第49話 彼が一番、眼鏡は二番
イザベラが去った
イェリナがその事実に気づいてしまったときには、もう遅かった。
ぐるん、と視界が半回転し、気づいたときには
背中に感じる反発は
イェリナは自分に覆いかぶさるように
「……イェリナ、どうして僕を取ったの」
幻覚眼鏡という
ほんのり赤い目元、影が落ちた麗しい輪郭。それなのに、神秘的な
こんな至近距離じゃ、安易に唾液も飲み込めない。イェリナは平然を装ってにこりと微笑んだ。貴族令嬢はいつ、いかなるときでも微笑みを絶やしてはいけないから。
「セドリック、わたしが眼鏡を選ぶと思っていたんですか?」
「当然でしょ。イェリナはメガネを愛している、と……」
「それなのに、わたしの心の赴くままに任せてくれたんですね」
セドリックの想いがイェリナの心臓に染み込んでゆく。
こんなにも。こんなにも愛されていたなんて。今はただ、くすぐったくて仕方がない。
——わたし……わたし、セドリックの隣に立つ資格はあるかしら。錬金術応用を納めて、眼鏡店をオープンさせて……王国に新たな価値観を招くことができれば、女のわたしでも叙爵されるかしら。そうしたら……そうしたら、セドリックと共に歩んでも、認められるかしら。
イェリナは、激しく胸打つ拍動に耐えながら、冷静に将来の算段をつけてゆく。
ただの田舎男爵令嬢が、
そうでなければ、カーライル家の優しくも素晴らしいひと達だって、セドリックを慕う御令嬢方にだって、認められないのではないか。
そんなことを考えるイェリナは、けれど少しも不安などなかった。
前世ではじめて眼鏡ショップに行き、その魅力に取り憑かれて大学の専攻を変えたときのように、未来への期待とやる気しかない。
セドリックとの将来を思い描くイェリナの頬に熱が集まる。セドリックはその赤く染まったイェリナの頬に、そっと手を添えた。
興奮して目を輝かせているイェリナとは逆に、セドリックの黄緑色の目には沈痛な色が滲んでいる。
「イェリナ。どうしてマルタン嬢を許したの」
まるで、許さなかった方がよかった、と言い出しかねない物騒な物言いに、イェリナはそっとセドリックの頬を両手で包む。
ゆらゆらと揺れる黄緑色と視線を合わせ、イェリナは年下の少年を諭すような口調で優しく言った。
「いいですか、セドリック。今日のノー眼鏡人は、明日の眼鏡人になるかもしれない可能性を秘めているんです」
「……、…………うん」
「それに、イザベラ様のご実家は、金融取引を担っておられますよね。このまま禍根を残して敵対したままだと、わたしが将来的に眼鏡店を出店した場合の障害になるでしょう? そうなると困るので」
「イェリナ待って、メガネ店……? 今度はお店? 君ってひとは……いつも僕の想像を超えてゆくね」
「あ、ありがとうございます? えっと……そういうわけなので、イザベラ様を懐柔する必要があったのです」
大人の事情というやつですよ、と微笑むと、セドリックもようやく納得したらしい。
はあ、と短く息を吐き、それから肩の力を抜いて紳士的な笑みを浮かべると、イェリナの上からそっと退いた。
手のひらからセドリックの熱が逃げてゆくのが惜しい。そんなことを思いながら、イェリナも身体を起こして乱れた
「イェリナ……君は時々、僕よりも年上のような物言いをするね」
困ったように眉を寄せ、前髪をかき上げながら斜め下から見上げてくる
思えばイェリナは、はじめからセドリックのこの目に心を奪われていた。
——ああ、そっか。もしかして、セドリックの顔に幻覚眼鏡が視えなくなったのって……。
思い当たる節に微笑んで、イェリナは澄ました顔でこう告げた。
「そうですか? 気のせいですよ」
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