第四章 呪いを打ち破れ!
第33話 さぁ役者は揃った!
赤銅色の満月が天の頂に輝き、その月光が夜の闇を怪しく染め照らす。そこは風もなく音も聞こえない、まるで一枚の絵画のような世界。
五つの輪をその足元に纏った少年が、地にヒザを付き肩を落として、ひとりぼっちで天を仰いで
まるで自分の胸の内も、その心も、命も、全てを吐き出すように。絶望と自虐と恐怖と後悔と、虚無感を織り交ぜたような叫び声をあげて、血の涙を流して、彼は泣き叫び続けた。音の無い世界に、彼の悲鳴だけが
そんな少年の体から、無数の糸が伸びている。糸は彼のすぐ後ろにいる影の手に収まり、その影はまるで人形師のように少年を操る。
その口角を釣り上げて邪悪に
お互い違う国の衣装を纏ったその女性たちは、天を仰いで嘆く少年を見てたおやかに微笑む。まるで悲劇の人形浄瑠璃を鑑賞する観客のように、感情のない笑みを浮かべて。
その少年を私は知っている。まるで悲劇の絵画のように残酷なシーンの只中にいる、その少年は。
――私が恋した、大切な、あの人――
◇ ◇ ◇
「・・・・・・夢?」
私は目を覚ました。その目からは涙の道が頬を通り過ぎ、枕と布団を濡らしていた。あまりに悪い寝起きに心臓が早鐘を打ち、全身にぶるぅっ! と寒気が走り抜ける。
「なんなん・・・・・・今の夢」
目を覚ます直前、私は多分絶叫していた。というより自分が叫ぼうとしたことが意識を覚醒させたのだろう。悪夢から目覚める時というのは、大抵が自分の脳が何か行動を起こそうとして体を反応させることがキッカケになるものだ。
でもそれも無理もない事だろう。私の好きな少年が、
「ホンマ、縁起でもないわ」
私、
「登紀です、未来君、入るよー」
(どうぞー)
ドアを開けて中に入る。そこにはすっかり準備万端とばかりにスーツにネクタイ姿の彼が、うーんと伸びをして笑顔を見せる。
「あー、長かったぁ」
「一か月ご苦労様」
かつて未来君と再会したこの会議室。今は世界唯一の
何せ彼はこの”時遡プロジェクト”の最重要人物だ。セキュリティが万全なこの最上階の会議室に、ベッドや診療器具はもちろんのこと、
私は彼の専属秘書として、この一か月付きっきりで彼の診察に付き合ってきた。どこか邪な目で彼を見る医師も多く居たが、そんな輩にも未来君は嫌な顔一つせずに要求通り体を傷つけ、その体を診断に委ねた。
まぁ、そうは言っても彼の体は普通じゃない、なにせ血液を採取するのすら一苦労なのだ。注射針を刺して血を吸い上げる猶予はわずか一秒間しかないのだから当然なのだが。結果まともに彼を治療しようという意志と情熱のないイカサマ医師は、ここからシッポを巻いて逃げ出す以外の選択肢は取り得なかった。
そんな診察ラッシュがようやく一段落し、訪れた者達も得られたデータを持って一時自分の国や県に帰り、それを検証する段階に入っていた。
なので今日は未来君にとって久々の診察から解放される日なのだ。といっても自由行動というわけじゃなく、改めてこのプロジェクトの人員や役職を正式に決める会議に出席することになっている。それでもこの部屋に缶詰状態での診察三昧な日々からようやく抜け出せるとなると、彼が上機嫌なのも無理からぬ事であろう。
「まだちょっと時間あるね」
「そのへん散歩して回らへん?」
私の提案に未来君は満面の笑みで「うん!」と頷く。なにせこの部屋からすらロクに出られなかった彼にとって、外の空気を吸う事は最高の気分転換になるだろう。まだ出社時間は先であり、会社にいる人物もまばらなレベルだ、広い社内を朝の散歩としゃれこむことにした。
エレベーターで一階まで降り、そこから建物の外に出て駐車場を抜け、憩いの公園スペースまで歩く。初夏の朝もやが煙る中、ふたりきりで寄り添っているこの時間はもうずぶん懐かしい感じがした。
(ほんまに、こんな時が来るなんてなぁ)
かつて私に降りかかった呪い。その時遡の人生の中で私は未来君と出会った。知り合い、魅かれ、恋をして、挙句に一方的に忘れさせて別れた。彼もまた私の長い時の中で、思い出としてのみ残るはずだった。
だけど、彼はそんな私の運命を大きく変えた。本来私が受けるべき呪いを彼は私から強引にむしり取った。そのキッカケになったのは他でもない、私と彼が交わしていた交換日記だと言うのだ。彼の真面目さの象徴であったその交際の証が今、私達二人を違う道に歩ませているのだから。
二人並んでベンチにちょこんと座る。そこから見上げる彼は以前よりやや大人びて見えた。まぁ別れてから三年経っていたし、それからの一カ月はずっとベッドで白衣だったのもあって、スーツ姿の未来君はかつてよりずっと格好よくなっていた。
反して私は見た目女子中学生まで幼くなっていて、並んでいるとどう見ても兄妹にしか見えない。少なくとも初見で恋人同士と見抜く人はまずいないだろう・・・・・・少し悔しい。
でも、ここから私は成長する。ここから彼は若返る。二年もすればお互いの肉体年齢は逆転し、彼だけが時遡の孤独へとハマり込んでいく事だろう。
だけど。
彼は私が全く考えもしないやり方で、その呪いから真っ向と向き合おうとしている。この情報化社会を利用して自分の呪いを全世界に発信し、人類総力戦で対抗しようというのだ。それは私には全く想像もつかなかった発想、真面目で真っすぐな彼だからこそ思い至る、ある意味究極の対抗策。
人間の”良心”を信じる彼だからこその、その行動。そして――
「時間だね、行こう」
「うん」
彼の声に応えて立ち上がる。本社建物に戻ってエレベーターに乗り、会議の会場である十一階へ向かう。
◇ ◇ ◇
「プロジェクトリーダー、三木理子専務」
会議にて、井原昭三会長がそう発し、三木理子専務が起立する。続いて三木誠二社長が、この”時遡プロジェクト”の人員を発表していく。そして、それは・・・・・・
「医学研究班責任者、橘 俊介(30歳、神ノ山登紀の最初の診察医の孫)」
「医学研究最高顧問、Dr.ロベルタ・リヒター(62歳、世界的新薬”リヒター”発明者)」
「薬学錠剤研究主任、
「医学遺伝子部門研究員、ヤボ・ケイツリ(26歳、南アフリカ、同上)」
「X線医療技術、ベルッティ・エロマー(25歳、フィンランド、同上)」
「特別セキュリティ総括、アイン・J・鐘巻(55歳、日系アメリカ人、元ICPO捜査官)」
「情報技術管理、三宅修一郎(52歳、元警視庁公安部の情報処理担当)」
私がかつて探偵だった日々に関わり、そしてすれ違ったと思っていた人々、でも私に恩義を感じて、今この場に集まってくれている人たち。
「呪術研究総括、
「歴史研究科、
「同、助手、水原 太一(22歳、矢野遺跡資料館勤務)」
「日本古代史研究家、
「星占術アドバイザー、マルガリータ・ディアズ(82歳、メキシコ、古代アステカ星占術習得)」
「同、助手、渡辺一馬(18歳、天野未来の友人、学生時代に天文学を学ぶ)」
「同、助手、ピーター・フィリップ(24歳、ニューギニア、元人身売買被害者)」
「同、助手、アバ・ハリス(21歳、オーストラリア、同上)」
未来君の呼びかけに答え、”呪い”という方向からこの病を研究せんと集まった人たち。
「被験者管理担当、三木七海(20歳、社長令嬢、元クラスメイト)」
「広報協力、”(株)エディ出版”の本件担当、宮本 月子(元クラスメイト、ライター件小説家)」
「専属送迎担当、天野 流(未来の父、48歳、個人タクシー経営)、および”有限会社徳庵タクシー”(流の元勤務先)」
「ボランティアチーム運営担当。天野芹香(未来の母)、岩城 勝(高校教師)、本田秀樹、川奈潺(元クラスメイト)・・・・・・」
そして、私と未来君が出合ってから別れるまでのわずかな時間に、私たちの仲を応援してくれた、大切な友達や仲間。
「最後に、被験者秘書、および闘病経験者としてのアドバイザー、
「はいっ!」
「並びに被験者、
「はい!」
最後に私たちの名が呼ばれ、これで全員が起立した。これからこの”時遡の呪い”、”
「さぁ、この馬鹿げた病気に、我々全員で打ち勝とうじゃないか!」
ぱんっ! と柏手を打ってそう言い放つ井原会長。答えて会議室の全員が腕を天に掲げて盛大に咆哮を上げる!
――おおおおおーーっ!――
◇ ◇ ◇
キャラクター紹介①
https://kakuyomu.jp/users/4432ed/news/16817330658007962593
本作の主人公。時遡プロジェクト・被験者秘書、および闘病経験者としてのアドバイザー。
141歳(明治十七年生まれ)、肉体年齢は15歳
77歳の時に時遡の呪いにかかり、そこから時と共に若返ってこの年齢まで幼くなった。肉体そのものが一秒ごとに一秒前に作り替えられているために、負傷しても一秒後にはそれが無かったことになるという不死身の副産物がある。また、時計仕掛けの前で知己の者に対すると、自分の存在を忘れさせるという力も与えられていた。
元々は田舎の百姓の家に嫁いだ女としてつつましく生きて来たが、呪いにかかってからは戸籍を偽装して各地を転々とし、不死身を生かして探偵業を営んでいた。大きな麻薬組織を壊滅させたのをきっかけに地検特捜部や国際警察に縁が出来、より大きな犯罪組織へと潜り込んでその根を断ってきた。
高校生まで若返ったのを機に学生生活に突入、そこで出会った少年、
15歳時の見た目は年の割に小柄だが出る所は出ている。二の腕まで下がる少しウェーブがかった黒髪をそのまま、またはポニーテールにしている。赤系の服がお気に入り。
77歳時にはさすがに白髪が多く混じり、顔のシワも年相応にある。だが昭和のお婆ちゃんにしては若作りで、腰も曲がってはおらず、きちんと歩ける元気なお婆ちゃんである。
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