第71話 あの場所を探せ!
「え、”おおかみさま”が、待ってる?」
魔法陣の子供達の言葉に未来君が思わず反応する。それも無理もない、今までその存在の手がかりを得られなかった”おおかみさま”が、向こうからコンタクトを取って来たのだから。
「あそこって、どこ? どこに行けばそのおおかみさまに会えるの?」
正面の子供の肩を掴んでそう問い詰めるも、その子は目を伏せて黙るばかりだ。隣の娘も、横に居た子供も、後ろにいた女の子も皆それ以上は答えない。
「あ・・・・・・」
しばしの後、その子供達と魔法陣が、ふっと色を失っていく。いけない、魔法陣が消えていく。折角掴みかけた手掛かりが、彼らと共に消失していく――
「待って! どこに、どこに行けばいいの?」
叫ぶ未来君に私たち全員も同じ思いで消えゆく子供たちを凝視する。でも彼らは答えない、あるいは『答えられない』のか・・・・・・
その時だった。一番長身の子供が未来君に背を向け、首を挙げて斜め上に視線を送る。そのアクションに他の子供達は皆一斉に「あっ!」という顔をして、彼に習って同じ方向に向き直り、同じ方向を見る。
そして彼らは、いつものようにスゥ、と消えてしまった。
「ち、勿体付けてくれる!」
鐘巻さんが口惜しそうにそう吐き捨てる、それは私たち全員の心境を代弁したセリフだった。
「とにかく、あの子たちの言う『あそこ』がどこなのか、何か心当たりはないかね?」
冷静に顎髭を撫でながらDr.リヒターがそう問いかける、霊的現象に対してクールでいられる医療班は大きく動揺する事無く、呪術班に回答を求めてきた。
「ううむ、流石に姿を見た者すらおらぬではな」
「一度でもどこかで出会ってたら、そこなんでしょうけどねぇ」
白雲さんに続き門田さんが難しい顔をして首を振る。長き時を生きて来た白雲さんでも見当がつかないとなると、正直私達ではどうしようもあらへんか・・・・・・。
「今の子供達、最後に何か
水原さんがそうこぼす。確かにあの子供達は消える直前に何か印象に残る動きを見せた。最初に年長と思われる子供が斜め上を見上げ、他の子供達も同じように習った。
(斜め上を見る、同じ方向に向き直る・・・・・・あ!)
「あの夢や! 恐山で見たあの山、生け贄の子供たちが向かった山にあった犬の像、あっこにおるんちゃうんか?」
「あ!」
「それだっ!」
そうだ、あの恐山で見た夢。生け贄の子供たちが向かった、山の麓から山頂へと真っすぐに伸びた道、その上にあった大きな犬の石像、そこからあのおおかみさまが具現化したんや、門田さんの姿で!
恐山で同じ夢を見た仲間たちが色めき立つ。間違いない、山の上を目指す視線を見せることで、あの子たちはそれを表現してくれたんや。
「あれか、あの銅鐸の内側の絵、あの場所にいるのか?」
「うん! 恐山で見た夢も、あの絵の通りの山だった」
大荻さんに未来君が答える。だが・・・・・・
「で、
水原さんの問いに全員が沈黙する。確かにあれはどこかの小高い山だったが、なにぶん夢で見た光景、しかも今よりはるか昔の情景であろうから、現在のどこに相当するのかは知り得ない。
「村人たちが阿波弁喋っとったから、徳島県のどっかとは思うんじゃけど・・・・・・」
「さすがにすぐに特定するのは困難だろう、その夢を見た皆は出来るだけ詳しく思い出してくれたまえ」
「検証は明日以降でもいいでしょう、今日はもう帰社時間ですよ」
社長に続いての専務の言葉に、全員がもう夜七時を回っている事に気付く。さすがに今からその場所を探そうにも夜の闇の中では捗らないだろう。
「そうね、天気予報によると明日は前線が南下して雨も収まるみたいだし、焦る事はないわ」
ななみんがスマホで天気をチェックしてそうこぼす。もしあのおおかみさまが水害に対して手を打つために未来君を呼び出そうとしたとしても、水害が切迫していないなら時間的猶予はある。そもそもちゃんとした場所を指定して来ないのはあちらの落ち度なのだから。
結局その日は解散となった。とはいえ私と未来君、ななみんは社にカンヅメなんで帰らんのやけど。
「なんだか、おおかみさまに遊ばれているような気がするなぁ」
深夜、ロビーの自販機前で就寝前のお喋りに興じる私達三人。未来君のその嘆きにななみんんも「そうよねぇ」と息を吐く。未来君を生け贄として食べたいなら場所くらいはっきりさせればええのに、まるでこっちが悩むのを楽しんでいるみたいや。
「七つのひみつとか問いかけるし、真面目に神様する気が無いんやろか」
「大荻さんもそんな事言ってたよね、神様は謎かけが大好きだって」
果たして遊ばれているのか、それとも試されているのか、おおかみさまの真意は未だに見えてこなかった。
「ほなこれ、今日の分な」
「あ、うん。寝る前に読むよ」
ついさっき書き終えた交換日記を未来君に渡す。まぁ今日あった事を書いているだけなんやけど、ほれでもお互いの見聞きした事を文字にして残すのは思わぬ発見があったりするもんや。
「まだやってるのねぇ、よく続くわ」
ななみんの呆れ声を最後に、私たちは部屋に引っ込んで明日に備えての眠りに落ちて行った。
◇ ◇ ◇
空が白み始める夜明け前、私は部屋のドアを激しく叩く音に起こされた。なんなんよもう・・・・・・?
はいはーいと答えて起き上がり、寝間着の上に薄手のフリースを羽織ってからドアを開ける。その前に居たのは、真っ青な顔をしたななみんだった。
「トキちゃん・・・・・・大変、だよ」
『本日フィリピン沖にて台風一号が発生しました。中心付近の気圧は985
部屋のテレビモニターにかじり付く私達三人。未来君も眠そうだった目を見張って身震いしている。まるで用意されていたかのように、大水害へのカウントダウンが始まってしまった。
「なんて・・・・・・こと」
朝八時。もちろんプロジェクトの皆がそのニュースを聞き逃すはずもなく、全員が出勤時間前に突貫で会社に詰めて来ていた。生け贄の子供たちの言う”あの場所”への手がかりを全員が検証する。
「田園風景、小高い山、その頂上に真っすぐに伸びる道、他に何かないか?」
「おお
「現代科学の粋、ググルマップ様の出番だな。徳島に限定できるならそれらしい所の特定は出来るだろう!」
「古い時代なら今はない寺社の可能性もある、古代の地図も探してみよう」
東北旅行組がその情景をイラスト描きしたり、文章で特徴を箇条書きにしたりして提出し、大荻さんと水原さんは徳島の古い文献を洗い出し、三宅さんやアバさんはじめパソコンの扱いに長けた者達が地図検索を使って次々と候補地を選び出していく。とはいえ有名な寺社ならともかく、忘れられた遺跡のような場所も込みだとそれは膨大な数になる。とても手元の資料だけで特定は困難だ。だったら・・・・・・
「「行ってきます!」」
実際に候補地を片っ端から当たってみるしか方法がない。私、未来君、鐘巻さん、ななみん、本田君、渡辺君、ツキちゃんの七人がそれぞれ車で四方に分かれて現地に飛ぶ。
「
「うん、登紀さんも。みんなも気をつけて!」
雨上がりの曇り空の下、各々が車を飛ばして徳島各地に散る。もしあのおおかみさまが水害を食い止められるなら、台風が来る前になんとしても見つけ出して説得するしかない。もし手遅れになれば、私達だけやなくて県民の皆様にもどれだけの被害が出るか想像もつかない。
『上板町の矢倉神社はハズレだ、狛犬の像が無くなっている』
『南阿波サンライン、石角寺。ここは犬の類を奉ってない』
『蒲生田岬の灯台も違う、そもそも海岸ぶちに田園があるわけないだろ!』
『徳島市王子神社、ここに奉られてるのは犬じゃなくて猫!』
各地に散ったみんなからプロジェクト用のラインに次々とハズレ報告が届く。ヒットの情報の無いままに時間だけが空しく過ぎていく。
一日、二日、三日目。手がかりが得られないままに今日も夜を迎える。
「くそっ! 本当に県内なのかよ、もうほとんど回ったってのに、どこにいやがるんだよ!」
「台風は明日にも暴風圏内に入るってのに・・・・・・狙いすましたように徳島直撃コースじゃねぇか!」
「梅雨前線を巻き込むように雨雲を吸収して、予想雨量が過去最高記録って・・・・・・最悪」
憤る一同。藍塚本社のこの大きなビルにも雨の叩きつける音が響き、強風が頑強な建物をも揺らす。もういよいよ時間がない、一刻も早く”あの場所”を突き止めなければ・・・・・・
徳島そのものが、危ない。
点けっぱなしになったTVが台風情報を報道し続ける、既に吉野川の各地で水位がレッドラインを超え、堤防を乗り越え始めている。各地に緊急避難指示が発令され、多くの人が避難所に逃れている。床下浸水が各所で出始め、道路にも水があふれ始めて身動きが取りにくくなってきていた。台風上陸を間近に控えてすでにこの状況なのである。未曽有の大水害がもう目の前に迫っていた。
「今帰りました、残念ながらこっちも手掛かりなしです」
ずぶ濡れの未来君が会議室に入って来てそう報告する。彼はお父さんのタクシーで各地を回っているが、もうあのスポーツカーでは水が出ている道路を回るのは困難になるだろう。
どさっ、と手持ちのスポーツバッグをテーブルに置く未来君。ファスナーを開けてタオルを取り出し、ごしごしと頭を拭いて着席すると、意を決して皆に問いかける。
「すぐ出ます、次の候補地をお願いします!」
「もう無理だ。宝探しはここまでとする、ここからは各自、現実的に台風に対処するように」
会長の鶴の一声に、全員がうぐ、と息を飲む。確かに道路の各所が冠水している以上、目的地もわからずに当てずっぽうで走り回っても立往生が関の山だ。そうなれば最悪車ごと流されかねない、下手をすると命にすら係わるのだ。
「そんな・・・・・・」
思わず嘆く未来君。自分の呪いが招いた水害である以上、責任を感じてしまっとるんやろう。
「未来君のせいやあらへん、とりあえず今日はもう休み、なっ」
彼の憔悴しきった表情を見るに、私の意見に反対する人は流石にいなかった。万事手は尽くした、それで結果が出なかったならしょうがないでないで。
「明日は明日で忙しいんだし、今日はゆっくり休みなさい。ほら、交換日記でも読んで癒されたら?」
ななみんがバッグから覗く日記帳に目をやってそう
・・・・・・あれ?
「・・・・・・あれ?」
私の思考と、未来君のつぶやきがぴたり重なる。
テーブルの上に交換日記をことりと置く。周囲の皆が「なにごと?」という顔をしてわらわら集まってくる中、私たちはその表紙を持ち上げて、最初のページを開ける。
―好きです、付き合ってください―
未来君の文字で書かれた、ただ一行の文章。
ぱらり、とページをめくる。
―返事は、もうちょっと待って下さい、お願いします―
そう、あれは二人の馴れ初めの時。恋し、ためらい、私との間にある障害を自覚し、一度は拒んで、そして。
あの夏の日。
「晴樹さんのお墓がある、あの墓地!!」
「山の上まで真っすぐに伸びたあの道! そうや、頂上に何か社の跡があったはずや!!」
坂野町、犬伏地区にある墓地。周囲を田園地帯に囲まれた、小高いなだらかな山の坂道に作られた古いお墓のある場所。私の夫、神ノ山晴樹が眠るあの場所!
『犬が伏せる』という地名。ああ、そうや。あの恐山で見た夢でも、山頂のおおかみさまの像は地に伏せていた・・・・・・私の、そして未来君との縁の深い、思い出の地。
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