第40話 マルガリータ・ディアズの夢

 満天の星々がまるで猛り狂ったかのように輝きを放ち、世界が色とりどりの輝きに満たされる。それはまるで、世界の終わりが来たかのような恐怖心を掻き立てられた。


「No!Burst of gamma rays!?」

 ピーター君がそう叫んでしゃがみ込んで身を縮め、頭で手を覆って絶望の叫びを上げる。まるで空から避けようのない破滅が降って来るかのように。


「大丈夫、ピーターさん。天変地異ってワケじゃないから」

 そう返したのは未来君だ。足元に五つの輪を纏った彼はごく冷静に周囲の様子を伺っている。見回せば確かに山々には黒いモヤがかかり、星の光は当たっていない。足元の魔法陣が発動したのを見ても、どうやら毎度おなじみの呪いのお出ましのようだ。


「また来たわねー」

「こんなんに慣れとる私らもおかしいんやけんど」

 ななみんと私が一応の警戒をしながらそうこぼす。あの資料館から古墳にかけて出た呪いの現象がここでも来たんみたいや、今度はなんなんな?


「これが・・・・・・言っていた呪いか、星がやたら眩しいのもそのせいなのか?」

 鐘巻さんの天を仰いでの質問に、たぶんね、と返す未来君。


「な、なんだ、ベテルギウスでも爆発したのかと思ったよ」

 へたり込んだままピーター君がそう続いた。わりと最近の都市伝説で、オリオン座の恒星ベテルギウスが実はもう超新星爆発を起こしていて、その際発生するガンマ線が地球に降り注いで、あらゆる生物が瞬時に死滅するというものだ。最新の研究では爆発はまだまだ先とされているが、それでも天文学を専攻するピーター君にとって、この闇夜の輝きに真っ先にそれを思い描いたらしい。


 未来君が片ヒザをついて、地面から生えている一組の手をそっと取ると、それをぐいっ、と引き上げる。手の先にあったのは痩せ細った幼い男の子、かつて見た七人の中では、まだ一番マシな服を着ていた子だ。

「今日は、きみ一人?」

 未来君の言葉に少年はこくりと答えると体を回し、後ろにいる人物を見てにこりと微笑む。

 その笑顔を真正面から受けた老婆、古代星占術の使い手であるマルガリータ・ディアズさんは、今までにないほどに強張った顔で、目を見開いて少年を見返して、一言こう言った。


重なる時の、生け贄の子供トシウモルピリア・ケーラ・・・・・・・」


      ◇           ◇           ◇ 


「いい、マルガリータ。この占いの仕方は絶対、誰にも教えちゃダメよ」


 マルガリータ・ディアス。

 彼女は幼少の頃から母と二人で、メキシコの各地を占い師として渡り歩く流浪の旅を続けていた。その占いの的中率は見事なもので、時には災害を予告し、また別の場所ではそこで戦争が起こる日時を言い当てて来た。

 それにより多くの貧しい人々を救済し、わずかな謝礼を頂戴しては次の土地に移り住む、という生活を繰り返していた。マルガリータはそんな母を尊敬していたが、成長するにつれてそ母のやり方に納得がいかなくなってきていた。


「ねぇ、どうして?」

 町の名士である人物に「是非ウチの専属になってくれ」と頼まれた時も、母はただ首を横に振り、逃げるようにその町を後にした。今までとは比べ物にならないほどの贅沢な生活にも、より多くの人々に崇められる預言師の立場にも、母は興味を示さなかった。


「あのね、私たちの占いは、古代アステカ帝国から受け継がれてきたものなの」


 マルガリータが十五歳になった時、母はその理由を語った。その時の彼女の悲しげな眼を、マルガリータは生涯忘れることが出来ないだろう。


「それは、とてもとても罪深いことなのだから」


 古代アステカ帝国。十五世紀に中央アメリカで栄えた国であり、遺跡や当時の文明を示す出土品が数多く残される、中世未開の地のロマンを感じさせる場所だ。


 だが、その実態は「生け贄の儀式の国」でもあった。他国と血みどろの戦いを続け、捕らえた捕虜を火に放り込み、心臓を引き抜いて神に捧げ、残された肉を祝いのご馳走として食していた忌まわしき民族だった。


 そして、生け贄に使われたのは奴隷だけでは無かった。あろうことか幼い子供を買い取って祭壇の上に並べ、その心臓をえぐり取って天に捧げて五穀表情と雨の恵みを祈っていた。その時に泣き叫ぶ子供の涙が多い程雨に恵まれるなどという狂った信仰のせいで、無情にも幼い命が数多く失われていったのだ。


「だから、私たちの占いは忌まわしき力。決して表に出してはいけないの、そううなったらきっと私たちは誰からも愛されなくなるわ」


 まるでその言葉が預言であったかのように、母はある都市で占いの最中に暴徒に殺されてしまった。見物人の一人がよく知りもしないのに「この女の占いはアステカの力だ!」とつけた言いがかりに周囲の市民が次々と石を投げつけ、そのうちの一つがマルガリータを庇う母の後頭部に直撃し、それが致命傷となった。侵略国家であったアステカは、周囲の多くの民族から根深い恨みを植え付けられた存在でもあったのだ。


 それから彼女は占いを封印し、とある貿易商の元で仕事に就いた。やがてそこの御曹司と恋仲になると、その財力を使って権力と地位を築き上げた。そして本来なら彼女は、そのまま裕福な一生を終えるはずだった。


 だが、彼女には心残りがあった。母から受け継いだ星占術、若い頃に封印した母の形見は、同時に自分すら破滅させる罪深いものでもあったのだ。なればこそ彼女はその力のみそぎを成したかった。業の深いこの力をもって、その罪の償いを果たし、その結果を母にそして先祖に捧げたいと、ずっと思っていた。

 五十五歳の時、マルガリータは再び占いを始める。今度は最初からアステカの末裔である事を隠さず公表し、それでも予言を的中させるその実力と、彼女が嫁いだディアズ家の権力をもって誰にも不平を鳴らさせなかった。

 ”太陽の国”と称されるアステカ帝国の占いは太陽と月を軸に占うものだ。その太陽に光を反射する太陽系の惑星の星を起点とし、西洋の神話による星座の由来や、現実的な天体学問をミックスさせた彼女の占いはまさに百発百中で、十年もすればマルガリータの名は星占術の代名詞とまで言われるようになった。


 そして今年、彼女は部下からの報告で、とある日本のインターネットサイトに目を通す。そこに記されていたのは――


”時と共に若返る病? それとも呪い?”

”生け贄の子供達に頼まれし、身代わりの呪いに侵された青年”


 彼女の夢が、そこにあった。


 私のこの力を使って彼を救う、かつて子供を生け贄にした占術で、この生け贄になるであろう青年を救う事が、この忌まわしき力の何よりの禊となるだろう。かつての先祖の過ちを私が正す、嗚呼、私はこの為に生きて来たのではないか、人生の終わりに来て、私はようやくやるべき事を見いだせたのだ。


 そして私は日本に飛んだ。アマノの”呪い”を確かに感じた。土地柄の違いなのか、その正体は不透明なものだったので、この土地の星を知るためにツルギサン山まで来た。


 そして今、私は見た。母から聞いた、調べた伝承にあったその光景を。


 ――重なる時の、生け贄の子供トシウモルピリア・ケーラ――


 アステカで使われていたふたつの暦、シウポワリとトナルポワリが重なる大祭の日、七人の子供の心臓を供物として捧げ、雨の恵みを祝う。その祭壇のような魔法陣の上に立つ、ふたりの幼子・・を。



      ◇           ◇           ◇    



「マルガリータさん、お気を確かに!」

「いけるん? しっかりせな!」

 目を見張って脂汗を流す老女にピーター君が駆け寄って体を支え、私も彼女の前にかがみ込んで手で汗を拭う。きっと老練の占い師である彼女は今、未来君に起きている現象を確実に呪いだと感じ取っているのだろう。


 魔法陣の男の子は、そんなマルガリータさんから視線を外し、すっ、と東の空を指差す。と、ぎらぎらと輝いていた星々がフッ、と光量を弱め、指差した先にあるひとつの星と、それを囲うようにある星座だけが私たちを、そして未来君を照らし出していた。


 その星座は、かつて神話で神々に牛肉と偽って人肉を捧げた為、獣の姿に変えられたといわれる星々。


 その星は、かつて惑星でありながら、近年その資格なしとして小惑星に格下げされた、人の『死』を冠する名を司る、太陽から最も遠方に存在する光。



 ―”おおかみ座”の中央、心臓の位置に輝くのは、”冥王星”―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る