第55話 拝啓、眼鏡を愛する同志の君へ・3

『おめでとう。真の伴侶を得しものよ。カーライル家の血の呪いはたった今、解呪された』



「ほ、立体映像ホログラフィ魔法!? 音声付きで……凄い……これは、記録映像?」

「……呪いが、解けた?」



 セドリックの呟きを間近で聞きながら、イェリナは立体映像ホログラフィ魔法によって映し出された男性を凝視する。

 映像の中の男性は、ニコリと笑ってお辞儀をしていた。



『まずは謝罪を。既に眼鏡のきみが僕の代わりに謝罪を伝えていることだろうけど、改めて。すまないね。でも自分の血筋を囮にして転生者を釣り上げなければ、セーリング領はいつまで経っても救われないだろうから』



 おそらくこの男性が、初代カーライル大公なのだろう。

 イェリナと同じ転生者。けれど目的のためには手段を選ばず、子孫さえ呪う恐ろしい——いや、映像の中で軽やかに喋る初代大公の姿からは恐ろしさの欠片も感じ取れない。



 ——そういうことろは、セオに似ているのね。……あっ。この場合は逆かな。



 イェリナはセドリックに抱きしめられたまま、初代大公の話に聞き入った。



『僕はね、我が儘だから。どうせなら同郷の同志——眼鏡を愛し渇望している同志に託したかったんだ。眼鏡の君なら知っているだろう? 石油は使い方次第だってこと』

 初代大公が片目をつむってウィンクする。


『だからね、眼鏡を愛する君と、君が愛する僕の子孫に託したかった。上手くいったようでよかったよ。呪いを解呪するキーは、眼鏡を真に愛し渇望する人間。その人間が、僕の子孫を眼鏡以上に愛す』

「……ちょ、ちょっと! ちょっと待って! なんでわたしの気持ちを解説付きで他人たにんにバラされなくちゃならないの!?」

「イェリナ……イェリナ、本当に?」



 セドリックの声が期待で上擦っている。きっとセドリックはイェリナの想いを、眼鏡様と同程度、あるいはちょっと下、くらいに思っていたのかもしれない。

 観念したイェリナが顔を上げると、嬉しくて仕方がないと目で伝えてくるセドリックの視線とぶつかった。



『ここにいる君は、いつからか僕の子孫の最高の眼鏡顔に幻覚眼鏡が視えなくなっているはずだ。それでも、今、この場所にいて、僕の話を聞いている。そして、愛を示した。ここまで言えば、わかるでしょ?』

「あーっ、あーっ! セオお願い、耳を……耳を塞いで!」



 つい数分前、セドリックと想いとキスを交わし合ったというのに、イェリナは無駄な抵抗を試みた。けれどセドリックが耳を塞ぐことはなく、初代大公の言葉を傾聴してしまっている。



『僕の呪いは、眼鏡を愛する人間によく効く。けれど、眼鏡以上に僕の子孫を愛すなら、幻覚眼鏡は知覚できなくなってしまう——』

「……そうなの、イェリナ? 僕の顔に、メガネなるものは、もう、視えていなかったの? それなのに……?」



 宝石のようにキラキラと輝く黄緑色イエローグリーンライト。イェリナはセドリックのこの美しく神秘的な目に弱くなっていた。いや、出会ったときから弱かったのだ、と思い直して息を吐いた。



「……わたし、言いましたよ。セオと眼鏡のために、って。眼鏡とセオじゃあ、ないんです」

「イェリナ……!」



 感極まったセドリックがイェリナを抱きしめたまま、イェリナの肩に額を擦り付ける。ぐりぐりと揺れる金色の髪が柔らかく揺れる様が愛おしい。

 イェリナがたまらずセドリックの頭を撫でようとしたところで、何度目かの邪魔が入る。



『さて。カーライル家の血の呪いを見事、祝福に変えた眼鏡の君にはご褒美をあげよう』



 初代大公の言葉に連動して携帯情報端末タブレットがピロン、と音を鳴らした。何事かと思ったイェリナはセドリックからそっと離れて画面をのぞく。

 画面上にはポップアップ。そして、「物理眼鏡」と「幻覚眼鏡付与魔法」とラベリングされた二つのボタン。

 またボタンだ。初代大公様は選択肢を表示して選ばせるギミックがお好きらしい。


「これは……どちらかひとつ、選べということ?」



 呟きながら、セドリックが日本語で書かれた文字を読めないことをいいことに、イェリナは迷わず「幻覚眼鏡付与魔法」のボタンを押した。


 手紙の中で初代大公は、大公としての責務を果たすために眼鏡制作は諦めた、と言っていたから。

 それに物理眼鏡なら、もう存在している。

 この世でたったひとつの眼鏡様。今は折れて壊れてしまったけれど、手ずから作ったあの眼鏡は、今だって大事な大事な宝物。それに、眼鏡様を元にして設計図を作れば大量生産だって夢じゃない。


 すると、だ。

 再びピロン、と音が鳴り、携帯情報端末タブレット上に表示されたままだった初代大公の手紙が消えてゆく。

 真っ暗な画面に切り替わり、次にあらわれたのは魔法式。カーライル家の血の呪いを解いた魔法式とは別のそれは、淡い紫色の光を放って一本の巻物スクロールを召喚した。



「これ、は……」



 全編日本語で記述された巻物スクロール。その冒頭には短い手紙のような文章が記述されていた。




《僕の手紙をしっかり読んでくれてありがとう。

 さすがに僕でも物理眼鏡を作る余裕はない。もし、選んでいたら……ちょっとした大規模破壊魔法が発動するところだった。愚か者に石油は任せられないからね。


 それにしても、君もなかなかに業が深いね。

 でも僕は眼鏡を愛する者として、君の心情を理解する。

 だって、僕の最高の奥さんの子孫だからね。僕が理解しないで誰が理解できるというのだろう。


 さて、幻覚眼鏡付与魔法の魔法式とともに、僕の最高傑作である眼鏡フレームの設計図をひとつ贈ろう。

 どうか、よき眼鏡開発とその普及を!



     初代カーライル大公 ダグラス・カーライル》








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