第32話 そして少女?と少年は再び出会った

「はーい、臨時駐車場は東の空き地になりまーす、こっちに侵入しないでくださーい!」

 駐車場にて誘導員がギチギチに密集する車の群れに飲まれながら、スピーカーで怒鳴りつける。


「課長! メールが捌ききれません、そっちでもチェックお願いしますっ!」

 総務部の奥の事務所では、臨時のパートさんが押し寄せるメールの山に悲鳴を上げていた。


「はい、はい、いえ決してトリックなどではありません、本当ですってば!」

 受付センターの電話対応嬢が、本日何度目か分からないクレーム対応に追われている。


 徳島県国分寺市、藍塚製薬株式会社の本社はその日、朝から戦場のような怒涛の忙しさの最中であった。昨夜遅くに発表されたプロジェクトに対して世界中の企業や個人からの問い合わせが殺到し、近隣の地域の者達や地元のマスコミはその真偽を確かめようと開門と同時に会社に押し掛けた。


 ”時遡プロジェクト”


 時と共に若返る奇病の治療法と、その現象を研究するために資金や情報、そして人員を募集するその企画がここまで反応を集めたのは、なにより患者の若者、天野 未来あまの みらい氏によるデモンストレーションの影響が大きかった。

 自分の手に突き刺したナイフの刃がまるで体に取り込まれるように消失し、貫通したはずの傷が一秒後には綺麗に消え去っていたのだから無理もなかった。あんなのトリックだという否定派のクレーマーから、研究中の医療の決め手になると目をと血走らせて訪れる研究医、いやあれは伝承にある呪術の類だと訴えてくる、うさん臭い山伏姿の男から、不老不死を得られるかも、と脂ぎった大金持ちの使いまで、まさに千客万来の様相を呈していたのだ。


「やれやれ、俺は工場勤務じゃなかったのかよ。あ、車こっちは進入禁止でーす、東の仮設駐車場に回って下さーい!」

 誘導員に交じって車の整理をしているのは未来と同期の渡辺だ。彼は友人という事もあって半ば強引にこのプロジェクトに引き抜かれていた。


「これ・・・・・・どうも怪しいですね。鐘巻さんに回して下さい」

 メールから違法性や反社会組織を匂わせる物を選別しているのは総務部の三木 七海みき ななみだ。いくら公開プロジェクトとはいえそんな連中にかかわっているほどこちらもヒマじゃないのだ、元ICPOの肩書を持つ上司にバッサリ切って貰うに限る。


「はい、是非ウチの雑誌でドキュメンタリー記事を書かせてください。天野君とは知らない仲ではないし、なんなら小説化までありますよ!」

 広報部で鼻息を荒げているのはかつてのクラスメイト、宮本 月子みやもと つきこだ。小説家でもある彼女は就職して早速自分の名を上げられそうな企画ネタに、編集長を説得してどこよりも先に書籍化すると息巻いている。


「はーい、次の患者の実演は午後二時からでーす!それまではこのホールで待機してくださーい!」

 大学をサボってボランティアに駆け付けた同級生、川奈 潺かわな せせらぎは大ホールでの天野君の実演(ナイフで体を傷つける)を見に来た人々の案内をしている。彼女自身、親友であった神ノ山登紀をほんの昨日まで忘れていた事に深い憤りを覚え、せめて何かしたいと駆け付けていたのだ。


「パイプ椅子足りてないぞ、長机もだ。さっさと運ぶぞ!」

 そのホールに来客用の机や椅子を運んでいる男性の中に、やはりかつてのクラスメイトの本田 秀樹ほんだ ひできの姿もあった。中学以来の友人である未来が世界中の注目を集める病にかかったと聞いて、一も二も無く協力を申し出て来たのだ。柔道の国際強化選手でもある彼にとって肉体労働はいいトレーニングにもなる。


 会社の玄関に乗り付けたマイクロバスのドアが、プシュー、と音を立てて開く。

「はーいみなさん到着しました、場内は大変混雑しておりますので一列に並んでお降りください」

 バスガイドをやっているのは未来の母、天野芹香あまの せりか。ちなみに運転手は父、ながれが務めている。彼ら夫婦はまず息子の不幸に大いに嘆いたが、その後で未来や友人たちが何故か恋人の神ノ山さんを忘れていて、つい昨日に思い出したことを不思議に思って、ただならぬその事態に対し何か力になりたいとマイクロバスの運転手を引き受けたのだ。なにせ徳島は車社会、最寄りの駅や空港や港湾からは距離があるので、大勢を一度に運べるバス運転手は重宝する存在だった。


「Welcome.Go here]

「请跟我来」

「Ya-.Deste jeito」

 そのマイクロバスから下車した外国人を案内しているのは、多国籍な風貌の若者達だ。いずれも胸に”時遡プロジェクト”の名札を付けており、忙しいのは大歓迎だとばかりに笑顔で行動している。

 彼らはかつて人身売買組織に売られていた子供たちの成長した姿だ。命の恩人のカミノヤマさんといよいよ会えるのもあって、興奮気味に彼女の到着を待ちわびつつ、出来る事を精一杯やっている。


 そう、彼らも、未来の両親も、かつてのクラスメイト達も皆、天野未来と神ノ山登紀の再会を待ちわびていたのだ。今日、現場に居ればふたりの再会シーンに立ち合えるかもしれない、数奇な運命を経て出会った少年と少女が、改めて今日ここでもう一度再会を果たす。そんな映画のワンシーンのような場面を待ちわびているのだ。


 と、そのバスの後ろに一台の軽乗用車が乗り付ける。ここは一般車は進入禁止のハズなんだけど・・・・・・


「じゃあ、いってらっしゃい」

「ありがとう柊さん、いってきます!」

 そう言葉を交わして車を降りたのは、見た目15歳くらいの可憐な女の子だ。黒髪を高い所でポニーテールにまとめ、赤を基調としたロングスカートタイプのワンピースに身を包んだ彼女は、そのまま顔パスだと言わんばかりに建物の中に入っていく。


「あなた、今の・・・・・・」

「ああ、あの娘だよ、母さん!」


 案内役の若者達の脇をその少女が駆け抜けていく。その胸に付けた名札を見て、髪をお団子にした東洋系の少女が思わず「那个人あのひとは!」と声を上げ、周囲の仲間達に待ち人の到来を告げる。


「あれは!」

 遠くで誘導をしていた渡辺が、玄関口に乗り付けた車から降りた少女の横顔を見止めて思わず叫ぶ。間違いない『彼女』だ!


 広報部から出て来た宮本がその少女を目撃する。え、まさかと目を丸くしてその懐かしい顔を、でもあの時より明らかに幼い少女に戻っているのを見止めて、思わずざわっ、と想像力を掻き立てられる。


『今着きましたよ、神ノ山さんはもう最上階に向かってます』

 柊さんから電話でそう伝えられた三木 七海ななみんは、、その声にメールチェックをほっぽり出して、がばっ! と立ち上がる。任務で張り付き、結果友人になった懐かしいあの娘といよいよ出会える、その期待に胸躍らせてホールに駆け出す!



 仕事をほったらかしてロビーの階段に集結する社員やアルバイターやボランティア。いよいよ感動の彼と彼女のご対面ボーイ・ミーツ・ガールの時を迎えて、仕事なんかやってる時じゃない、と大勢で階段に殺到する。

 途中イスを運んでいた本田や、六階のホールで仕切っていたせっちゃんも巻き込んで、若者たちが階段を駆け上がる。エレベーターで最上階に行くには専用パスが必要なので階段を使うしかない。全員がまるで楽しみにしていた遊園地に駆け出す子供のように、息を切らせて最上階の十二階を目指す!


「ねぇ、やっぱキスしてるかな?」

「まぁ抱き合ってるくらいはするんじゃね?」

「いっそ合体してもいいのにねぇ、ネタになるし」

 下世話な期待に胸を躍らせる元クラスメイト達。


「Oh shit! 日本語で言っても嫉妬デス!」

「だれが上手い事言えと! あ、この人トキちゃんに惚れてるからねぇ」

「おお、修羅場到来かな?」

 外国人の1人、白衣を着た黒人男性が言った言葉にななみんが解説を入れる。まぁ命の恩人に憧れるのは無理のない事なんだが、残念ながら天野君にとって代われはしないだろう、まさにご愁傷様である。


 十二階に到着し、廊下を固めるガードマンにななみんが通過パスを見せ、付いて来てる有象無象も部屋への同行を取り付ける。さぁ、このドアの向こうで今、彼と彼女が感動の再会を果たしている時だ!


 バン!と音を立ててドアを開け、その広い部屋の中央にいる男女を見た一同は・・・・・・言葉を発せられなかった。



「こんのお馬鹿! 阿呆! なんでおまはんが呪いを引き受けとん! はよ返し!!」

「登紀さんこそ! 黙っていなくなっちゃうなんて酷いじゃないか、ましてや僕の思い出まで奪うとか無いよ!!」



 感動の再会を果たした少年と少女は、ツノを突っつき合わせたまま、大きな声で口喧嘩をしていた。



「私はもうええの、十分に長生きしとるんやから! 未来君はまだ18やないの、もっと生きなあかんの!」

「そんなの関係ないよ! 凄い人たちが集まってくれてるし、僕も病気と、呪いと戦ってみせる。なんだよ一言くらい相談してくれたって良かったじゃないか!!」

「そんなん誰が信じるん! そもそもこんなお婆ちゃんに引っかかっちゃってこの真面目君は! 私を忘れて幸せに生きとったらええのに!」

「断固却下、却下、きゃっかーっ! 僕は登起さんの年齢に惚れたんじゃないやい!」



「さーて、仕事仕事」

「やれやれ、犬も食わない喧嘩見に来たのか俺は」

「あ、秀樹。終わったら久々にお茶しない?」「いーねぇ」

「次は徳島駅か、一服してから行くか」「あ、わたし緑茶がいいわ」


 期待したのと全く違う光景を見せられた一同がやれやれという顔で階段に向かう。残された部屋で未だに舌戦を展開している登紀と未来に、居並ぶ会長以下の偉いさん方は、ただただ溜め息を漏らすだけだった、


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