第22話 大公子息が溺愛してくるのですが
サラティアを見送りセドリックと合流したイェリナは、燃え盛る眼鏡への愛をセドリックの幻覚眼鏡にぶつけていた。
——いよいよこのフレームを試すときが来たわ……いでよ!
イェリナが心の中で召喚魔法らしき呪文を唱えると、セドリックの幻覚眼鏡は形を変えた。
——ハーフ系は……ッ、選べない! 選べないよ……だって、そんな……選べないじゃない……。
まるで恋する乙女のように頬を赤らめて、イェリナにしては珍しく、どちらか一方に固定しきれなかった。
知的な印象が強く出る
イェリナの優柔不断は幻覚眼鏡にも影響した。
「そうだ、イェリナ。星祭りで着るドレスは、もう決まっているの?」
セドリックが話すたび、幻覚眼鏡が入れ替わる。
「ど、ドレスですか? ええと……制服ではダメでしょうか?」
「いけないね。イェリナがよくても、僕や周りの人間が許さないよ。アドレーは特に」
今度は
「……あ、あのですね、我がバーゼル男爵家はですね、その……田舎貴族にありがちな財政状況でして……」
「知ってる。だから、僕が用意する。イェリナは僕が贈るドレスとアクセサリーを身につけて、星祭りに参加して欲しい」
いつの間にかイェリナの手を取り握りしめていたセドリックの顔には、どうしてか眼鏡の幻が消えていた。
「えっ」
息を呑む余裕はなかった。けれど、悲観するような欲もなかった。そのときだけは、イェリナの目がセドリック自身を見ていたからだ。
神秘的な黄緑色のその奥の切実な炎。言葉の裏に見え隠れするセドリックの真剣な心。そういうものを真正面から浴びてしまったイェリナは、ほんの一瞬だけ眼鏡を忘れた。
——ドレスとアクセサリーを贈るって……だって、それは……。
——それって『貴女はわたしのもの』って愛を誇示する手段だわ。
ぱちりぱちりと目を瞬かせ、イェリナはセドリックの顔色を読む。
高位貴族お得意の紳士の仮面でも被っているのだろうか、という浅はかな考えは霧散した。目を見ればわかる。セドリックは真剣だ。
真っ直ぐ自分を見て欲しい、と訴える目が、イェリナをさらに困惑させた。
——どうしよう、このままじゃ本当の悪女になってしまう!
ひとの気持ちを利用して使い捨てるなんて、それではセドリックを好いて捨てる気分屋の令嬢たちと同じこと。
それに気づいたイェリナは、途端に青褪めた。半端な気持ちで悪女を目指した愚かさも、セドリックの気持ちを少しも考えていなかった利己的な自分も。すべて投げ出して許しを乞いたかった。
「セドリック、あの……わたし……」
「イェリナ、受けてくれるね? 星祭りのためだ、できるでしょ?」
そう言って柔らかく微笑むセドリックが、イェリナの手を包む彼の暖かい手が、イェリナの口を閉じてしまう。
「……あ、…………わ、わかりました。……よろしくお願いします」
セドリックへの返事とは裏腹に
悔しくて不甲斐なくてイェリナは自分のくちびるをギリリと噛んだ。けれどそれも、セドリックが真綿のようなまあるい声でイェリナを優しく包んで止める。
「ふふ。イェリナは素直でいい子だね。それじゃあ、行こうか」
「え、行くって……どちらへ?」
「秘密。でも、きっとイェリナも気に入ると思う」
ふわりと笑ってイェリナの手を優しく引いたセドリックの顔には、
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