第11話 孤児院にて
乾いた衣服(小さいサイズが無かったので、レオンのお古)と温かいスープを与えられたノアは、ポツポツと事情を話し始めた。
彼は孤児院で生活していること。孤児院は寄付と街の補助金で運営されているが、資金が潤沢ではなく、莫大な借財を抱えていること。大きな金主の一人に溜まりに溜まった借金を孤児院の敷地と交換するように迫られていること。
「それが出来ないなら、シスターがお嫁さんに行かなければならないの。だから僕、お金を集めようとしたんだけど。このお金じゃ足りないんだって」
少年は下を向いた。エルマは首を傾げる。
「借金と結婚は関係ないでしょう。 お金は誰から借りているの?」
「ハインリヒさんっていうの」
ノアの答えに、シュルツ家の人々は顔を顰める。
「うわっ、最悪」
エルマの口元からは、苦虫がはみ出していた。
「この度はノアが、ご迷惑をおかけしました」
ゾフィアと名乗るシスターは頭を下げた。均整の取れた体付きに慎まし気な美貌。地味な修道院服を着込んでいても、発達した胸囲が分かってしまう。思わずエルマは自分の胸を確認して、慌てて首を振った。
孤児院にはユーキ、エルマが赴いた。カールとレオンは投機や事務的な事柄を調査している。ハンナはご婦人方のネットワークを駆使して、状況の把握に努めた。あながちこのネットワークの力が馬鹿にならないらしい。
「どうしてハインリヒなんかから、お金を借りたの。アイツの悪評は有名でしょう!」
「返済は、ある時払いの催促無しと言われまして。ちょっと強引な感じでしたが、お金をお借りしました。昨日、お金をお借りして一年経ったらしく、ハインリヒさんから、返済を促されました」
「いきなり噓じゃないの! アイツらしい。いくら借りたの?」
エルマの舌鋒は鋭い。その勢いにユーキは、早くも腰が引き始めていた。
「一万Gです。ですが、百万Gを今月中に返済するように言われました」
「……ごめんなさい。一年で百倍になる金利って計算できないんですけど!」
「複利周期を一カ月にして、大体年利600%ですかねぇ?」
孤児院の門の陰から、中肉中背で三十代の男が現れた。シルバーブロンドの髪に身なりの良い服装。一見どこにでもいそうな男に見えるが、その目付きと表情の印象が悪すぎた。人を全く信じない目と、感情を全く現さない顔つき。
「やぁ、シスター・ゾフィアごきげんよう。これはこれは、シュルツ家のお嬢様までお出ましとは」
慇懃無礼という四文字熟語を三次元で表すと、こうなるのだという態度でハインリヒは腰を折った。ビシッとエルマは指を突きつける。
「出たわね、ハインリヒ! この悪党!」
ハインリヒは大げさに肩を竦めた。
「お嬢様は私のことを誤解されているようですねぇ。今回の件も契約通りに、お話を進めているのですが」
「どこの世界に一年で百倍になる、借金を申し込む人がいるのよ!」
「百倍とは人聞きの悪い。私は百万Gを無利子で一年間、この孤児院にお預けしました。期限が来ましたので回収に参っただけなのです」
「そんなのアンタの言い分だけじゃない! 絶対信じられないわ!」
オロオロとするゾフィアと、ポカンとしているユーキ。ヒートアップするエルマを一瞥すると、ハインリヒはこれ見よがしに溜息をついた。
「やれやれ。これほどまでに信用がないとは、私の不徳の致すところですな。本来であれば公証役場まで御出で願わなければならないのですが、特別にお見せしましょう。これが契約書です」
ハインリヒが広げた契約書に目を通す。エルマの目が大きく開く。
「確かにそう書いてある。 ……シスターのサインまである!」
「これで私の言い分に非が無いことに、ご納得いただけましたか?」
「でも私は、そのような書類を見た事がないのです!」
ゾフィアの訴えを嘲笑うように、ハインリヒは唇を歪める。その表情に彼の本性がチラリと垣間見えた。
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