第21話 お友達パワーって凄い

 お友達パワーって、凄い。


 今日一日、サラティアとともに過ごしたイェリナが一番強く思ったことがそれだ。


 午後の最後の授業中、イェリナは熱心に板書する一方で頭の隅の方で友人となったサラティアのことを思う。

 別に、イェリナを取り巻く環境が劇的に変わったわけじゃない。

 イザベラを支援する教授や学生たちがいなくなったわけじゃないし、子供みたいな嫌がらせは止む気配がない。


 もとよりイェリナは他人の視線も囁きも気にしない性質たちではあった。

 けれど、



「どうなさったの、イェリナ様。しっかり胸を張りなさい。そんなことではカーライル様とは踊れませんことよ?」



 と。イェリナの悪口のついででありもしない悪評を囁かれても、サラティアは凛とした姿勢と微笑みをたたえていた。そんな高貴なる貴族令嬢として振る舞う姿に感銘を受けたから。



 ——ひ、光だ……わたしの光……サラティア様……!



 感銘を受けすぎて、イェリナの中でサラティアは女神を超えて、超然たる光となってしまったけれど。

 そんな風にしていたら、朝こそ囁かれていた陰口はお昼前には聞こえなくなったし、心なしか暖かい眼差しで見ている他人が増えた。



 ——な、なにが起こっているのかわからない、けど……こんなことができるのは……もしかしてセドリック、あなたなの?



 自分は一切手伝わない、というようなことを言っていたのに、どうやらイェリナの見えないところでセドリックが協力してくれているのかもしれなかった。



 ——そういえば、わたしのこと……た、大切なひとだ、って言ってくれてた……いつも助けてくれるし……どういうつもりなんだろう。



 セドリックを思うイェリナの胸が、どうしてかトクトクと心地よく脈打つのを感じる。

 身体の芯が熱くなるような、それでいてお腹が空くような。なにかを期待しているような、くすぐったいような。

 その感覚をイェリナはよく知っていた。



 ——これは……この感覚は……眼鏡ショップで眼鏡を選ぶときの感覚……!



 イェリナの感覚は眼鏡を愛するばかりに眼鏡基準でおかしくなっていた。

 はじめてセドリック自身へ向いた関心も、恋に変わったかもしれない心の揺らぎも、眼鏡の前では塵に同じ。



 ——眼鏡……眼鏡さま……。やっぱりセドリックは眼鏡人でいいのかしら。でもあの眼鏡は幻覚……。最近では凄く頑張ればアドレー様のお顔にも眼鏡を幻視することができるようになってきたし……でも。



 それでもやっぱりイェリナの心が燃えるのは、セドリックの幻覚眼鏡を視たときだけだ。それはまるでなにか特別な力に誘導されているように、激しく燃える。



 ——セドリック……はじめてだわ。前世でも出会うことのなかった、どんな眼鏡フレームも似合う稀有な存在……! 次は……次はどんな幻覚眼鏡をかけてもらおうかしら!



 激しく燃えたぎるイェリナの愛と想像力は、やはりすべて眼鏡へと注がれていたのであった。


 そういうわけでサラティアをお手本に気高き令嬢として振る舞い、けれど心の中ではいつものように眼鏡のことでいっぱいにして過ごしていたら、あっという間に時間は過ぎた。


 授業を終えたイェリナがサラティアとともに他愛のない話をしながら学舎の廊下を歩いていると、前方に見知った気配。



 ——あっ、眼鏡の気配がする!



「あら、イェリナ様。カーライル様がお迎えに来てくださいましたわよ」

「あのっ、サラティア様はこの後……」

「わたくしは会って話をつけなければならない方がいますので、これで失礼しますわ」



 そう告げたサラティアの青緑色の目は、冷たい湖のような冷気を宿していた。淑女として美しい形で微笑まれているけれど、見ればわかる。心の底から笑っていない。



 ——まるで戦場へ行く戦乙女のよう……!



 イェリナには、サラティアが誰と戦うつもりなのかはわからなかった。

 けれど、乙女サラティアがなにも告げずに立ち向かうと決めたのだ。引き止めたり理由を聞くような野暮なことなどしない。してはならない。



「さ、サラティア様……っ、ま、また明日……!」

「はい、また明日」



 イェリナはまた明日も美しく凛としたサラティアに会えることを祈って、乙女の背中を見送るのであった。















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