第20話 かくも尊い戯れ
「サラティア様もそう思いますか? わたし、他人に認められるって、どうすればいいのかわからなくて……。だからまずは悪女を目指そうと思っているんですけど、アドレー様の忠告とは真逆の方向に走っているってわかってるんです……でも、それくらいしか思いつかなくて……」
「ふ、ふふ……あの男になにを言われたかまでは存じませんけど間に受けなくても結構よ、イェリナ様。ところでどうして悪女なんていう発想になりましたの?」
「わたしがセドリックに星祭りのダンスを申し込んだのは、あくまでも次学年へ上がる必修単位のためなんです。……や、優しいセドリックを利用するためなんです」
イェリナの正直な告白に、サラティアが目を丸くして息を呑む。
「……それって、悪い女っぽくないですか?」
「イェリナ様は悪女には向いていませんわ」
「ええっ!? そんな、困ります……っ! アドレー様に認めてもらえなかったら、わたし……推薦人と保証人になってくれる方が……」
「大丈夫ですわ、わたくしが貴女の推薦人兼保証人になれますもの。それに、万が一にもあの男が駄々をこねてカーライル様を譲らなくとも、わたくしがイェリナ様に相応しいお相手を探して差し上げますわ!」
「さ、サラティア様……ッ!?」
「心配しないで、イェリナ様。イェリナ様はイェリナ様のままで充分魅力的で人の心を解かせる不思議な力を持っているから」
そう言ってニコリと微笑むサラティアに、イェリナは勇気づけられた。
やはりサラティアはイェリナにとっての女神であった。思わぬところからあらわれた救世主の存在に、イェリナは何度拝み倒したくなったことだろう。
けれど、隣を歩くサラティアの凛とした淑女姿に感銘を受けたイェリナは、お腹にぐっと力を入れて背筋を伸ばして歩くのだった。
§‡§‡§
一方その頃。第三学年の教室にはイェリナとサラティアを見守る二つの視線があった。
「見てみなよ、アドレー。微笑ましくも美しい友情が育まれているよ」
遠隔監視魔法を使ってイェリナとサラティアを見守っていたセドリックが、不貞腐れた顔で隣に座るアドレーに囁く。
セドリックが手のひらで展開していた魔法の窓には、挙動不審なイェリナがキラキラした瞳でサラティアを見つめている姿が映っている。
「セドリック……お前、余計なことを」
魔法の窓を一瞥したアドレーが舌打ちをした。
アドレーがセドリックに気安い態度を取るのはいつものことだし、セドリック自身もそれを許している。
貴族社会は、紳士の仮面を貼りつけて社交するのが
だからセドリックはアドレーの余裕のなさを
それに、セドリックにだって余裕はない。昨夜、父であるブレンダンから言い渡された期限は刻々と迫っているのだから。
セドリックはそれまで浮かべていた陽だまりのような笑みを消すと、底冷えするような冷たさを黄緑色の瞳に宿し、アドレーをじっと見据えた。
「余計じゃない。僕とイェリナが星祭りで踊るためには必要なこと」
「……ッだが!」
「アドレー。もうわかっているでしょ? サラティア嬢は彼女の意志でイェリナについた。……僕が少し誘導したのは確かなことだけれど、彼女は僕に操られるほど愚かじゃない」
「それは……わかっているが……取り柄のない田舎娘など……」
「アドレーが思うほどイェリナは無能ではない。自覚があるよね、何度もイェリナに呑まれそうになっていたのだから」
「………………、……ああ」
「だからアドレー。もう観念してマルタン侯爵令嬢から離れたら? 別に彼女の誓約魔法で縛られているわけじゃないんだろう? 今は彼女の方が支持を得ているし影響力が強いけど、いずれ自滅して失脚するよ」
「……セドリック、それは脅しか?」
「さあね。でも僕にはそうさせる力があるし、イェリナのためならその力を使うのは惜しまない」
イェリナはセドリックの、いや、カーライル大公家にとって大切な存在だ。
大公家の呪われた血と領地。それを祝福に変えることのできる唯一のひと。大公家の血にかけられた呪いを解く鍵となる人物だから。
——ご先祖様がなにを思って大公家の血に呪いと祝福をかけたのかはわからないが……。
セドリックは、魔法の窓の中ではにかむイェリナを見つめながら、その視線の先にいるサラティアを羨ましく思う。
尊敬と友愛が混じった熱い瞳。イェリナから一度だってそんな目で見つめられたことはない。
メガネなるものを深く愛する者に
イェリナが視て微笑むのは、セドリックだからじゃない。メガネなるものをイェリナに視せている呪いのせいだ。
けれどこの呪いのおかげで、男爵令嬢であるイェリナは大公子息であるセドリックに声をかけたのだ。身分や学年の差を超えて。メガネなるもののために。
呪い、呪い、呪い。けれど、祝福でもあるとは、このことか。
——イェリナに真っ直ぐ見てもらえる者が羨ましい。
もや、と。胸の内に湧く黒い感情を自覚したセドリックは、魔法の窓を握りつぶして消し去った。
「アドレー。誰の話を聞いて、誰を尊重すべきか。もう一度よく考えた方がいい」
「……御意」
アドレーが滅多に使わない従僕語でセドリックに答えた。ふい、と顔を逸らしてセドリックを見ようとしないアドレーの姿に、思わずため息が漏れる。
——アドレーに呪いの話をすれば話が早いのだろうけど……今のアドレーにカーライル家の秘密を言うわけにはいかない。
直接的な害はないとはいえ、呪いは呪い。知られてしまえば家の名誉と価値を落としかねない。
カーライル家直系の血を引く者しか知らない事実を抱えることは、やはり呪いのようであった。
§‡§‡§
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