第22話 見積もりの首尾
結局、赤髪姫の引越見積もりの価格は、通常の見積もり代金の三割増でカールに認められた。
「くっ。結局、最初の金額の二倍になっちまった」
どうしても赤髪姫の引越を取りたいレオンは、未練タラタラである。祈るような表情で城に向かうカールを見送った。
「ホラホラ、今日の仕事に行こう!」
ユーキに背を押され、彼はシブシブ馬車に乗り込んだ。
その日のレオンはミスの連続だった。現場の場所を間違えるは、途中で拾うはずの作業員を置き忘れるはで、ユーキにブーブー言われる。おまけに寝不足でフラフラしていた。大振りの家具を二人で運んでいる時に、足を絡ませて倒れそうになる。
「おっと、坊ちゃん。危ないですぜ」
家具の下敷きになる手前で、レオンはフワリと大男に抱きかかえられた。
「レオン、大丈夫? オットーさん、ありがとう!」
「イヤ何、坊ちゃんは使い物にならないんじゃないか?」
「本当だよねぇ。レオン、馬車の中で寝てなよ」
「皆が働いているのに、そういう訳には……」
「怪我をしたり、物を壊す前に一眠りしてきて! 昨日は徹夜だったのでしょう?」
「……済まない」
フラフラと馬車に向かうレオンを見送って、ユーキとオットーは家具を担ぎ直した。
「徹夜って一体、坊ちゃんは何をしてたんだい?」
「領主さんのお姫様の引越見積もり。尊敬する冒険者パーティの一員だったから、どうしても役に立ちたいんだって。ギャン!」
オットーが急に立ち止まった為、家具に顔をぶつけるユーキ。
「ちょっと! レオンといいオットーさんといい、何なのさ!」
「すまない、何でもない。お姫様は元気そうだったか?」
「うん。弓矢が凄く上手だった。あれオットーさん、お姫様を知っているの?」
「……イヤ」
大男は振り返りもせず、黙々と荷物を運び続けた。
その日の夕食時、カールが城から戻ってきた。首尾を聞きたいような、聞きたくないような顔をしたレオンが食卓に着く。
「さて、カタリーナ様の件だが……」
ゴクリと生唾を呑むレオン。つられて家族とユーキも、カールの顔を覗き込んだ。彼の熊のような厳つい顔がニコリと微笑む。
「許可が下りた。お姫様の引越は、シュルツ商会が仕切る事になる」
「うわぁー、やったレオン! おめでとう!」
「あら、おめでたい事。今から夕食のオカズを一品増やそうかしら?」
大喜びするシュルツ家一同。ユーキに抱き着かれたレオンは、顔を真っ赤にして歯を喰いしばっている。
「何よ、兄さん。泣きべそでもかくの?」
エルマは何かを思い出したように、唇を突き出した。
「あれ? エルマは嬉しくないの」
「嬉しくない事は無いけど、往復で一か月以上かかる引越に、学校がある私は参加できないじゃない。何かつまらない」
「その事なんだけど、エルマに調べて欲しい事があるんだ」
やっと落ち着いて食べることのできる食卓には、秋の味覚が並ぶ。アンズダケのスープ、ビーツの酢漬け、玉ねぎのキッシュやカレイのソテー等が湯気を上げていた。大振りのソーセージに齧り付きながら、ユーキは話し始める。
「やっぱりここウビイと、イザールって習慣や文化が違うのかなぁ?」
「それはそうでしょうね。ウビイは海側で、イザールは内陸の山側になるし。雪もイザールの方が多い筈よ」
「エルマの学校には、イザール出身の先生や生徒はいるかな?」
「多くは無いけどいるわ」
「イザール地方で引越の時、特別な仕来りはないか、その人たちに話を聞いて貰いたいんだ」
「そんなの有るのかしら?」
「なければ無いで安心できるから、聞いてくれない?」
エルマは肩を竦めた。早速明日にでも調べてみることを約束する。
「さて、明日からは資材の手配や、作業員の人選を行わなければならない。忙しくなるからな」
カールは両手をすり合わせた。レオンは首を傾ける。
「移動ルートは騎士団が考えるのかな? ちょっと打ち合わせが必要だと思う」
「そうだな。雪が降る前にウビイに戻りたいから、かなり急ぐことになる。明日にでも私とレオン、ユーキで城に行ってみよう。細かい話を詰めなければいけないからな」
その日の夕食は打ち合わせで、遅くまで続いた。
「驚いた! 引越の作法ってあるのね」
翌日、学校から帰ってきたエルマは、ユーキに調査結果を報告した。今日から赤髪姫の引越に係わるメンバーは、通常の引越業務から外れている。ユーキ達も先ほど城から戻って来たばかりだ。
「イザール地方では鏡と包丁を一番先に、新居に入れる仕来りがあるのですって。でもそれは庶民の話だから、貴族もそうとは限らないかもしれないって」
「明日もお城に打ち合わせに行くから、その時に典礼係の人にでも聞いてみるね。どうもありがとう」
「引越メンバーは決まったの?」
「うん。今日の夕飯に主だった作業員を、シュルツ家に招待するんだって」
その他にも調べて欲しい事があるんだと言い、ユーキはエルマと打ち合わせを続けた。
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