第50話 高位貴族向けのマナー授業はまだ受けてないんですよ
「セドリック、お嬢さん! 無事か!?」
「イェリナ様、大丈夫ですの!?」
ノックもなく
もうひとりは、セドリックが最も信頼を寄せている腹心。アドレーがサラティアを伴って、
ふたりとも紳士淑女らしくなく肩で息をしている。額に浮かぶ汗を拭うでもなく、ふたりがイェリナとセドリックに駆け寄ってきた。
セドリックとは適切な距離感を保って座り、イェリナは泣き出しそうな顔をして抱きつくサラティアを受け止める。
「サラティア様にアドレー様……。大丈夫ですよ、セドリックは無事です! ……マルタン侯爵家の誓約魔法ですかね、アレは。それもわたしが誓約無効状態にし」
「馬鹿ッ! わたくしが心配しているのはイェリナ様のことよ!」
「サラティア様……それなら本当に大丈夫です。イザベラ様とはお友達になりましたから」
「お友達っ!? ……あなた、凄いわね。なにがどうなってそうなったの!」
驚いたように顔を上げたサラティアの目には、もう悲しみや後悔の光は浮かんでいなかった。隠せない好奇心が浮かんだ青緑色の目が光を反射して、輝く湖面のように輝いている。
そんな可愛らしい様子のサラティアへの想いを隠すことがなくなったアドレーが、イェリナとサラティアのやり取りをじっと見守っている。
——あら、優しい目だわ。アドレー様、そんな目をすることもできるのね。
と、見つめる視線に気づいたアドレーが、イェリナの足元までやってきた。
「まあ、お嬢さんだからな。さて……お嬢さん」
「ど、どうしたんですか、アドレー様。改まって……」
「……イェリナ・バーゼル男爵令嬢、どうかこの愚かな男に謝罪をする機会をもらえないだろうか」
「え。……えっ?」
アドレーの突然の行動に、イェリナの戸惑いは置き去りにされてしまった。その場に片膝をついたアドレーが許しを
「……申し訳ない、お嬢さん。俺がイザベラを
「えっ!? アドレー様、顔を上げてください、立ってください!」
アドレーに続いて今度はサラティアまでもがイェリナから離れ、頭を下げた。
「イェリナ様、わたくしからも謝罪を。このお馬鹿さんはセーリング子爵領補佐官の妻としてのわたくしの未来のために、イザベラ様をたぶらかしたのですから」
「サラティア様まで!? あのっ、やめてください顔を上げて!」
次々と頭を下げて謝罪する高位貴族の子息令嬢にイェリナは慌てふためくことしかできない。
「お願いします、顔を上げてください!? な、なんでわたしに謝るんですか!? ここはセドリックに謝るのが階級的にも普通では!?」
悲鳴に近い叫びを上げるも、サラティアとアドレーが頭を上げることはなかった。
——ど、どうしよう!? 階級が上の貴族が頭を下げるって、とんでもないことよね。ど、どう受け答えすればいいのかわからない! 下位貴族向けの対高位貴族用
半ば
イェリナの助けを受け止めたセドリックは、安心させるように柔らかく目を細めると、頭を下げるアドレーとサラティアへ声をかけてくれた。
「アドレー、それにサラティア嬢。イェリナが困っている、それくらいにしたら? イェリナも、彼らの謝罪を受け取るか跳ね除けるか、はっきりさせるだけでいい」
「えっ。……えー……わ、わかりました。えっと……謝罪を受け入れます。……こ、これでいいんですよね!? あ、合ってます!?」
「うん、充分だよ。……よかったね、アドレー。イェリナの優しさとサラティア嬢の情け深さに感謝するといい。でも、二度目はない。二度目が起きるようなら僕が困る」
「……わかってる。ありがとう、お嬢さん。それにサラも。一生大事にする」
アドレーの突然の告白にサラティアがギョッとした。
「いっ!? ……そ、そんなことよりも! わたくし達がこちらへ来たのは、星祭りの参加申請を出すためでしてよ!? 急がなければ……受付が終わってしまったら大変なことになりましてよ!」
そういうわけで、アドレーの告白を流しはしたものの、まんざらでもなさそうな柔らかな顔を見せるサラティアに促され、イェリナは慌てて皆とともに
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