第9話 過剰な庇護と正義の令嬢
「カーライル大公子息様!」
サラティアは
「ビフロス令嬢。……珍しいね、ひとりかな。僕になんの用?」
サラティアの登場にセドリックの黄緑色の目が怖いくらい冷たく光る。
その目を向けられていないイェリナでさえ背筋が凍る思いをしたのに、サラティアは怯むことなく美しい
「バーゼル男爵令嬢にも本学院の授業を受ける自由と権利があります。彼女の同意と欠席届の提出なしに連れ回すのはいけません。以後、お気をつけください」
「わかっているよ、ビフロス令嬢。——ところで君、なんの権限を持って、そんなことを言っているのかな?」
氷の視線だけでなく、敵意を持ったセドリックの声がサラティアに突き刺さる。
さすがのサラティアも、これには
「そ、それは……その……」
そんなサラティアの縮こまった姿に耐えられなかったのは、イェリナだ。
「セドリック! ビフロス様はわたしを心配してくださっているのです! 特待生のわたしが単位を失わないよう、気遣ってくれているのです!」
「セ——……!? イェリナ・バーゼル男爵令嬢っ! 貴女、なんてこと……ッ!」
さすが歩くマナー
今にも卒倒しそうなサラティアを救ったのは、彼女への敵意を和らげたセドリックだ。
「ビフロス令嬢、問題ないよ。僕がそう呼ぶようにイェリナにお願いした」
「そっ……、……それでしたら……問題はありま、せん……ね」
「そう、問題はなにもない。だから僕がイェリナの時間をどう使おうとも問題はない。違う?」
「それは……」
まだ少し顔を青ざめさせたままのサラティアが言い淀む。
——なんでセドリックが正しいことをおっしゃったビフロス様に圧をかけてるの!?
セドリックとサラティアのやり取りを見ていられなくなってしまったイェリナが、意を決して口を出す。
「問題ありすぎです、セドリック! ……ビフロス様はわたしのためを思って親切心で言ってくださったのです。そうですよね、ビフロス様!」
「あっ……それは……」
「親切にしてくださっているだけですよね、ビフロス様!」
イェリナの強い押しにサラティアはとうとう負けた。それまで強張っていた肩の力を抜いて、困ったように微笑んだ。
「…………ええ、そう。そうですわ」
サラティアがイェリナに同意するようゆっくり頷く。それを見てイェリナも満足そうに頷いた。
悪意も敵意もないのだとサラティアが証明したからか、それともイェリナがサラティアを擁護したからか。セドリックは鋭く光らせていた目を和らげ、ふわふわと柔らかい微笑みを浮かべてみせた。
「そっか。それならいいよ、ありがとうビフロス令嬢。これからもイェリナをよろしくね」
セドリックに真っ直ぐ見つめられ、にこり、と微笑まれたサラティアは、青くしていた顔色を急に赤く染めて言う。
「は、はいぃ! で、で、では、わたくしは、こ、これで失礼いたしますわ!」
サラティアは焦っていながらも美しい
——ビフロス様……去りゆく姿も美しい完璧な御令嬢……!
イェリナは、サラティアの背中が見えなくなるまでうっとりと見惚れていた。その肩をセドリックがトン、と指で叩く。
「……イェリナはビフロス令嬢と親しいの?」
「いいえ? でも、ビフロス様はとても親切で格好よい方なので、いずれはお友達になれたらな、って思います」
はにかむ笑顔で答えると、どうしてかセドリックが眩しいものを見るように柔らかく目を細めている。
セドリックを狙う貴族令嬢たちが見たら、悲鳴をあげることもできずに失神するか、顔を真っ赤に染めたままなにも言えずに口をはくはくさせるしかできなかったであろう。
けれどイェリナは、ひと味違う。
——レンズ大きめのラウンドフレームが似合いそうな表情ね。……あ、凄い。強く思うと幻覚眼鏡のフレームが変わるんだわ!
イェリナの思考は相変わらず絶好調で、セドリックの幻覚眼鏡の新たなる可能性と新機能を発見してしまったことに歓喜していたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます