第52話 どうして地下遺跡があるんですか!?

 夜が明けて、星祭り前日の朝がやってきた。

 窓から爽やかな朝の日差しが差し込んでいる。晴れ渡る青い空と鮮やかな日差しは、午後には少し汗ばむくらいの気温になるだろうことを予感させた。


 星祭り前日は学院アカデミーの授業がない。

 舞踏会ダンスパーティーに向けての準備日として設けられているからだ。

 そんな朝をイェリナは大公邸の食堂ダイニングで過ごしている。


 長い食卓机ダイニングテーブルの末席で大公家の料理人シェフが作った朝食モーニングを味わっていると、隣に座るセドリックがイェリナに話しかけた。



「イェリナ、今日は君に見て欲しいものがあるんだ」

「セオ、また地下遺跡に行くのかい?」

「……ち、地下遺跡……?」



 何気ないジョシュの言葉にイェリナは思わず身構えた。

 普通、自宅地下に遺跡はない。

 いくら高位貴族でも、地下遺跡なんていうものを王都郊外の敷地内に所持などしていない。朝の日常会話で「地下遺跡に行くの?」なんて会話がなされることもない。田舎貴族であってもそれくらいの常識はある。



 ——もしかして、大公邸が王都郊外にある理由って……。



 消えたままのセドリックの幻覚眼鏡といい、地下遺跡といい、カーライル大公家は不思議で不可解なことがあるようだ。

 建国時から続いている家門ともなれば、田舎の地方貴族には理解できない事情があるのかもしれないけれど。



 ——……はっ、もしかして!



「まさか大公家の方と共に踊るダンスするには、なにか儀式でも必要なんですか!?」


「ははは、面白いお嬢さんだね。そんな儀式はないから安心しなさい。……イェリナさん、セオはここのところ、ずっと遺跡にこもって調べ物をしているんだ。研究の成果を一緒に行って見てやって欲しい」


「大丈夫よ、イェリナさん。ちょっと驚く魔法がかけられている遺跡なだけだから。見て触れても害はないし……そうね、ただ綺麗な場所だから是非、見て欲しいわ」



 イェリナのトンチキ極まりない言葉に、ブレンダンとその妻メイリーヌは優しく微笑んでそう告げた。

 どのような事情があるのかはわからないけれど、どうやら彼らはイェリナにセドリックと一緒に地下遺跡とやらに行って欲しいことだけは理解した。

 ふたりから滲み出る高位貴族特有の見えないプレッシャーのようなものを感じ、イェリナの背筋がゾワリと震える。



「は、はぁ……そうですか。わかりました、セドリック。連れて行ってください」

「ありがとう。じゃあ、食べ終わったら行こうか」



 地下遺跡への誘いに同意したイェリナに、セドリックはどこかホッとしたように頬を緩ませる。

 そんなセドリックを眺めながら、どうして「ありがとう」なんだろう、と疑問に思う。けれど、そんな疑問は地下遺跡とやらに行けばすぐに解けてしまうことだろう。

 だからイェリナは小さく頷いた。ひとつ頷いてセドリックから視線を外す。


 幻覚眼鏡というフィルターが存在しないセドリックの美貌はちょっと刺激が強すぎて、イェリナの心臓を悪戯にくすぐるからだ。






「これ……凄いですね。綺麗な場所ってレベルじゃないわ」



 朝食後。食後のお茶ティーを楽しむ時間を惜しんだセドリックに連れてこられ、噂の地下遺跡に足を踏み入れたイェリナは感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。


 足を踏み入れるなり起動する魔法式。入り口から奥へと向かって光の道が点灯する様は、前世でよく観たS F映画や、逆台形ウェリントン型フレームの眼鏡がよく似合っていた友人が夢中になっていたゲームを見ているような感動があった。


 よくよく見ればその光には、道案内や遺跡の特徴などの説明書きが表示されている。

 イェリナとセドリックが奥へと進むたびに表示や数値が切り替わる光の文字は、確かに美しく綺麗だ。自然的な美ではない、人工的な美しさ。



 ——……これってまさか、拡張現実オーギュメント魔法? 遺跡全体に魔法をかけているの?



 膨大な魔力と魔法式で満ちたこの地下遺跡を「綺麗な場所よ」と言って笑える胆力を持ち合わせているメイリーヌは、のほほんとしていても大公夫人なのだなあ、とイェリナの背筋がゾワゾワと冷えた。


 そんなとんでもない規模の拡張現実オーギュメント魔法によると、地下遺跡にはいくつもの資料室と魔法開発研究室、そして初代大公の執務室があるらしい。

 セドリックは、もう何度もこの遺跡に来ているようで、迷うことも拡張現実オーギュメントに表示された案内を見ることもなく、まっすぐ初代大公が使っていたらしい執務室へとイェリナを導いた。


 今でも掃除をしているのか、塵ひとつない部屋の奥にはひとつの豪奢な木製の執務机。

 セドリックはイェリナを執務机の前まで連れて行くと、机上に置かれた黒い板のようなものを指差した。



「イェリナ、これだよ。これを見て欲しい」



 セドリックはそう言うと、なにやら黒い板の上に指を滑らせて一度トン、とタップする。タップと同時に黒い板が光を放ち、「ようこそ、我が子孫よ」だなんて大仰な文章が流れ出した。



 ——待って。えっ、待って。



 イェリナはこの板によく似たものを知っている。この世界に生まれる前に愛用していた電化製品だ。それによく似ていた。



 ——これって携帯情報端末タブレットなのでは!?



「あの、セドリック……これ、は? この魔法道具って……」

「これはね、僕の……僕の家のご先祖様……始祖様が作られた古代魔法道具。今の魔法技術では再現できない骨董品だよ」

「こっ、古代魔法道具!? 骨董品!? えっ、これが?」


「カーライル家の始祖様は初代国王の弟君で、魔法と魔法道具の大家たいかだったと記録に残っている。そして、この遺跡のすべては始祖様によって造られた」

「……もしかして、騎士団や傭兵の皆様がよく使っている拡張現実オーギュメント魔法って……?」



 いや、もしかしなくてもそうなのだろう。イェリナは浮かんだ予感にブルリと震えた。

 この地下遺跡に足を踏み入れてから、イェリナは震えてばかりだ。気温は肌寒くもなく、心地よい暖かさがあるというのに。

 セドリックがイェリナの想像を肯定するように頷いた。



「うん。カーライル家の始祖様が基礎理論と魔法式を構築して広めたものだね」

「あー……」



 話が壮大すぎる。さすが大公家の始祖だ。思わず呻いたイェリナは、一旦、考えることを止めた。心の平穏を保つためには、考えないこともまた必要だから。



「そ、それでセドリックは、わたしになにをして欲しいの?」

「話が早いね。これを見て欲しい」



 セドリックはそう言って携帯情報端末タブレットを操作する。すると、端末上に認証パスワード入力画面があらわれた。



 ——完っ全に携帯情報端末タブレットだ! 魔力で動いているのかしら……こんなものを作るなんて、カーライル大公家のご先祖様って……。



 イェリナは携帯情報端末タブレットの画面を覗き込みながら思いを馳せる。

 発想が豊かなひとなのか、それとも自分と同じ転生者なのか。どちらであっても、とんでもない人物であることに違いはない。

 そんなイェリナの隣では、セドリックが画面を軽やかにタップして認証番号パスワードを入力していた。ピロン、と懐かしい電子的な響きを持った音が鳴り、画面が切り替わる。



「この画面の前の暗号入力は突破できた。でもこれは僕には読めない。多分、この暗号文にメガネのことが書かれているはず。……イェリナはわかる?」

「こ、れは……」



 ——漢字にかな文字……懐かしい。十七年ぶりに見るけれど、読めるものなのね。



 携帯情報端末タブレットに表示された文章は、イェリナがこの世界に生まれる前に使っていた言語——日本語で記述された手紙であった。







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