第9話 資料館での部活動

「おーここやここ、矢野町史跡資料館にとうちゃーく」

「ここがねぇ、ずいぶん広いねやっぱり」

 日曜日。私、神ノ山登紀かみのやま ときは、ななみんこと三木 七海みき ななみと一緒に隣り町の矢野町にある、天野君がバイトをしている資料館に来ていた。

 郷土文化研究部に入った私達3人は、せっかくだから一度は部活らしい活動をしようとこの施設に足を運んだ。思えば若返りが始まるまで長年徳島で生きて来たが、その故郷に思いを馳せることなど無かったので、そういうのを勉強してみるのもええかと思った私の提案だ。


「そう? こんなもんよ田舎の施設なんて」

 私の意見にななみんが反論するが、これではどう見ても土地の無駄遣いだ。100台は止められる駐車場には日曜だというのに20台ほどの車しか止まっとらんし、向こう側の広大な芝生広場にも10人ほどの子供たちが遊んどる態度だ。もし東京や大阪でこんな運営状況の施設があったら速攻で買い叩かれて住宅地になっとるやろう。そんな事を標準語で・・・・嘆いた私に言葉を返すななみん。

「そりゃ東京や大阪と比べたらねぇ、徳島は車社会だからどーしても設備は広くなるのよ」

「まぁ、コンビニの駐車場で野球やサッカーができる広さやもんね、田舎って」


 ちなみに私達が来るのは天野君には内緒だ。今日彼がフルシフトなのは聞いとったし、ここはひとつ勤労青年にお弁当の差し入れでもサプライズしたげよと思って作って来たのだ。まぁななみんの方は「本当にそれだけ~?」などとニヤケ顔でヒジ押しをして来たんやけど、断じて下心は無い・・・・・・多分。



「いらっしゃいませー、拝観料は100円で、って、神ノ山さんっっ!!?」


 真ん中にある施設に入館するや否や、受付をしていた天野君が私を見てびっくり仰天している。この有様じゃそりゃ冷やかされるよねぇ。



 ちなみに施設のロビーはガラガラで、やはりあまり流行っているようには見えない。誰も順番待ちが居ないのを確認してから彼に部活の一環として見物に来た事を伝えると、びしっ! と気をつけの体勢から「ありがとうございます、ごゆっくりご鑑賞ください!」と体を90度折り曲げて礼をする。ううんブレないなぁ真面目クン。


「なんだ天野、クラスメイトか? 女子二人とはやるじゃん」

 そう言って会話に入って来たのは、同じ施設の制服を着た大学生っぽいお兄さんやった。

「あ、水原みずはらさん。こちら同じクラスの神ノ山さんと三木さんです」

 天野君の紹介に合わせてこちらも紹介を返す。同じ文化部でもある事を伝えると、彼はそーかそーかと天野君の肩をぽんぽん叩いて笑ってこう告げる。

「よし、受付は俺が代わってやるから、お前は二人をエスコートしてこい」

「え、えええ、いいん、ですか?」

「いいも何も部活動だろ、ちゃんと徳島の歴史の認知に貢献して来い」

「あ・・・・・・はいっ!」

 さすがバイトの同僚、天野君の扱い方をよく分かっとるわぁ。



 天野君の案内で展示室に通される。入り口には徳島の歴史年表や写真が申し訳程度に貼られており、中に入るといわゆる古代史、縄文弥生時代の資料や出土品、貝塚の貝殻などが展示されていた。

 中でも一際目を引くのは中央に鎮座する銅鐸どうたくだ。80センチほどもあるそれはガラスケースと、立ち入り禁止のロープが張られた結界と、左右を固める警備員によって厳重に守られている。


「この銅鐸が出たから、この施設が出来たようなもんだからね」

 天野君の解説によるとかなり歴史的価値のある出土品らしく、普段は県の資料館に保管されていてここにはレプリカが設置されているそうなのだが、施設創立5周年の今限定でここに特別展示されているそうだ。なるほど遠目から見ても重厚さと歴史を感じる色褪せ方が存在感を示している。


 他の展示物を眺めていて、ふと、ある陶器が目に止まる。手の平ほどのクッキーのような円の中に3つの穴が開いていて、角度を合わせればそれはちょうど人の顔の目と口のように見える。

「天野君、これ何、顔?」

「それは・・・・・・まだよく分かってないんだ」

 その解説に後ろに続いていたななみんが、ずるっ! と足を滑らせてズッコケるポーズを取る。

「何よそれー」


「埴輪と一緒に出土したから、最初は埴輪の顔部分かと思われていたけど、同じものがいくつも出て来たからわかんなくなったんだよね、わざわざ顔だけを先に大量に作る必要もないし」

 いわゆるシミュラクラ現象と呼ばれる、3つの点が三角形に配置されている図形を人の顔と認識してしまう脳の働き。それをまるでメンコにしたようなその焼き物は確かに謎物体ではある。


「一説では災害を収めるための生贄の代わりに作られた子供の顔、っていう説もあるんだ」

「あ、それ聞いたことある。確か三国志で諸葛孔明が小麦粉で作って川に流したってのがあったよね」

 思いがけずななみんが食いつく。どうやら彼女は三国志好きでそのへんの知識があるらしい。なんでもそれは饅頭まんとうと呼ばれ、今でいうマンジュウの語源であるとも言われているそうな。


「だとしたらやっぱ、流したのは吉野川なんやろ・・・・・・なのかな?」

 慌てて出かけた阿波弁を止めつつ天野君に聞く。徳島一の大河、吉野川は四国三郎の二つ名を持つ暴れ川として有名だ。古代から近代まで河川の氾濫が膨大な被害を幾度ももたらしてきた、というのは徳島県民ならわりとお馴染みの逸話だ。


「うん、そういう説が有力だよ。こっちの壁画見てみて」

 天野君が指し示したのは、銅板に焼き付けた古墳内の壁画のレプリカだそうだ。そこには荒れ狂う川と、そこに捧げられる人身御供らしき人物の絵が描かれている。いわゆる棒人間で描かれたその絵の人柱は、他の人間たちの半分ぐらいの背格好で描かれていた。

「うぇ、流されてるの子供じゃん、かわいそー」

「だからあの顔の焼き物が身代わりに作られた、ってこと?」

 私たちの質問に、そうかもしれないと曖昧に返す天野君。まぁそりゃそうか、歴史の事実なんてよほどの証拠がない限りはっきりとは分からないものだ。


 と、館内に正午を知らせるチャイムが鳴る。今から一時間はこの施設も昼休みで、一度退官する必要がある。また後で再入場できるからと即されて一度展示室を出るが、ななみんは「もう見るモノないじゃん」とケラケラ笑っている。確かに展示室は15分もあれば十分に見終わる程度の規模で、また改めて入室するほどの必要はなさそうだ。



 でも、なんでやろう。どうも気になる、あの・・・・・・謎の子供の顔が。



「じゃあ、お弁当作って来たから一緒に食べよ」

 そう言って手持ちのカバンを掲げると、天野君はまるで埴輪の顔のように目を丸くして口を開けて固まった。で、次の瞬間ぼふっ! と顔を赤らめて湯気を出す。

「え、わ、悪いよそんな!」

「陣中見舞いだって。あと解説してくれたお礼、遠慮なくどうぞ」

 どうやら私まで照れているとキリが無いらしいので、ななみんと一緒に彼のリアクションを楽しむことにした。笑顔で手を取って外に引っ張って行くと、彼は彼で私のバッグを持つべく「ん!」と反対の手を差し出す、まっかっかな顔のままで。

(本当に真面目で照れ屋さんなんやねぇ)



 お弁当は天野君にも、ななみんにも好評だった。ご飯にふりかけ、漬物に竹の子の煮物のスライス、スクランブルエッグと鶏肉の甘タレ和えに白身魚の天ぷら、ホウレン草のおひたし、あと玄米茶。

「てか神ノ山さん・・・・・・お弁当にどんだけ手間かけてるのよ、どこのお婆ちゃん弁当?」

 女子力の差を見せつけられたという表情でななみんがそう嘆く。いわゆる冷凍食品など皆無のこの凝った弁当に、たはーと息を吐く。


「じゃあ、頂きます!」

「いっただきまーす!」

「どうぞ、召し上がれ」

 唱和して箸を持つ3人。ななみんは早速おかずを次々と口に運び「おいひー」とご満悦の顔だが、天野君の方はごくりと唾を鳴らしながらも箸に手を付けようとはしない。

「ホンマに真面目やねぇ、私が手をつけるまで食べへんつもり?」

 あ、と固まった後、こくりと頷く彼。どこまで真面目なんだか。仕方ないのでおひたしをつまんで口に運ぶと、ようやく彼も竹の子に箸をつける。


「なんか涙出る味・・・・・・すっごく美味しいよ」

 たかが竹の子の煮物で大袈裟に感動する彼。さすがにそこまで感動されたら作った甲斐があったというもんや。どんどん食べなはれ。

「これも美味しい、これも、こっちも最高!」

 満面の笑みで弁当箱を空にしていく天野君を見て、なんかこっちまで幸せな気分になってくる。うん、また作ってあげたいわ。


 そんな幸せなお弁当タイムの後は、3人で施設のあちこちでスマホで記念撮影をして回った。といっても撮影者はもっぱらななみんで、私と天野君のツーショットを撮りまくっていたんやけど。

 でも最後の方はようやく天野君も照れがなくなってきたようで、自然な笑顔で私と写真に納まってくれた。なんかそれが嬉しくて、でも悔しくて、より距離を詰めて写真に納まったりしてみた。


 そんな楽しい時間を経て、私たちの初めての部活はお開きになったのだった。





 夜、高級マンションの自室で『彼女』はパソコンを起動させ、ケーブルを自分のスマホに繋ぐ。今日撮影をした画像や動画、音声データを読み込むと、暗号化アプリを起動させてそれらのファイルにプロテクトをかける。そしてそれをごく普通に送信メールに放り込むと、自分の『上司』に当たる人物に送信する。その送信タイトルは・・・・・・


 ――2022.4/23 神ノ山登紀 行動記録――

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