第18話 約束

「きりーつ」「礼」「ちゃくせき」

 キーンコーンカーンコーン、というチャイムをBGMに、日直の私、神ノ山登紀の号令に合わせてクラス一同が先生に頭を下げる。着席した皆がようやくお昼休みだと息をつき、ガヤり始める。


 が、教壇の前に立った先生はそこから動かず、何か呆けたような表情で固まっている。そのせいで和みかけたクラス全員が「え?」という顔で思わず固まる。その岩城先生の視線は・・・・・・私をじっと見ていた。

「・・・・・・神ノ、山? ああ、うん。号令、ご苦労さん」

 そう言ってふぅ、といからせた肩を下ろし、荷物を持って退室していく。アゴに手を当てたまま、何か疑問を抱いたように首を捻って。


「なーに、今の先生」

「トキちゃんの方じっと見てたよね、ひょっとして禁断の愛?」

「天野君大ピンチじゃないの、それー」

「なんでやねん」

 女子のひそひそ話に渡辺君が突っ込みを入れ、宮本さんがふむふむとメモにペンを走らせる。

 まぁそんな下世話な勘繰りが的を得ているはずもない、天野未来と神ノ山登紀の仲はもう完全に公認状態で、担任の岩城先生も天野なら不純異性行為には発展すまいと(一応釘は差している)安心して見守っていた。昨今の教師の不祥事が全国で相次ぐ中、このお堅い担任がそんな行為に出るはずもないとは誰もが思っているのだ。


「神ノ山さん、大丈夫?」

 机の横に来た未来君の声で我に返る登紀。うん大丈夫と笑顔を見せ、今日も彼の為に作ってきたお弁当を机に広げる。いつもありがとう、という彼の声を聴きながら、私は心の中の不安を振りほどこうとする。


 いつからやろ、私の周りの人たちが、まれに今の先生のような顔を見せるのは。

 どこか「何かおかしい」というような、記憶が飛んだかのような、状況認識が出来ていないかのような。あるいは、私を見て「あなたは、誰?」とでも言いたげな表情を向けてくるんは。

 それは仲のいいせっちゃんやななみんであったり、委員長会議で出席した隣のクラス委員の娘であったり、今のように先生であったり・・・・・・そしてあの日、阿波踊りの帰り道で未来君が見せたあの表情だったり。


 呪いを受けて以来私はずっと孤独だった。時を遡る体になって、他の誰とも同じ時間を歩めない自分は、ひとりでいるしか無かった。

 でも、高校生になって、私には好きな人ができた。たくさんの友達ができた。年甲斐もなく、そして呪いの体には分不相応の『青春』を今、堪能している。

 だから先日の文化祭、演劇のシナリオは私の心に響いた。主人公のひとりだと思っていた彼女に、いつの間にか友達が出来ていた物語は、私の心にまともに刺さった。だからその役を演じた時、ラストシーンでは本気の涙を流すことができた。


 そんな青春が、友情が、そして恋心が、ゆっくりと剥がれ落ちていくような、そんな不安を、彼らの表情の奥底に見ていた。


「やっぱ体調悪いの?」

 天野君が私の顔を覗き込んで言う。いけないいけない、せっかく自信作のお弁当の披露なのに、いつまでもネガティブじゃ駄目だ、と顔を上げて笑顔を作る。

「大丈夫やて、ちょっと授業でわからんトコあっただけ。さ、お弁当食べよ」

 

「おーおー、今日も気合入っとるねぇ、ときちゃん」

「冷め切った弁当なのにホカホカ湯気出とるわ、このこのっ!」

 せっちゃんとななみんがお約束の冷やかしを入れた後、ごゆっくり~、と私たちから離れる。こういうお約束も私が望んだ青春の一幕なのだ、と気を取り直して彼とお弁当タイムに入る。



「じゃ、これ。今日の分ね」

「うん、楽しみ」

 放課後、未来君から交換日記を受け取る。1000ページを超える分厚いその日記帳も、もう三分の二がお互いの筆跡で埋まってしまっていた。お互いの日常、想い、質問、時には悩み相談などをつづったその本は、もう二人にとっての宝物だ。

「でも意外だったよ、神ノ山さんって以前から友達多い人だと思っていたのに」

 先日の演劇のラスト、あの涙は実は本当に泣いていたという事を日記で伝えていた。私は友達という存在に無縁で、ずっとひとりだったと書き伝えると、帰ってきた日記に驚きと救いの言葉が綴られていた。

『じゃあ今は三木さんも川奈さんも、天野さんもいるし、本田君や渡辺君もいる、友達いっぱいいるね』

 その文章の最後に『それに、僕も』と小さく書かれていたので、お返しにその部分を思いっきり赤いハートマークで囲んで、蛍光ペンで引き立てて返してあげた、さぞ彼は赤面したやろう。


 彼と別れた後、そういや今日は日記のネタがあまりないなぁと思い、何気なく帰宅路を眺めて回る。いつもと同じコンビニ、田舎らしく自己主張の強い電波塔、全国チェーンの喫茶店、いつもの代わり映えしない景色。

 と、道の奥に少し入った一軒の店に目が止まる。いつもはスルーしている古美術品店アンティークショップだ。まぁ生活には役に立たない道楽のお店だし、私はともかく未来君のお小遣いじゃ縁のない店だろうと興味をひかれなかったのだが・・・・・・

(ひょっとしたら、何か郷土の歴史にちなんだ逸品があるかも)

 そんな思いに駆られてそちらに足を向ける。例え無駄足やったとしてもそれが日記のネタになるし、もし発見があれば未来君と一緒に改めて来店するのもいいやろう。


「ごめんくださーい」

 古い戸板のドアを開け、中に声をかけるが返事はない。店内にはうっすらとホコリが積もっており、かすかにカビ臭さが漂っていた。あーこりゃハズレやなー、と思いつつ置いてある品に目を走らせる。

「蓄音機に手回し式オルゴール、古い超合金のオモチャにプラモデル、古いランプや黒電話、ドールに壺に古時計、か」


 ある程度綺麗にされていればそれになりに価値もあるのだろうが、それでも未来君の興味を引く方向性ではないようだ。店の人が居ない所からも繁盛しているとはお世辞にも言えなさそうだ。

 一通り店内を見終わって帰ろうとした時、入り口のすぐ横に大きな古時計が据えられているのが目に入った。立派な木造りの仕掛け時計らしく、この店では最も人目を引くかもしれない。その振り子の納められているガラスの部分には、一枚の張り紙が付けてあった。


 ”ご自由に鳴らしてください”


 表題のように大きく書かれたその下に時間のセットの手順が書いてあった。うーんこれは帰ろうとする人を引き留めるためのトラップなんかいな? それとも触れた途端に壊れて弁償を請求されるとか、まさかとは思うがこれがインターフォンちゃうんかいな?


 まぁでも万が一ふっかけられても法律の知識を盾に反論するまでや、伊達に長年探偵はやっとらん。興味が出て来たので手順通り際にあるネジノブを手に取り、時計の後ろに出ている四角棒に差し込んでキリキリとゼンマイを巻く。

「えーと、次は下を開けて振り子を揺らす、と」

 木組みの小さなドアを開け、中にあるふり子を揺らすと、それに合わせてカッチ、コッチと時計が始動する。あとは時計の長針を59分の所に合わせれば、ほどなく仕掛け時計が作動するはずだ。


 カッチ、コッチ、カッチ、コッチ、カッチ、コッチ・・・・・・ポーン!

 あ、来た。さてさてどんな仕掛けが?


「!?」


 ヴンッ!という音と共に店内全てが闇に包まれる。今はまだ夕方前で入り口の横はショーウインドウのガラスであるにもかかわらず、まるで一瞬で夜になったような錯覚を起こす。

「うそっ! なんやこれ、すっごいわぁ」

 てっきり時計から可愛い人形でも出て踊るのかと思いきや、まさか店全体を演出に使った仕掛けとか・・・・・・でもこれ、アンティークとは全然関係ないやない、と思わず苦笑する。というか肝心の時計も真っ暗で全然見えないんじゃ意味がないやないか。


 と、暗闇にぽっ、と光が灯る。

「え、何や、これ・・・・・・」

 それは天井からでも時計からでも無かった。登紀の足元を中心にして、まるで魔法陣のように地面から赤い光が円を描いて浮かび上がっているのだ。でもおかしい、私は棚やイスが並べられた狭い店内の通路に立っていたハズ、なのにこの光はそれらが全くないかのように、地面に平たい円を描いて輝いている。


「どういう、ことや・・・・・・?」

 周囲を見回しながら、そう言う事しか出来なかった。店が用意した仕掛けにしてはあまりに大仰で場違いな演出、ここまでの仕掛けを用意するならそれこそテーマパーク級の予算が必要になるだろう、ほな、これは一体?


 その光の外周から何かが、ゆっくりと生えてきた。まるで彼女を取り囲むように。

「あ、ああ・・・・・・これ、はっ」

 登紀はそれを知っていた。かつて夢で見て、そこから呪いが始まったあの『約束』。それを結んだ相手、それは無数の痩せこけた『子供の手』だった。


「おまはんら・・・・・・夢や、なかったんや」

 その小さな手が地面を支え、あの子供たちが光から湧き出てくる。そう、思い出した、あの痩せこけた子供たちは自分たちに何かを『かわって』とお願いされていた。


 登紀にはもう分かっていた、これは仕掛け時計なんかじゃない、私にかけられている呪いが今、はっきりと形を成してきたのだ。若返る呪いは、今日この日の為に?


『もうすこしだね』

『うん、もうすこし』

 登紀を見つめてそう口々にこぼす子供達。

「もうすこし? 確かおまはんら、私に代わってちゅうとったな、まだ代わらんでもええんか?」

『うん、もうちょっと、あたしたちとおなじとしになってから』

 その返しにぞくりとした悪寒が背筋を走る。自分の『若返る呪い』は、その身をこの子たちの年齢まで若返らせるためにこそ進行しているのだ。そしてその時が来たら私はこの子たちと何かを『代わらなければ』いけないのだ。


「なぁ、おまはんら」

 ヒザを付き、彼らと目線を合わせて問う。出来るだけ穏やかに、早鐘を打つ心音を押さえながら、自分にとって最悪の結末を予感し、それを心のどこかで否定したくて。

「私に一体、なにを代わって欲しいんや?」


 怖い。あの時は感じなかった恐怖が、今は体の芯からせり上がって来る。かつて寿命を迎えるだけだった時に交わした安易な約束は、若返って青春を謳歌する今の自分にとって、恐怖と後悔になって心を抉るかのようだ。


 どうか、私を殺さないで、怖い目に合わせないで――



 でも、返ってきた答えは、その願望を、望みを、否定する。



『 い け に え 』 

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