寒に見舞われる。僕が・・・・・・供物? 確かに生け贄と言われてはいるけど、それを覆すために時遡プロジェクトが発足したはず、なのに呪術班のリーダーである白雲さんにそう言われ、どこか裏切られたような気持ちになる。
しばし空気が固まる。沈黙を破ったのはお弟子さんの中でも一番小柄な、今の僕とそう年の変わらなさそうな少年だった。
「なんで・・・・・・こんな奴が!」
え?
「
「よさないか、
僕に突っかかる少年を、一番の年長者らしき青年が止める。
「申し訳ありませんお客人、師匠の弟子の霧生と申します。弟弟子がご無礼を」
「あ、いえ。天野未来です。白雲さんにはお世話になっております」
お互いが深々と頭を下げる、とりあえず敵意の目で見られなかったことにほっとした。
「そうじゃぞ少雲、この方はこの山にも捧物を持ってきてくれたのじゃからな」
そう言って僕に目配せする白雲さん。ここに捧げる為に持ってきた物って・・・・・・アレ?
「ど、どうぞ」
いいのかなー、という顔でエロ本の入った手さげバッグを少雲君に渡す。彼はそれを受け取ると、中から一冊をつまみ出してバッグを小脇に抱え、ぱら、とページを開いて・・・・・・
見る見るうちに顔を真っ赤にしたかと思えば、鼻血を吹き出してそのまま後ろに倒れた。あ、それ18禁の方の本だ、刺激が強すぎたんだなー。
「あはははは、少雲しっかりしろよ」
「まぁ今回初参加だもんなー」
「うわ、これは確かに少雲にはきついわ」
お弟子さん達が笑いながら、われもわれもと本を手に取っていく。厳格な修行僧たちは途端にそこらの高校生男子のような雰囲気に代わっていく・・・・・・エロ本おそるべし。
「今宵は新月じゃ、皆も体の禊を存分に済ませるがよい」
その言葉に全員が笑顔になり、本を手に松明の元に集っていく。少雲君も霧生さんに担がれて明かりの元まで連行されていった。というか僕これからどうするの? 間もなくここで始まる事を考えたら、あまり居合わせたくは無いんだけど・・・・・・。
「さて小僧、行くぞ」
「あ、はい」
助け舟を出すかのように声をかけてくれた白雲さんと共に外に出る。さらに奥まで歩いて行くと、やがて小さな泉に行き付く。そこで僕に向き直ると、感慨深そうにこう切り出した。
「驚いたかね、少雲の言葉に」
はい、と小さく頷いて答える。まるで生け贄になる僕に嫉妬しているような物の言いようが理解できなかった。
「山小屋でも言ったが、神々の捧げものになるというのは大変光栄なことなのじゃ。あの弟子たちも皆、そのために修行をしておるのじゃからのう」
「なん・・・・・・ですって!?」
信じられない。この人は自分の弟子を殺すために鍛えていると言うのか、いくら名誉な事と言っても死んだらおしまいじゃないか、命をそんな風に扱うというのなら・・・・・・僕は、僕はっ!
「ふはははは、分かり易いのう、小僧」
僕を見下ろして笑う白雲と、見上げて睨み上げる僕。僕の全身が総逆立つのを感じた。こんな、こんな人がっ!
「僕は、あなたのやり方が、理解できませんっ!」
「ふっふ、そうじゃろうのう」
僕の嫌悪を、敵意を、平然と笑って受け流す老山伏。
「帰ります!」
きびすを返して来た道を戻る。もうこの人と話すことは何もない、みんなにこの事を話して、この男を時遡プロジェクトから外してもらうんだ。こんな山奥まで酷い無駄足を踏んでしまった、僕は一体何を期待していたんだ!
ヴンッ!
「なっ!?」
僕の周囲が、とたんに青く光り始めた。足元に光るのは五つの輪、これは・・・・・・呪いの魔法陣!
「いけないっ!」
リュックを下ろして素早く医療銃を取り出す。カプセル状の弾丸をセットして左腕をまくり、銃口を押し当てて引き金を引く!
パシュ! という音を響かせて銃が弾ける、打ち込んだ左腕がじんじん痛む。とりあえずこれで急激な若返りは押さえ込めるはずだと、ふぅと息をついて・・・・・・そして、後ろを振り向く。あの男はこの光景を見てどう思うのだろうかと、気になって。
「なっ、なぁっ! それはぁっ!!」
思わず叫んだ。目の前のその光景を信じられずに。
その老山伏の足元には、まるで古文書のような行書体の文字が浮かび上がっていた。彼を中心にして放射状に、緑色の光の文字の羅列が文章を成している。
それは、今自分の足元にある天王星の輪と、そしてかつて登紀さんが発していた月食の魔法陣とそっくりだった。彼の言葉を借りるなら、洋の東西の違いはあるにせよ、だ。
彼、白雲は僕の方にゆっくりと歩み寄りながら、笑みを浮かべてこう言い放った。
―私も、かつて人身御供だったのだよ、
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