異世界の引越屋さん
@Teturo
異世界へ
第1話 引越屋さんのお仕事
「しかしお前、器用だよなぁ」
厳つい大男が感心しながら腕を組んでいる。角ばった顎。冷蔵庫のような胸板。盛り上がった上腕筋が大ぶりのツナギの上からでも、その存在を主張していた。体全体を四角形で組み合わせたようなマッチョの視線は、ワゴン車の運転席で弁当をパクついている美青年に注がれていた。
ワゴン車の外装はコウノトリのキャラクターと、電話番号が大きく描かれている。この辺りでも良く見る地方私鉄会社の子会社「マース引越センター」の社用車であった。キャッチコピーは
「生まれたての赤ちゃんをお母さんに届ける様に」
である。コピーが現実に生かされているかどうかは別として、このワゴン車は業務用車の悲しさで今時、ミッション車である。オートマ車と比べると、運転作業に手間がかかるため、この社用車は運転作業員から人気が無い。
揃いのオレンジ色のツナギを着た作業員たちは、移動の車の中で仕出しの弁当を食べていた。助手席に座る厳つい大男も弁当をかき込んでいる。運転手である
「春の繁忙期で、定食屋さんに入っている時間もないでしょ」
「それにしてもサンドイッチ位ならまだしも、幕内弁当を食べながら運転するとは……」
「お弁当でも、ご飯が俵型になっていたらギリ、大丈夫。本当はカツ丼とか食べたいけど、流石に箸は使えないから」
「汚ぇなぁ。後でハンドル拭いとけよ」
「はい了解。そういえばチリさん。中継地点は、いつものところで良いんだっけ?」
チリと呼ばれた大男は、スマホを確認する。
「あぁそうみたいだ。しかし今日は緊張するな。親会社オーナーの東京宅の引越だろ?」
「そうだよねぇ。何も繁忙期に引越しなくても、いいのにねぇ。配車係の人もビビって、チリさんを始めベテラン勢を付けて来るし」
後部座席に座っている作業員たちも苦笑いを浮かべる。確かに全員、作業チームのリーダーを勤めている者ばかりだ。繁忙期は手が足らないので、寄せ集めの初心者が多く、チームリーダーの手腕が各現場作業の出来を大きく決める。
「みんながバラければ今日の他の現場、楽だったろうにねぇ」
一般に引越作業は強度の高い肉体労働で、しかも汚れ仕事である。賃金の良さから応募して来るものが後を絶たないが、三日と続く人間はほとんどいない。一年以上続く猛者たちは、勢いチリのような厳ついマッチョか、そこで働くしか無い事情持ちである。
その為、引っ越し作業員は見た目がゴツく、無口で無愛想な男たちが多い。その中で悠樹は特殊な存在だった。
小柄で華奢な体つき。サラリとした長髪を後ろでまとめて、制帽の後ろからチョロリとぶら下げていた。何度か芸能事務所からスカウトを受けた位、可愛らしいルックスで性別不明の魅力がある。いつもヘラヘラしていて、愛想が良いというか、調子が良いというか、怒っているところを見た者はいない。
偏差値最低ランクの公立高校を卒業してから、進学するでも就職するでもなく、引越作業員のバイトを続けている。
「お前の見た目と愛想の良さがあったら、何もこんな所でバイトしてなくても、割の良い仕事が幾らでもあるのじゃ無いか?」
チリにそう言われた悠樹は、鼻にしわを寄せて片手を振った。
「モデルとか飲食のバイトもしたけど、全然合わない。ここのバイトの方が楽しいし、気楽だよ」
「そうだよなぁ。俺と違って客受けが半端なく良いからなぁ。女が多いバイトだと、余計な苦労をしそうだよな」
「見た目だけで人を判断するなんて、良く無いよねぇ。チリさんの方が僕より、よっぽど繊細で気配りも濃やかなのに。チリさんの顔を見ると、みんなおっかなビックリだもの」
「放っておけ。おら、中継点に着いたぞ」
VIPの客の中には、作業員の容姿にすらクレームを入れている場合がある。逆に見た目が良く愛想の良い作業員が入ると、彼らの部下の引越まで斡旋してくれることがあった。そんな訳で悠樹は、厳つい男達と客の間の緩衝材として重宝されていたのである。
片側三車線の国道に、コウノトリが描かれた大型トラックが路上駐車していた。
一般の客ならギリギリで横付けしてしまうかもしれないが、オーナーの不興を被ることを恐れた配車係が、中継車(悠樹が運転しているワゴン車)まで手配したのである。十トンロングトラック一台貸切と、チリたちベテラン作業員たちを使うとは、随分と豪勢な引越だった。
「うわぁ。本当のお金持ちって一味違うんだねぇ」
大型トラックから第一便の荷物をワゴン車に乗せ、オーナー宅の駐車場へ止める。通常の住宅地より一件あたりの区画が大きい高級住宅地で、オーナー宅の敷地は4区画以上を占めていた。公民館のように大きな玄関の横の呼び鈴を鳴らす。
「マース引越センターです。お荷物をお持ちしました!」
無駄に高い門扉の上部にある、監視カメラが動いていた。
「こんなの本当にあるんだねぇ。下の窪みからレーザー光線でも出て来るのかなぁ」
「そんな訳ないだろ。ほら、門が開いたから中に入るぞ」
チリに背中を押された悠樹は、オーナーの家に入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます